32-5 作戦始動
騎士に護衛されながらの悠々自適な物見遊山。
そんな感じで奮戦する仲間を後方から応援できれば、どれほど気が楽だろうか。
残念ながら俺は空想妄想幻想世界の住人にはなれないらしい。
そういう作戦だと頭では分かっていても、彼らと一緒に戦いたいと戦わせろと心が訴えてくる。
もう見ていられない、俺をいますぐ戦線に参加させろ、魂までもがそう訴えかけてくる。
級友や先輩が血を流し戦っている。俺達を最終階層に万全の状態で送り届けるために。
自分が傷つくことを恐れず彼らは立ちはだかる魔物に向けて刃を振るう。
肩を並べて戦っていた仲間が目の前で倒れたとしても、その足が止まることはない。
俺達が戦うことは許されない。
この作戦を成功率を下げないためにも、彼らの決意を踏みにじらないためにも、堂々としておかなければならない。こんな精神を蝕む後方腕組は今回限りにしてほしい、二度目は耐えられないだろう。
肉が切り裂かれ鮮血が舞い散り大地を紅く染め上げる。
階層ごとに環境は異なり景色も様変わりするが、紅く彩られた大地と充満する濃い鉄の匂いだけは、どの階層においては変わることはなかった。
数えきれないほど経験してきたはずなのに、今日だけはなぜか色濃く記憶に刻まれる。
俺ひとりで潜った時も、莉緒やミーナと一緒に来た時も、課外授業で級友らと来た時も、これほど感情が揺さぶられることはなかった。
彼らの勇姿を眼に焼き付けながら、彼らが切り拓いた道を進む。
20、30、40、50と次々に先行部隊は階層を攻略していく。
その間、一度も休息らしい休息をとることはなかった。休息するにしても足だけは必ず動かしていた。補給を受ける時も治療を受ける時も立ち止まることはなかった。重傷を負い止む無く戦線離脱するしかない人を除いて。
苛烈な戦いが繰り広げられるなか、ようやく俺達は53階層に足を踏み入れた。
ダンジョンにおいて魔物の脅威に恐れず、手足を伸ばして休息できる安寧の地、休憩階層。
作戦の大幅な練り直しが必要になり暫しの間、滞在することとなった。
このままでは戦線を維持できないどころか、すぐに瓦解することが誰の目にも明らかだった。
連戦に続く連戦で彼らは心身ともに疲弊し切っていた。全体の半数が負傷し、さらにその半数が自力で立てないほどの疲労困憊。その大半が先行部隊に組み込まれていた先輩方だった。
俺が熟練の騎士と見まごうぐらいに卓越した能力を持つ最上級生。
作戦通りに部隊を回しながら攻略を進めたとしても、負担の偏りは否が応でも生じてくるものだ。
それらの余剰を一挙に引き受けていたのが、先行部隊においての主力だった彼らだ。
つまるところ、それは総戦力の半数を失ったことを意味していた。
数千を優に超える魔物群と40体のボスを休みなく倒し続けてきたのだから、当たり前といえば当たり前。しかも件の罠により魔物は通常よりも数段階強化されている。
そんな過酷な状況下に身を置きながらも、誰一人欠けることなく休憩階層にたどり着いた。信心深い人なら、奇跡が起こったと神に祈りを捧げていることだろう。
あいにく、あの駄女神以外に神を知らない者としては、祈る気すら起きないわけで。これも全て彼らが命を賭してやり遂げた結果だ。それ以上でもそれ以下でもない。
だが……現実は非常、まだ折り返し地点。
ここまで来るのに約4時間を要した。魔物大進軍発動まで残り15時間。
状況が状況じゃなければ、その快挙に諸手を挙げて喜んでいるところだが、54階層からはさらに苛烈な戦いが待ち受けているのは明白。戦力が低下した現状で作戦を断行するのはあまりに愚策。だからといって、彼らが戦線復帰できるまで気長に待てるほどの余裕もない。
「どうする気なんだろう。どうするべきなんだろう……」
ハンモックに身を預けながら今後について思考を巡らすが、結論が出ることはなかった。
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