01-1 最終決戦
勇者としての最後の務めを果たす、これでやっと全てが終わる。
腕から滴る血が柄と手を赤く染め上げる。少しでも握力を緩めれば、するりと今にも手から零れ落ちそうだ。
血の付いた聖剣を握り締め真っすぐと前方を見据える。
玉座を背にし魔王はニヤリと笑みを浮かべている。
威厳のあった角は折れ、片目は光を失い、魔剣がなければ自身の体重を支えることも出来ないほどダメージを受けている。
にもかかわらず、魔王は楽しそうに微笑んでいる。
意味が分からなかった。
「……なぜ笑う?」
俺は率直に頭に浮かんだ疑問を口にしていた。
命がけの真剣勝負、負けた方は容赦なく命を落とす。
ここに至るまでに何度も経験した。だが、どの魔物も魔族もあんな表情をしたことは一度も無かった。
「それはこちらのセリフだ。楽しいな勇者よ、命を賭けた勝負というのは」
「殺し合いが楽しいわけないだろ?」
「ふっはははは……遊戯にはしゃぐ少年のような笑顔をしながらよく言う」
魔王に指摘されるまで気づかなかった。
俺は笑っていたのだ――。
死力を尽くして戦う好敵手に出会えたことに無意識のうちに喜びを覚えていたらしい。
が、俺のその渇望に相反して身体は応えてはくれなさそうだ。
身体は限界に近かった。呼吸をするだけでも全身に激痛が駆け巡る。
片腕はもう関節どころか指の一本すらも動かないほど完全に機能を失っている。
動かないくせに痛覚があるのが煩わしいが、痛みを再認識できるのは朗報だ。
痛みがあるということは、すぐには死なない、まだあいつと戦える。
まだ魔王と刃を交えることが出来る。
魔王も俺と同様に外傷が激しいが、気概はさらに勢いを増しているのが分かる。
対峙しているだけで気が張り詰めて息苦しくなるが、その圧を感じれば感じるほど共鳴するかのように、こちらも気分が高揚してくる。
だが、体感的に全力で聖剣を振るえるのは、あと1回が限度だろう。
魔王を倒した後のことを一切考えないのであれば、もう一撃いけなくもないが……その選択肢を選ぶということは、俺自身の目的を諦めるのと同義。
子供の頃によく言われるあれだ、遠足は家に帰るまでが遠足。
魔王を倒してもそこで力尽きてしまっては意味がない。
そのことを考えると、聖剣を握る手が自然と緩む。
(こんなんじゃ魔王には勝てない。いまはそんな無駄な思考はそぎ落とすか……)
せっかくの真剣勝負に水を差すようなことはしたくない。これがきっと今生で最後の一死合になる。ならば、後悔のないようにしたい。
あとのことはその時になってから考えればいい。
「そっか、そうか。本気で戦えるってのは、こんなに楽しいもんなんだな」
「立場が違っておれば、我らは良い友人に慣れたやも知れぬな」
「魔王が冗談を言うなんてな。土産話としていいネタになりそうだ」
「勇者こそ面白い冗談を言うではないか……さて、もっと戦いに興じたいところだが、どんな演目にも必ず終演がある。終わりにしようか、勇者よ」
「ああ終わりにしよう。この一太刀に俺の全てをかける……」
聖剣を振り払い鞘に戻し一呼吸をしたのち、柄に触れるギリギリの位置で右手を止める。
左手で鞘を持ち抜刀しやすいように調整するのが理想なのだが、それでもこのまま片手で戦うよりかは幾分かマシだ。
どうせ一度しか振れないのであれば、自分が最も得意とする戦い方でいくべきだ。
それなら勝敗が決した時に、どっちの結果だろうと素直に受け入れられる。
魔王は両手で魔剣を握りしめ軋み悲鳴を上げる身体を極限まで捻る。
遠心力を加えた一撃を放つための予備動作。
防御したところで聖剣を貫通し魔王城ごと一閃する未来が容易に想像できる。
じわりじわりと半歩ずつ俺たちは近づく。雌雄を決する一撃が、その刃が相手に届く範囲に入るまで。
そしてその時は訪れた――。
シュン、ブオンと双方の音が重なり魔王城に響き渡る。
俺の得物と魔王の得物とでは大きさが異なる。
聖剣は片手でも扱える短めの剣に対して、魔剣は両手持ち必須の巨大な剣だった。
そのため射程距離においては圧倒的に魔剣が有利だが、剣を振るう速度においては聖剣が有利。だが、魔王はその強靭的な身体能力により聖剣の有利性を嘲笑うように軽々と魔剣を扱う。
魔剣の一撃を回避した上で一太刀浴びせるか、もしくは魔剣の射程距離外ギリギリから一気に近づき魔剣が俺の身体を切り裂くよりも先に一太刀浴びせる。
その二択しかないと思っていたが、まさかの第三の選択肢が存在した。
俺自身も予想だにしなかった……。
足元に転がっていた瓦礫に躓いた際に、右手が柄に触れたことでつい反射的に聖剣を振り抜いてしまった。
咄嗟の出来事で正確に柄を掴めなかったこともあって、聖剣をそのまま投擲する形になってしまった。
で、それが魔王の右胸あたりに突き刺さった。位置的にも心臓を貫いているのが見て取れた。
魔王は迫りくる凶刃を防ごうと魔剣を振るったが、ワンテンポ遅く空を切っていた。
意図しない結果が生まれてしまった。
魔王の胸部、刃の隙間から鮮血が溢れている。あの傷ではもう魔剣を振るうどころの話ではない。完全に致命傷だ、手の施しようがないほどの致命傷だ。
俺は何とも居た堪れない気持ちになった。
(マジで本当になんかごめん……)
魔王は魔剣を突き刺して地に伏せようとする身体を御しつつ、そんな俺に向かって吐血しながらも称賛した。
「ぐはっ……ごほ……見事だ。さすがは我が見込んだ勇者だ」
「違うんだ、これは俺が本当にやりたかったことじゃない。こんな結末は俺が望んでいたものじゃない!」
「ふは……ごぼ……はぁはぁ、だがそれでも魔王を、我を倒したことには変わらぬだろう?」
「そうだが、そうだけども!」
「やはり勇者はまだ子供であったか……ごほごほ、もう行け……我が死ぬと同時に魔王城が崩壊するぞ」
「…………分かった。じゃあな魔王、お前との試合楽しかったぞ」
俺は片膝をつき魔剣に身体を預ける魔王に別れを告げると、振り返ることなく来た道をただひたすらに駆け抜けた。
魔王を惜しむ時間は今の俺には残されていなかった。
それよりも一刻も早くこの場から立ち去ることが重要だった。
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