35-1 公平抽選
廊下を抜けた先に広がる光景は……というか何も見えなかった。
夜の帳が下りたような漆黒。視界確保のため狩猟の夜眼を発動してみたが、結果は変わらず何も見えないままだった。すぐにその原因についてピンときた。狩猟の夜眼は、梟のように夜目が効くようにする技能。何かしらの光源が無ければこの技能は意味をなさない。
つまり、この空間には一寸の光すらもないということだ。
照明がバンバンっと点いて正面に四天王ラグリアが仁王立ちしている。
俺の予想ではそんな感じの演出を期待していたが、それどころかボス戦すら始まらない。
声をかけ合い壁を伝いながら先へと進む。
暗中模索で歩いていると前方に薄っすらと光が見えた。
そのわずかな光源を頼りに周囲を確認する。
現在歩いている場所は、先ほどまでいた廊下と酷似していた。違う箇所があるとすれば、左右が反転していた。左手側に取っ手の無いドアがあり、右手側にはアーチ状の窓があった。窓から見えていたあの幻想的な光景は見えず、ただ何も無い深淵が広がっていた。
「ようやく出口が見えてきたな……です」
「だな、ってかお前よくスタスタと行けるよな。正直、手をつなぐ必要あったのかとすら思えるわ……」
「視覚を奪われた程度で足が竦むわけないだろ。余から言わせれば、勇者がひ弱すぎるのだ。それにこれだって、そういう取り決めだっただろ? 余はそれに従ったまでだが、何か不服でもあるのか?」
天津谷は怪訝な顔で腕を上げる。その行動に伴い、手をつないでいる俺もまた連動し腕が上がる。
「いや何もねぇよ。お前が俺の相棒で心強いと思っただけだ」
「余よりも壁をあてにしておったくせに、よく言いよるわ。まっ悪きはせんがな……です」
「はは……そうかい。そいつは重畳ですな」
暗闇の中、天津谷はニコリと笑顔をこちらに向ける。俺も同様に何も見えてないと思っているようだが、俺にはその年相応の愛らしい笑顔がクッキリハッキリと見えている。
ギギギギギ――。
鉱物同士がぶつかり擦れるような鈍い音が背後から聞こえてくる。
その音の正体を確認するため可動域限界まで首をねじる。
そこには悍ましい表情でこちらを睨めつける悪鬼の姿があった。ギギギ音はその悪鬼の閉じた口からこぼれ出ていた。
その隣を歩く天女が微笑を浮かべ悪鬼の手を引き誘導している。天女は天女で声には出していないが、何か言っているのか口元が動いている。
同じ言葉を繰り返しているようで、俺の拙い読唇術で読み解くことができた。が、いまは後悔している。読み解いたことを。
『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない――』
天女は笑顔を絶やさず声量ゼロで呪詛を吐いていた。
気づかぬふりをすればいいのに、俺は一体なにを許さないのか、気になってしまった。天女の顔を窺いながら思案していると、彼女の視線が追従するように何かを追いかけていることに気づいた。
その視線の先にあったものは、俺と天津谷の手が重なる中心部。
光源があるとはいえ、針の穴から漏れるわずかな光のみ。しかも、その光りも狩猟の夜眼で増大してやっと見える程度の弱々しいもの。暗闇で数センチ先すらも見えていないはずなのに、彼女は常にその位置をロックオンし続けていた。
俺と天津谷が手をつないでいることが、どうやらいけないらしい。ということは、あちらの悪鬼も同様の理由で歯軋りをしているのか? だが、なぜ憤っているのか意味不明すぎる。
暗闇の中を歩くのは危険だからという理由で、この方法を提案してきたのはあの二人だ。
グッパで二人一組に分かれ、各々離れないように手をつなぐ。その公平な抽選により俺と天津谷、莉緒とミーナで分かれることになった。
二人もそれで納得していたはずだ。なのに、なぜ今頃になって不満を漏らしているのか本当に理解できない。
そもそもこの廊下に入るまで、二人は天津谷を応援する気満々だったじゃないか。本当にどんな心境の変化なんだか……マァジで乙女心は分からん。
後ろに気を取られていたところ、いきなり天津谷が自身の腕を引っ込めてきた。
手をつないでいるため必然的に俺の腕も引っ張られる。体勢を崩し危うくぶつかりそうになったが何とか耐えた。が、その反動で俺の首は可動域の限界を超えた。
筋肉がブチブチと千切れる音が聞こえる中、天津谷は「あれを見よ、出口だぞ……です」と嬉しそうに報告してくる。
歯を食いしばり首を正面に向ける。
針の穴程度だった心許ない光は、両開きドアと同程度の大きさにまで拡大していた。
前は暗すぎて何も見えなかったが、今度は眩しすぎて何も見えない。
魔王城から脱出する時に目を潰されかけたあの閃光を思い出す。ただ不思議なことに今回のは直視しても目に痛みがこない。
「なにをボサっとしている? 行くぞ、勇者よ……です!」
天津谷に手を引かれ光の先へ向かうのであった。
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