34-3 殺意上書
1年E組のみんなと倉原先生は96階層から避難し95階層にいる。
そこで軽く休憩をとったのち、階層をあがり後行部隊と合流する予定だ。
戦闘に参加せず休憩するだけなら96階層でも可能といえば可能だ。ただそれができる人間は限られている。血も凍るような殺気が充満する場所で、精神に支障をきたさず休めるような図太い神経の持ち主。もしくは、この状況に慣れてしまって後戻りのできなくなった人間だ。残念ながら彼らには、喜ばしいことにその適正はなかった。
言うまでもなく俺は後者の人間だ。莉緒と天津谷は前者だろう。ミーナもできれば前者であってほしいが、異世界でそれを願うのは傲慢かもしれない。が、兄としてはそう願わざるを得ないのだ。
(……さてと、こっから先は俺ひとりでやらないと、だな)
ブリューナクを強く握りしめ決意を固める。
魔族を殺す決意を――。
反響する調べで索敵したところ一体だけヒットした。ここにはボスしかいない、殺意ダダ漏れの魔族が一人いるだけだ。となると、ブリューナクだと少々厳しいかもしれない。
ブリューナクは一対一にはあまり向いていない。この槍は多人数との戦いにおいて最も真価を発揮する。三つに分かれた矛先がそれぞれ意思を持ったように目標を貫く。どれだけ逃げ回ろうが物陰に隠れようが、必ず見つけ出し仕留める。ただ最後の一体となると、その矛先はピタリと動きを止める。つまるところ何の変哲もないただの三叉槍になってしまうのだ。
正直相手が相手ということもあって、得意な武具で挑みたい気持ちも山々ではある。だがしかし、ブリューナクに活躍の場も与えずバイバイするのも良心が痛む。でも、手を抜くのも相手に申し訳ない気もするし、いやはやどうしたものか。
情けないことに、相手の命を絶つという決意は固まったが、肝心の武具を決めかねていた。
そんな折、先を歩く天津谷が急に立ち止まりと、踵を軸にしてクルっと反転し話しかけてきた。
「……よ……して……」
非常にめずらしいことに、かの中坊が口ごもっている。というか、もう小声すぎて何を言っているのか1ミリも分からない。左右に視線を向けてみると、莉緒とミーナも首をひねっている。どうやら俺と同じく二人も聞き取れていないようだ。
「ごめん、聞き取れなかった。もう一度言ってくれないか?」
「……ああすまぬ、あまりこういうことに慣れていなくてな。のう勇者よ、余に剣を貸してくれぬか?」
「はあ……? それは別に構わないが、どういう剣がご所望だ?」
「そうだな、ぶん回しても壊れない剣。できれば大型のものなら、なおよし」
天津谷はそう言うと、身体を大きくひねり横一閃に薙いだ。
ただのなんてことない素振り、何も持っていない素手。
そんなシャドースイングから目を疑うような衝撃波が発生した。
莉緒やミーナの髪はその風に煽られてボサボサになっている。
せっかくのしなやかで美しい黄金色と銀白色の髪が台無しである。
「なんか神様よりもこっちのほうがご利益ありそう……」
煌びやかな金銀の髪の対比に目を奪われる。
「……凪、あんまジロジロ見ないでよ」
「兄さん、莉緒さんもそう言っておりますし、わたくしだけを見ていてください」
「はぁ~? そういう意味で言ってんじゃないんですけどぉ~!」
「あら……? そうでしたか、ではどういう意味で仰ったのか。是非とも無知なわたくしにお教え願えますか?」
「あたし、ミーナのそういうとこ、ほんと尊敬するわ……」
「お褒めに預かり光栄です」
いつものようにじゃれ合いながら、二人はボサついた髪を手櫛でとかしている。
見惚れていると後ろから袖を引かれた。振り向くと天津谷が「……余の剣は?」と上目遣いで問いかけてきた。
「わ、忘れてねぇよ、すぐ用意するからお手軽収納術。大剣がいいんだよな! あと壊れないやつだっけか?」
「……ああよろしく頼む」
ソート機能や検索を使って天津谷が気に入りそうな武具をリストアップしていく。
その中でとある大剣が目に留まった。この武具なら彼女も納得してくれるはずだ。
「これなんてどうだ……?」
「ほお~これはなかなかの業物だな。それにこのただならぬ感じ、聖剣の類か?」
「ああ正解だ。よくわかったな! 聖剣デュランダル。不滅の剣とまで称される神話武具だ」
天津谷は数メートル後方に下がると、受け取った聖剣の振り回して感覚を確かめだした。
ブォン、ブォン、グォッン――。
一振りするたびに暴風が巻き起こる。
今度の風は髪をボサつかせるとかのレベルではなかった。重心を落として踏ん張らないと、余裕で後ずさってしまう風圧。おかげで三人揃ってオールバックになっている。
幸い暴風は10秒ほどで止んだ。やっと整え終えたと思ったのも束の間、また髪がエラいことになった二人は、顔を見合わせてガクリと肩を落としていた。
災厄を起こした張本人は聖剣を満足げに見やっている。
「……良い剣だな。気に入った。勇者よ、余はこれを借りることにする。それにしても余に聖剣を渡してくるとはな……」
「それは良かった。そういやなんで急に武具を貸してほしいなんて言ってきたんだ? 天津谷には呪文もあることだし別に要らなくねぇか? あと語尾忘れてるぞ!」
「ああそのことか。あの奥にいる魔族は呪文よりも、こっちのほうが殺りやすいからな……です」
「なるほど……なるほど!? 天津谷お前、気づいていたのか? いやそれよりもなぜ魔族を知っている?」
「丁度そのことで余からも話があってな。その前にこれだけ明言しておこう。ここから先は余ひとりで戦う。手出し無用……もし余の戦いに手を出そうものなら、お主らだろうと斬るぞ……です」
可愛らしい語尾とは裏腹に、ピシャリと空間が断絶するような感覚が全身を駆け巡る。今までビシビシと感じていたはずの気配が霧散している。魔族が放っていた殺意は、天津谷が放つ殺意によって完全に上書きされていた。
この時の俺はそっちに気を取られてしまい、重大なことを見落としていた。
反響する調べによる索敵でヒットするのは魔族のみだということを。
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