12話『努力の成果』
真は学園の敷地を歩きながら、周りの景色に改めて驚いていた。
ここが東京の外れとはいえ、こんなにも自然に囲まれているとは思わなかった。
木々や草花が生い茂り、まるで都市とは別世界のような静けさが広がっている。
しかし、その自然の中にあっても、学園の建物は美しく、洗練された洋風の建築が目を引く。
「凛、ここが…星慧学園なんだな。」
「うん、そうだよ。」凛はにっこりと笑いながら答えた。
「今は私も真くんの警護や特訓って名目で休んでるけど、私もここに通ってるんだ。」
「そうなんだ。じゃあ、もし俺が編入したら、凛と一緒に通うことになるのか。」
「うん、そうだよ。一緒に通うことになるね。」凛は嬉しそうに言った。
その会話を聞いていた夏希さんが、ふと口を開く。
「私と蓮も、ここの学園の卒業生なんだよ。だから、真くんがここで学ぶことになったら、先輩として色々教えてあげられることもあるかもしれないね。」
「あ、そうだったんですね。」真は驚きながらも、納得したように言った。
そうこうしているうちに、三人は学園の玄関前に到着した。
真はスリッパを履き替えるか尋ねると、夏希さんが「スリッパはあっちだよ」と案内してくれた。
真がスリッパに履き替えている間に、凛はササっと自分の上履きに履き替えていた。
「じゃあ、私が学長室まで案内するよ。」夏希さんが先行して歩き出す。
学園の外の雰囲気に負けず、中もやはり洋館独特の重厚で落ち着いた雰囲気が漂っていた。
学長室の前に到着すると、夏希さんがノックをし、「二人を連れてきたよ」と一声かける。
そして、ドアが開かれる。
その瞬間、真は一目で分かった。
この人が蓮さんだ、と。
顔立ちや雰囲気が、凛より大人びているが、姉妹だと感じさせる特徴がある。
「よくきてくれたね。」蓮さんは真に微笑みながら声をかける。
真は少し緊張しているのか、少し強張った会釈を返す。
蓮さんは少し頭をかしげながら、すぐに話を続ける。
「早速で悪いんだけど、私自身結構楽しみにしていてね。」少し茶目っ気を込めて言った。
蓮さんは凛の方を見ながら続けた。「聞いたけど、飲み込みが早いらしいね。本当に、1月前がただの学生だったなんて信じられないほど成長しているって、凛が言っていたよ。」
さらに続けて、「それに、王石の力に関しても凛が『たった1週間足らずで』って、驚くほど引き出しているって話じゃない。」蓮さんは目を輝かせて言う。
「だから、来て早々に悪いんだけど、君の実力を少し見せてくれないかな?」
「確かに、君にはこの学園に編入してもらうけど、実力が全く釣り合っていない者を入れるわけにはいかないからね。怪我では済まなくなってしまうし。」
蓮さんは冷静な表情で続ける。
真は少し考えてから、頷いて答える。
「いいですよ。」
凛は蓮さんの一言に少し呆れたように眉をひそめ、「お姉ちゃん、いつも勝手なんだから。」と心の中でつぶやきながらも、口に出さずにいた。
夏希さんは、真の実力と王石に興味があるのか、目を輝かせて少しワクワクした様子で蓮さんの話を聞いている。
「じゃあ、学園の体育館に案内するね。」蓮さんは言うと、みんなを導くように歩き出す。
移動中、真はスリッパから靴に履き替えた。
体育館は外にあるらしく、しばらく歩くと、目的地に到着した。
体育館に到着し、扉を開けると広い空間が広がっている。蓮さんは中に入ると、何やら床に円を描き始めた。
「ここでやろう。」蓮さんは真に向かって言った。
「一つ、私の体に一撃を入れたら君の勝ちってルールでやろうか。」
真はその提案に一瞬戸惑う。「俺が…?」思わず呟く。
「もちろん、それだけじゃあ無理だろうから。」蓮さんは冷静に続けた。
「私は今書いているこの円から出ない。それが条件だ。」
真が見ると、蓮さんが描いている円は非常に小さい。
人が普通の1歩を踏み出すことすらできないほどの狭さだった。
「さっきも言ったけど、私は王石の力にも興味があるんだ。」
蓮さんは少し視線を逸らしながら言った。
「凛との模擬戦では魔道具の効果の問題もあって使わなかったかもしれないけど、ここならもちろん使っていい。君には今できる全力で来て欲しい。」
真はその言葉に一瞬迷うが、すぐに頷く。
「もちろん、それで。」と、真は答える。
「それと、私は二つの魔法しか使わない。」
蓮さんは続けた。
「一つ目は君も知っている結界術。そして二つ目は、君がまだ習っていない基礎の1つ、魔力球、いわゆる魔弾のみを使う。これなら、ハンデとしては十分じゃない?」
「わかりました。」真は力強く答える。
二人は位置につく。次第に真と蓮さんの間に緊張感が漂い始める。
