05-2 学園生活
思い出に浸っていたらいつの間にか朝礼が終わっており、流れるように授業が開始されていた。
急ぎバッグからの当該の教科書を取り出し、黒板に書かれた情報を参考にページをめくる。最後に閉じないようにノートとペンケースを重石代わりに置いて完成だ。
他の教科書は机の中に放り込み生徒手帳は胸ポケットに仕舞い、平たくなったバッグは机端のフックにかけておいた。
当時は特に何も思わなかったが、黒板を走るチョークの音や、エアコンの駆動音、級友らの囁き声などそのどれもが懐かしく思えた。
それらを噛みしめながら教師の言葉に耳を傾ける。
異世界では四則演算さえ出来れば何ら問題なく生活できた。旅に出てからはさらに拍車がかかったかのように勉強とは無縁の人生だった。にもかかわらず、不思議なことにすんなりと内容を理解できた。
あっという間に1時限目が終わった。
そのまま2時限目、3時限目と続き――気づけば昼休みになっていた。
「なあー昼どうするよ?」
イスに座ったまま反転しこっちを見ながら彼はそう問いかけてきた。
「昼がどうしたって?」
机上を片付けながら聞き返す。
「俺は食堂に行くけど、ルークお前はどうすんだ?」
「そっか……昼休みだもんな、そりゃ昼食のひとつもとるか」
「何言ってんだお前?」
「あーこっちの話だ。俺のことは気にせず行って来いよ」
「……おう、んじゃ行ってくるわ」
教室を出て行く一志の背を見送ったところで、生徒手帳から迷宮入場許可書を取り出す。
「はあーなるほど……」
表面は白地に黒字で迷宮入場許可書と印字されていて、裏面には所持者の顔写真と名前、学年が載っているだけの至ってシンプルなデザインをしていた。
名前からして地下迷宮に潜るには、本来ならこのカードが必要なんだろう。だが、転送門はこれが無くても普通に利用できた。
となると、このカードはあの物騒な扉を開閉させるためのもの。
扉横に設置されていたあの装置は、専用のカードスキャナーってところか。
(何はともあれ、これさえあればダンジョンに堂々と忍び込める。実にいいものが手に入った)
カードを手帳に挟んでから胸ポケットに戻し教室を見回す。
昼休みということもあり、食堂に行かず教室に残った級友は机を合体させて、それぞれ昼食を満喫している。
(ワイワイガヤガヤと懐かしいな……この感じ)
そんな小並感を述べつつ頬杖をついて虚空を見つめる。
彼らのように昼食をとろうにも、いまの俺は無一文……1円すらも持っていない。
いまのところそれほど腹も空いてないし、別に一食抜いたところで特に支障はない。
このまままったりと時間を潰すのも存外悪くはないと思っているのだが……。
何も食べずに一点を見つめているだけの人間が近くにいたら、彼らも食べづらいだろうし席を外すべきか。
席を立ち図書館にでも行って書物を漁ろうかと思った矢先の出来事だった。
「ほらよルーク」
食堂に行ったはずの人物の声が聞こえたのと同時に、焼きそばパンとコーヒー牛乳が姿を現した。
「どういうことだ?」
「どういうことだ……じゃねぇよ。財布忘れたんじゃないかと思ってな、貸し一つな!」
それらしき素振りを見せていないのに、俺の心の内を読み取った? 読心術を習得しているのか? それか……もしかして彼もまた俺と同じ技能持ち?
乾一志か、その名覚えておくとしよう――。
「なに難しい顔してんだよ……さっさと食おうぜ」
「ああごめん、ありがたく頂戴するよ」
「おう! 感謝して食えよ」
彼の厚意に感謝し早速封を開けて、焼きそばパンにかぶりつく。
炭水化物を炭水化物に挟むというストロングスタイルの総菜パン。
文章にすると恐ろしいまでに背徳的な食べ物だが、これが凄まじく美味い。
自然と笑みがこぼれてくる。
ある程度咀嚼したところでコーヒー牛乳で一気に流し込む。
コーヒー要素はどこだと言わんばかりのガツンとくる甘さと、ソースの甘辛い味わいが絶妙な調和を生み出す。
このマリアージュこそが至高――これ以上のものはこの世に存在しない。
「お前めっちゃ美味そうに食うな。どんだけ腹減ってたんだよ……しゃーねぇこれも恵んでやるよ」
一志はそう言うと、自分用に購入していたハムマヨパンを譲ってくれた。
「――マジで! ありがとうな、一志」
「どういたしまして、これで貸し二つな!」
「マジかよ、まあいいけど」
「今日のお前はやけにテンションたけーな」
やれやれと肩をすくめてジェスチャーをする一志をよそに、俺は焼きそばパンを咥えながらハムマヨパンを高々と掲げる。
ハムマヨパンに日差しが当たり神々しく輝き放つ。
十数秒間、日光浴をさせたのち供物を手前に配置する。
「お前……そんなに陽気なキャラだったか? 普段のクールキャラはどこに行ったのやら……」
提供者が何か口走っているような……気のせいか。
食えば食うほど腹が減る、こんな感覚は久しぶりだ。
異世界料理も美味しかったが、やっぱ慣れ親しんだ味には勝てないのかもな。
口を動かしながらも客観的に思ったことが一つある。
ルークが焼きそばパンにかぶりつくという構図が何ともシュール。
だが、そんなことなど今はどうでもいい。ただこの至福の時間を全力で堪能するだけだ。
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