06-3 精神安定
この技能が無事発動できれば無一文から脱却できる。
今のところ試した技能は全て発動したが、もし不発したらという潜在意識が邪魔をし心拍数を早めてくる。呼吸も荒くなり口も乾いてきた。
簡易ベッドから飛び降り床に片膝をつくと、両手を組み目を閉じ祈りを捧げるように唱える。
「頼むぞマジで……ディ、お手軽収納術」
無事発動したかを視認するため恐る恐る片目を開ける。
ぼんやりと眼前に半透明のウィンドウが浮いているのが見えた。
その刹那、俺は反射的に両眼を見開き拳を握り締め喜びを表現していた。
お手軽収納術は亜空間に物を上限なく収納できる技能。いつでもどこでも出し入れでき、ソート機能も付いているため目当ての品を探すのも簡単。
この中には本人ですら把握できないほど、異世界で手に入れた品々が保管されている。
あちこちで拾った物や貰った物を手当たり次第に入れていった。
一旦押し入れに退避させとけばいいか、つまるところ考え方はあれに近い。
よく使う物はお気に入り登録していたので、それでも特に困ることはなかった。
どれだけ入れても大丈夫と分かってしまったら、誰だって俺と同じ行動を取るに違いない。
無限に物を入れられて、名前順や入手順等で検索も楽ちんとなればそうなる。
逆にそうならない人がいるのであれば、是非ともその理由をお教え願いたい。
ウィンドウに表示されている項目に目を通していく。
(なんかいつもと違うような……)
違和感を覚えた。
「ははは……なるほど、そうきたか……そうきた、か」
違和感の正体が分かった。
一部の武具以外を除き全ての物が項目から消失していた。
項目に存在しないということはその現物も存在しないと同義。
死に物狂いで入手した世界に一つしか存在しないとされる幻の酒――甘露も、とある公爵家から謝礼として譲り受けた黄金の指輪も、亡国の廃城に隠されていた王家の秘石も、それに勇者として旅立つ時にある人から貰った手作りの御守りまでも……。
媒体によっては大事な物として、売ることも捨てることも出来ないような貴重品までも、例に漏れず無慈悲なまでに消え去っていた。
昨夜の実家だった場所での出来事よりも心に重く深く突き刺さる。
喪失感――。
心に沿うように視線が下がる。
「……うん?」
ウィンドウの下部にある箇所の表記がバグっている。
数字が羅列されているはずの箇所が、生徒手帳の住所欄のように面白いまでに文字化けしている。
「ウソだろ……ははは、あははははっ!」
笑うしかなかった……笑っていないと精神が崩壊しそうだった。
所持金を表示する箇所が文字化けしているのだから、それはもう笑うしかないだろ?
万が一の時に備えて貯めていたお金が使えない、または消えてなくなっているかもしれないのだから。
だだっ広い空間に俺の嘆きがこだまする。
図書館の外からでも聞こえそうなほどの大声で、何度も何度も何度も狂ったように笑い続けた。
「ははは……はぁはぁ……」
意識が遠のくほど笑い平静を取り戻す。
途中からなんで自分は笑っているのかと真顔になるまで突っ切るのがポイントだ。
「あーすっきりした。自分のことって案外気づかないもんなんだな。これほど限界がきてたとは、元勇者としてなんとまあ情けない!」
頭がクリアになった。これでまた冷静に思考できる。
これぞ俺が一人旅をするなかで会得した奥義。
泣いたり笑ったり叫んだりと、感情を爆発されたら何とかなる理論。
受付台奥にある壁時計に目を向けると時刻は午前零時を迎えようとしている。
朝礼までまだ8時間近くあるが、その時間イコール俺がここで居ていい時間ではない。
図書委員がいつ開錠しに来るか分からないし、日の出前にはここから出よう。
ダンジョン攻略もとい宝探しのことを考えると、少しだけでも寝ておいたほうが良さそうだ。
「仮眠に2時間、残りの時間は技能の再確認に振り分けて……の前に、まずは毛布と本を元の位置に戻しておくか」
最後まで読んでくれてありがとうございます。
面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。
特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。
他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。