蓮さんは挑発的に口元を緩め、「おいで、少年。」と声をかけた。
その瞬間、真はそれが合図と受け取り、魔力循環を始める。
同時に、王石の力も引き出す。首飾りのように首にかけた王石から、真自身に魔力が流れ出すのを感じながら、足に炎を集中させ、加速する。
そのまま、真は一気に前へと飛び出し、驚異的なスピードで蓮さんに向かって跳躍し、強烈な蹴りを放つ。
しかし、蓮さんは一歩も動かず、静かに結界を展開し、真の蹴りを受け止めた。
蹴りが結界に触れると、まるで壁にぶつかるような感覚が真に伝わる。
真はその瞬間、どこで結界が発動されたのかを見抜けなかった。
驚くべきことに、結界の圧力は凛が初めて見せてくれた時の結界よりも圧倒的に強かった。
自分の結界と比べると、その差は天と地ほどの開きがあると感じる。
それでも、真は諦めずに攻撃を続ける。炎の球をいくつも展開し、それらを結界に向けて放つ。
1週間の特訓で、魔力循環や結界術の修行を積んだ真は、炎を生み出すだけなら容易にできるようになっていた。しかし、その炎の力でも結界を突破することはできない。
「これで…ダメか…」真は思う。
その時、蓮さんは不意に声を上げた。
「今度はこっちから。」と言いながら、ただの魔力を固めた球、魔弾を真に向けて放つ。
真は瞬時に結界を張るが、その魔弾の威力は、凛が普段練習で使ってくる魔法とは比べ物にならないほど強い。
結界はすぐに破られ、真はそのまま吹き飛ばされる。
しかし、すぐに立ち直るが蓮さんは真に対して容赦はなかった。
蓮さんはさらに無数の魔弾を放とうとする。
真は一発すら防げなかった魔弾が雨のごとく降り注がれそうになる。
だが、もう一度結界の魔法陣を描く。
そして今度は、王石の魔力も流し込む。
「王石の魔力を流すのは初めてだが…」真は考えながら、結界を強化する。
すると、驚くべきことに、その結界は赤く、薄く炎を纏っている。
その結界は、観戦している凛から見て今まで真自身の魔力だけで張っていたモノに比べ数倍は強い。
「これなら、攻撃が防げる…!」真は少し驚きながらも、安心する。
そのまま左手で結界を張りつつ、右手で新たな魔法陣を展開し始める。
しかし、二つの魔法陣を同時に展開しているせいで、結界が少し不安定になっていく。
蓮さんは、その様子を冷静に観察しながら魔弾の雨を降らせ続ける。
その魔弾の攻撃が1分近く続き、ついに真の結界にヒビが入った。
だが、その瞬間、真の魔法がようやく形になった。
頭上に現れたのは、全長4メートル近くの炎の槍。
本来は初級魔法の火の矢を展開する魔法陣だが、王石の魔力を流したことで、上級に近い中級魔法へと進化した。
真は心の中で「炎の槍...上手く形になった」と呟き、右手を後ろに引き、槍投げのポーズを取って蓮さんに向かって放とうとする。
しかし、少し時間をかけすぎてしまったのと、炎の槍に集中しすぎたせいで、結界が破れ、魔弾が真に直撃する。
それでも、真は倒れない。
魔弾の攻撃を食らいながらも、全力で放った炎の槍は、蓮さんの結界に衝突し、その強大な威力で一発でヒビを入れた。
そのまま数秒、結界と炎の槍が激しくぶつかり合う。
しかし、蓮さんはその時、炎の槍に目を奪われていた。
その瞬間、真は蓮さんの死角に回り込んで、一気に距離を縮める。
右拳に全力を込め、王石の魔力も練り込んだその拳は、ついに蓮さんの結界を破る。
だが、蓮さんはすぐに左手で新たな結界を展開し、炎の槍を防ぐ。
その瞬間、真はもう一度左手に魔力を込め、蓮さんに向かって最後の一撃を放った。
蓮さんは一歩後ろに下がり、円を越えてしまった。
「勝ちだな..」真は息を切らしながらも、ちょっとした勝利の実感を感じる。
その後、凛や夏希さんが近づいてきて、「やるじゃん、少年!」や「すごかったよ、真くん!」などの言葉が飛んできた。
真は少し照れくさそうに答えた。
「でも、蓮さん、全然本気じゃなかったし、最後の一撃も本当は余裕で防げたでしょ?」
蓮さんは少し笑いながら言った。
「確かに、防げたよ。
でもね、そのために戦っていたわけじゃない。
君はたった3週間でここまで強くなった。元々の君を知らないけど、王石の力を使いこなす君の成長がここまでとは、予想以上だったよ。
これは君の実力そのものだし、少しは誇ってもいい結果だと思うよ。」
その言葉に真は疲れた様子で座り込み、拳を握りしめた。彼は静かに呟く。
「確かに、最初に比べれば…俺、強くなったのかもな。」
そう言って、真はふと顔を上げる。模擬戦は真の勝利で終わりを迎え、彼の成長が確かなものとなった瞬間だった。