35-3 最終休息
残りの四天王――グラリアーノ、イト、フォルクス。
人類魔族の両軍ですら、その名を聞くだけで震えあがるような傑物。
デュランダルの一太刀のもと彼らもまた再び現世から旅立っていった。
魔眼の使い手グラリアーノ――黒い尻尾を生やしたビキニ姿の妖艶な美女。四天王の紅一点である彼女の能力は、その眼に宿る力を使って相手を意のままに操る誘惑眼。どんな生物であろうと彼女の眼から逃れることはできない。だが、回避方法が無いわけでもない。ギリシャ神話ヨロシク、メデューサのように彼女の眼を見なければいい。
俺はその攻略法に従い彼女を直視せず鏡を見ながら倒したが、天津谷は真っすぐ見据えて切り伏せていた。なぜ魅了されなかったのかとあとで訊いてみると、あの魔眼は異性にしか効力がないらしい。なので、同性であり実力が上ならば、そんな小手先を使わずとも難なく倒せるそうだ。
片翼の剣聖イト――片目に刀傷を負っている片翼の青年。四天王のなかで唯一雑兵から成り上がった剣士。彼には特別な能力は何もない。片翼を失い飛翔能力も失った。呪文も不得手で種族としても魔族としても不要とされた。彼はそこで不貞腐れることなく剣の道を突き進む。数多の戦場を駆け抜けて、死地を生き残り彼は魔族から剣聖と呼ばれるようになる。
彼との一戦は本当に楽しかったのを覚えている。剣と剣が重なり火花が散り音を奏でる。まるで踊っているような感覚で戦いに興じていた。剣の成長を促してくれた好敵手のひとりを、天津谷は剣ごと一刀両断していた。
天涯の宰相フォルクス――天使のような翼を背に持つ老紳士。四天王よりも魔王の側近、相談役として腕を振るうことが多い。軍師としての側面も持つため魔王軍の指揮をとることも多く、勇者としてというよりも人類として最も苦手な相手だった。
しかも呪文使いとしても格上。特に厄介だったのが、感覚を遮断してくる呪文だった。あの暗闇廊下のように視覚やらの五感を段階的に封じてくる呪文。
五感を奪われ苦戦を強いられたが、肉を切らせて骨を切る戦法で何とか勝利した。もしあの時、痛覚まで奪われていたら敗北していただろう。そんな強敵を天津谷は部屋に入るや否や、ラグリア戦を思わせる一撃を放つ。心を許したかつての側近であり自身の師を、一言も言葉を交わすこともなく終わらせた。
足早に先を進む天津谷のあとを追う。
字面的にはそれっぽくカッコいい感じで伝えているが、実際は莉緒とミーナに両手をつながれた状態で歩いている。最終階層への移動方法もまた例の廊下を通らなければならなかった。
二人一組で進む約束だったが、天津谷はひとりそそくさと行ってしまった。この廊下を歩くのも五回目ということもあって、正直ひとりでも問題なかった。が、莉緒とミーナが危ないから手をつなぐべきだと力説してきたので、仕方なくその意に沿うことにした。
暗闇を歩き光の先へ抜ける。
昨日ぶりの礼拝堂がそこにはあった。
このまま一気にダンジョンコアを破壊してもいいのだが、一旦ここで小休憩をとることにした。1年E組の助力もあり魔物大進軍まで、まだ7時間近く残されている。それにダンジョンコアを破壊するとダンジョンは崩壊し消滅する。その順序等が異世界と異なる可能性もある。あちらではダンジョンコアが胸像ではなく、魔物になっているわけだし、万全を期しておいて損はないはずだ。
休むと言った時は天津谷は不服そうにしていたが、俺達の度重なる諫言を受けて渋々ながら頷いてくれた。
目の前にあるベンチに背を預けてシャンデリアを仰ぎ見る。さも当たり前のように莉緒とミーナが両隣に座っている。天津谷は一つ手前のベンチで横になると、そのままスヤスヤと寝息を立て始めた。
「……やっと戻ってきた。いやマジで長かったな」
「ほんと長かったわね……まああたしら、ほとんどなんもやってないけどね!」
「それな~」
「はいどうぞ、兄さん。あと莉緒さんも」
だらける俺達にミーナは湯気立つカップを目の前に差し出す。
淹れたてとばかりに薫り高い紅茶が鼻腔をくすぐる。その香りに誘われるようにカップに口をつける。イメリア直伝のいつもの紅茶。一口飲むだけで心の底からリラックスできる。
「はぁ……癒されるわぁ~」
「そうねぇ……このためにここまで来たと言っても過言じゃないわね」
「さすがにそれは過言だろ……だが、その気持ち分からんでもない。ああ落ち着く」
「お茶請けもありますので、こちらもどうぞ。はい、兄さん。あ~ん」
膝上で包みを解き焼き菓子を一つ手に取ると、ミーナはそのまま俺の口元へ運んできた。
俺も俺で脳が疲れていたのか、それともこの場の雰囲気にのまれてしまったのか。拒むことなく『あ~ん』してしまった。
「……美味い美味いって、何してんだ莉緒?」
「なにって見てわかんないの!」
莉緒は俺の膝にのしかかり手を伸ばしている。
その先に視線を移すと件の焼き菓子があった。
「なるほど、お前も食べたかったのか……言えば取ってやったのに。指先的にこれが食いたいのか? ほれ、あ~ん」
イチゴジャムがのっているクッキーを掴み、莉緒の口元へ持って行く。
「へっ……は……?」
「これが食べたいんじゃないのか……じゃ俺が食うかな」
「それ! それがいい! それが食べたい!!」
ポニュンポニュンと膝に柔らか物体が当たる。
「そ、そっか……わかった、ほら」
クッキーが唇に触れる寸前まで近づけているというのに、なぜか莉緒は口を開こうとしない。さっき食べたいと言ったくせに、二枚貝のように口を閉ざしている。
「食べたいんじゃなかったのか? なぜに口を開けない……」
「……あー……て……」
「はぁ? なんだって?」
「あーんして、あ~んしてくんないと食べない!」
「はあ……はい、あ~ん」
その言葉を合図に莉緒は口を開けてクッキーを迎え入れる。
ナデリナデリ――。
満面の笑みで美味しそうに頬張る莉緒に触発されたのか、つい自然と手が伸び彼女の頭をなでていた。一心不乱に餌を食べるペットを見ていると、無性になでたくなるあの感じだ。
莉緒も嫌がる様子もなく淡々と俺になでられている。逃げる気配もないし、なんかもう鼻唄まで口ずさんでいる。なんかよく分からんがリラックスできているのであれば、それにこしたことはない。
ギギギギギ――。
何やら聞き覚えのある効果音が右耳に流れ込んでくる。不穏な気配、直視してはいけない気がしたので、首を動かさず眼のみ動かして状況確認を行う。目線の先には首だけを左に向けて、こちらを見据える悪鬼の姿があった。
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