36-2 悄然次元
女神は中腰となり目線を合わせながら心配そうに声をかけてきた。
その時になるまで自分自身でも気づかなかった。我は床に膝をつけて天を仰いでいたことに。
本人の中では両足で踏みしめて咆哮している気だったが、実際はこのとおり地に伏せて嗟嘆していた。
「あの……落ち着きましたか……ささ、お掛けください」
「ああ我としたことが迷惑をかけた。失礼する……」
座るには頼りない人類サイズの小さなイス。そのことに些か不安を覚えたが、誘いを断るというのも魔王として如何なものか。
覚悟を決めてイスに体重をかけると同時にジャストサイズに変化していた。しかも、恐ろしいほどに座り心地もいい。角ばった木造イスのくせして、背中も腰も尻もイスに触れる部分のどこもストレスを感じない。一日中ここに座っていろと言われても平然と座っていられそうだ。
女神に勧められるがままイスに腰を下ろすと、安堵の表情を浮かべ女神もまた対面のイスに腰かける。
「いいえお気になさらないでください。私も久しぶりのお客様だったので、ついはしゃいでしまいました」
「……して、女神よ。先の『違います』とはどういう意味なのだろうか?」
魔王同様に神にも個人を特定する呼称はないのかもしれないが、一応容姿的に女性だと思うので、女神とひとまず呼称することにした。
「そうですね、貴方には知る権利があります。の前に、まずは乾杯しませんか!」
「……はあ?」
呆気にとられる我をよそに女神は微笑み合掌する。
パチンと音が弾けた直後、双方の眼前に取っ手の付いた容器が出現した。琥珀色の泡立った液体が容器なみなみに注がれている。
匂いからしてあれがビールだということは分かる。あの容器がジョッキだということも分かる。が、あれほど洗練された作りのジョッキも、あれほど透き通った色合いのビールを我は知らない。
またパチンっと音が聞こえたと思ったら、テーブル中央に数々の肴がのった大皿が出現した。
鞘付きの豆を塩ゆでしたもの、何かの粉をまぶして油で揚げたもの、何かの粉で作った皮で餡を包み焼いたもの。調理法も分かるし似たようなものを食したこともある。だが、これもまた匂いや見た目が我の知っているものとは少し違っている。
「……いったい何の真似だ?」
「飲みながら食べながらのほうが距離感も縮まるとは思いませんか!」
「だからなぜ? その必要がある? 我はただここに呼ばれた理由や先の質問について教えてもらいたいだけなのだが……?」
「飲みニケーションというものがあります!!」
女神はピシャリと挙手し声を高々に訴えてきた。
神妙な面持ちから出たとは到底思えない言葉に唖然とした。
「え? 唐突にどうしたのだ……」
予想斜め上すぎて素で返すのがやっとだった。
「私は数百年とずっと一人でこんな何にもない辺鄙な場所で、貴方達の行く末を見守り続けていました。ずっと一人でです! たまに私の声が聞こえる人が生まれることはありますが、それはあくまで聞き専です。つまりですね、彼らは私の言葉に耳を傾けるはすれど、話し相手にはなってくれないのです! この辛さが貴方に分かりますか。魔族の皆さんと楽しくワイワイしていた貴方に、私の気持ちが分かりますか。寂しかった、心細かったんだもん! おーいおいおいおい……」
女神は矢継ぎ早に心の内を吐露し終わると、今度は独特な泣き声を上げてテーブルを叩き出した。
神を自称する割には人間味に溢れすぎている。神とはもっと傲慢不遜な存在だと思っていたが、どうやらそれは我の勘違い、ただの偏見だったようだ。というか、不憫で見ていられない。
仕方がない女神が満足するまで付き合ってやるとするか。
どうせ我にはもう行く場所も帰る場所もないのだしな。
その判断の甘さがあんな悲劇を呼ぶことになろうとは、この時の魔王は知る由も無かった。
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