35-2 魔王激昂
反転廊下を抜けた先には、見覚えのある空間が広がっていた。
10平米の角ばった天井の高い部屋。中央には菱形の鉱石が床に埋められている。物らしい物はなにもなく、窓やドアといったものも見当たらない。ここはかつて四天王の戦った場所だ。
まさかと思い振り返ると、ついさっき通ったはずのドアも消失していた。
血界背水の間――魔王城の一角にある決戦場。
魔族が身命を賭して戦う決意をした場合のみ使用を許される特別な部屋。鉱石に自身の血を垂らすことで効力が発動する。この部屋を空間から切り離すことで、誰も部屋に入ることも出ることもできなくさせる。解除方法は一つ発動者の生命が尽きること。
ここを通らなければ、魔王がいる謁見の間にはたどり着けない作りになっていた。
しかもご丁寧に四天王分として四部屋用意されていたため、俺はまるっきり同じ部屋で四度異なる四天王と戦う羽目になった。その最初の相手がラグリアだった。
部屋の中央から数歩下がった位置にお目当てのボスが佇立していた。
見間違うはずがない。そこにいたのは紛れもなく四天王ラグリアだった。
山羊の角を模した双角とぎらついた双眸、金属のような輝きを放つ肉体。その鍛えぬいた肉体のみで戦うことに喜びを覚える。魔族の中でもだいぶ偏った思想の持主。個人的に戦う相手としては申し分ない実力をもっていたが、交流したいとは微塵も思わなかった。なんというか本当に暑苦しくて面倒くさいやつだった。
ラグリアは不敵な笑みを浮かべ、俺に向かって呼びかけてきた。
「待っておった、まあああああっておったぞおぉぉ! 我のラ、ラララッライバルゥ!! 勇者ルーク・ランカード……さあさあさあ、あの続きを激しく燃え上がった! あの日の続きをしようではないかあぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
ラグリアはサイドチェストで筋肉アピールをしながら、俺との再戦を熱望してきた。
あの鬱陶しい笑顔と感情爆発な声量、筋肉を見せたいがための上半身裸も相まって、本当にもう暑苦しいを通りこしてむさ苦しいのだ。そう考えると、やっぱ戦う相手としてもご遠慮願いたいかもしれない。
ポージングを変更するたびに努力の結晶も飛散してるし、天津谷が率先して手を挙げてくれて助かった。俺もそうだが、莉緒やミーナも戦わずに済んで本当に良かった。
「思い出って、こうやって美化されいくんだろうな……」
「なにをブツブツ言っている……して勇者よ?」
「あっなんだ」
「あのむさ苦しいおっさ……あれが、ラグリアで合っているんだよな……? 余の知っている四天王ラグリアはあんなんじゃなかった気がするんだが……」
「いんや、最初からあんな感じのムキムキマッチョマンだったぞ?」
「はっははははは……マジで? 余の忠臣が? あんな変態だと? あっはは……勇者よ、冗談が上手いな……ははは……」
廊下での屈託のない笑顔がウソのように天津谷の表情が死んだ。
華やかな笑いから枯れた笑いへと変化したのち、彼女は瞳のハイライトを消し俯いたまま動かなくなった。
俺と同じく天津谷の記憶の中でも、筋肉ダルマは相当美化されていたのだろう。だが、現実は常に残酷なのだ。というわけで、どんな精神状態だろうが戦うと宣言した以上戦ってもらう。
魔族を統べる王が、一度吐いた言葉を取り消すことなどあってはならない。
「さて、んじゃ魔王様あとは任せたぞ!」
軽口を叩きポンと天津谷の肩を叩く。
ピクっと震えたあと「……ああ任せろ、すぐに終わらせる」と凄味のある声が返ってきた。
逃げるように俺は二人から離れる。壁際まで移動したところで手を振りGOサインを出す。
莉緒とミーナはこの部屋に到着した時には、もうすでに避難場所で待機していた。あの裸族が視界に入った刹那に、即後ろ歩きを開始し彼との距離をとっていたのだ。
応援用として自作した『魔王様ファイト♡』と書かれたうちわは、別の用途で使われそうだ。かの者の飛散する体液から身を守るための盾として。
その様子を一部始終みていたラグリアは不服そうに語り出す。
「おいおいおいおいおい……まさかとは思うが、我と勇者の勝負に水を差そうとしているのではないだろうな?」
「ははははは、ラグリア。久しく会わぬうちに随分と驕ったことを余に言うようになったな。もう一度常世に送り返してやるから、かかってこい!」
天津谷はラグリアの自尊心を煽るように手招きをする。
「はっははははは! 面白いことをぬかす小娘だ。そんな何の魅力もない肢体で、一体なにを我にしてくれると……?」
ピシャリと空間が断絶する感覚。今回はそれに加えて周囲の気温がメキメキと低下していく。
殺気にあてられて寒いと感じているのではなく実際に気温が下がっている。その証拠に、口からは白い息が吐かれ、吸い込むと肺が冷えるのを感じる。
(あいつ終わったわ……)
それが最初で最後のラグリアへの手向けの言葉。
「そうか……余が、何の魅力もない小娘か……誠に面白い冗談だ。四天王ラグリアよ、余を侮辱した罪。その命をもって償え」
「はっ何を言ってんだ、我がお前ごと……に……我は……?」
廊下で体験した暴風のような斬撃ではない。
凪のような静かな振り抜き音なき一閃。
ラグリアは自分がいつ斬られたのかすら分からなかった。斬られたと気づいた時にはもう首と胴が離れていた。斬られているにもかかわらず、その断面からは一滴の血液すら流れていない。細胞は斬られたことに気づいていない。
魔王の忠臣だった者はボスを役目を終える。その刻まで天津谷の正体に気づくことはなった。
音速を超えた神速の一撃。
神経を極限まで研ぎ澄まし技能と武具をフル活用してギリ防げるかどうか……。
それほどまでに天津谷の一撃は凄まじいものだった。魔王時代の力押しの戦い方から様変わりしている。こっちの世界で、剣術を学び身体を動かし方を習得したのだろう。天才が努力すればどうなるのかという良い例だ。
こっちもあんなことを言った手前、今さらやっぱ死合は無しでとはいえない。本気で修業を一からやり直さないと俺もラグリアの二の舞になってしまう。一瞬の感情に流されてはいけないという良い例だ。
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