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プロローグ 不審な少年

それは中世の欧州を彷彿とさせる異世界であった。剣と魔法と“レベル”の世界。彼はそれと全く同じ世界を知っていた。ただしそれは令和日本で作られたVRゲーム。そのゲーム内で無双の強さを誇るプレイヤーであった彼は死後天界によってこの世界に召喚されることに。彼の名はカナタ。異世界転生者である。

「こんにちは。冒険者の登録がしたいのですが」

 冒険者ギルドの受付に一人の少年がやってきた。年のころは16歳位だろうか。この世界では16歳というともう成人になり、独り立ちする年齢である。そして、そういう少年といっても良い年ごろの成人が冒険者ギルドの門を叩くことは別に不思議なことではなかった。ここでは冒険者はあこがれの職。まさにこれはいつもの光景というやつである。

「それではコチラにご記入ください」

 受付嬢は事務的に用紙を渡し、次に行うレベル測定の準備をする。レベルというのは個人の能力を数値化したものの総称だ。言ってしまえば握力が50キロあるとか、学力テストで偏差値が幾つといったものと考えればわかりやすい。それらをステータスとして測定器メジャーリングと呼ばれる魔道具で測ることができるのである。

 少年は用紙にサラサラと迷いもなく記入していく。それを横目で見ながらあまりの迷いのなさに、もしや過去にどこかのギルドで追放にでもあった経験者ではないかと疑った。見た目通りの年齢ではないこともある。

 が、そういう人間も普通にいるので多少気にはなったが、別段追求する必要ないと思い直した。なにしろ、測定器メジャーリングで見ればその手の秘密は全部わかってしまう。

「それではこちらに手をかざしてください」

 少年は水晶に手をかざす。その水晶の内部がまるでパズルを組み替えるような動きが始まり、それにつながっている板状の水晶に内容が映し出された。それを受付嬢は書類と見比べる。書類は完璧だ。初心者はもちろん、ときにはベテランすらちゃんと記入できないこともあるので、ますます経験者である可能性が濃厚になった。…が。

「お名前は…カナタ…さんですね。お歳は16歳…レベルは…1」

 驚いたことにこの少年はまっさらの新人であった。よく見ると確かに幼さを顔に残した少年であり、整った顔立ちは美少年と言っても良い。だが、妙に場馴れした態度と余裕のある表情に違和感を覚える。

「登録料はたしか150ルオでしたね。じゃ、これで」

 と、少年は促されていないのに必要な料金を受付のカウンターに置いた。流れるような手際に受付嬢はさらに違和感を募らせる。

(やっぱり誰か身内に冒険者がいるのかしら? …それとも)

 受付嬢が色々と思案を巡らせているうちに、つつがなく登録を終えた。カナタは冒険者の印である指輪を渡される。この指輪に彼の今の情報が書き込まれ身分証のような役目をする。これを使えばどこの街のギルドでも依頼を受けることができ、また、ギルドでのレベル上げ、そして冒険者のランクを上げるときもこれが必要になる。

「冒険者ランクは最初ですので、最低のFランクです。いわゆるビギナーですね。ランクが上がると指輪の色が変わり、受けられるクエストも高度なものになり、報酬も高額になります。また、クエストをこなしたり、魔物を討伐すると経験値が体内に溜まります。それを使ってギルドにあるアーティファクトでレベル上げができます。そしてレベルを上げ、能力を向上させてより高度なクエストに挑戦してください」

 受付嬢のいつもの説明台詞。少年はペコリと受付嬢に頭を下げて立ち去ろうとしていた。しかし、流石に気になったので受付嬢が呼び止めた。

「あ、あの不躾で申し訳ないのですが…もしかして、身内の方とか親しい方に冒険者の方でもいらっしゃるのですか?」

 少年は少々戸惑った様子を見せた。この戸惑いは普段、受付でみている新人の反応である。受付嬢はなんとなく安堵した。

「いえ、別にそういう人はいません。なにか?」

「でも、慣れていらっしゃるので…」

「ああ、慣れているといえばそうかもしれませんが…、まぁ、ただの聞きかじり程度で知っていたにすぎませんよ」

 16歳の少年にしては大人びた物言いで返された。ただ、その時見せた笑顔…というか喜びの表情はこれから人生を始める少年のそれを見た気がして、二十歳になるこの受付嬢の心を一瞬ときめかせる。

「それじゃ」

「あっ…! な、なにか困ったことがあったら相談に来てくださいね! ギルドは冒険者の味方ですから!」

 と、普段なら言わないことをつい口にしてしまった。それに対しても少年は嬉しそうな笑顔を見せて応えた。

 カナタという少年がギルドを出ると、受付嬢はふうとため息をつく。

「かわいい子だったわね…ソフィア」

 ため息をついた受付嬢に別の受付嬢が声をかけた。

「アイリ…からかわないでよ…」

 ソフィアは口を尖らせる。それを見てニヤニヤと笑うアイリ。

「ああいうのが好みなんでしょ…ソフィアは…」

「なに言っているのよ! あの子はただの新人冒険者。私は事務的に対応するだけ…それだけの関係よ。特別な感情なんか挟む余地なんてないわ」

「あらあら、そうからしら… ソフィアの年下好きはみんな知っているわよ」

「…勝手な事言わないでよ! …でも…いつもは年上の冴えないおっさんばかりだから…心の潤いはほしいわよね…アイリ、貴方だってそうでしょ」

「まぁ、わからないでもないけどね… さ、仕事しよっと」

 ソフィアもアイリもいつもの仕事に戻る。ただ、ソフィアはやはりあのカナタという少年が、未だに気になっているようであったが。


 登録を終えギルドを出てきたカナタだが、こみ上げる喜びで口元が緩むのを必死に堪えていた。

(驚いたな…ちゃんと人間が受付していた…)

 おそらく他の人にこのつぶやきが聞こえても何のことかまるでわからないだろう。しかし、彼にとってこの「ちゃんと人間であった」ということが大きな意味を持っていた。それについては追々語ることになるだろう。


「おい兄ちゃん、初心者冒険者かい? どうだいうちの防具買ってかないか? 初心者は武器より防具だぜ!」

 冒険者ギルドを出るとほぼ目の前にある防具店の店主に呼び止められた。カナタは物珍しそうに近づく。建物から突き出した出店のような簡素な商品台に盾やアーマープレートが並んでいた。いわゆる武器屋だ。

「この街の近くに出る魔物はレベルが低いが、油断すると大怪我をする。そういうときのためにしっかり装備を整えるのが大事だ」

 武器屋の店主は高説を垂れるが、そんなことは誰もが心得ている。それよりこの生き生きと話す店主がカナタにとって面白くてしかたない。

「ねぇ、店主さん、ここら辺りにでる魔物のレベルは幾つぐらい?」

「そうだな1から…せいぜい5ってところだな。スライムやトード、ゴブリンなんかが多いな。まぁ、レベルなんて目安だからな実戦だと意外とアテにならん。だからこその防具!」

 たしかにレベルは便宜的につけられた数値でしかない。強さに比例する数値ではあるが余程のレベル差でもない限り、絶対的な優劣になることは稀だ。油断すれば低レベルの相手に負けることもある。

「かくいう俺も実はレベル5! そこまで上げるのにこの防具達に世話になったものよ!」

「冒険者でもないのにレベルがあるの?」

「何言ってやがる、街のやつは大抵一度はギルドの門を叩いてる。自分の力がどれくらいか知りたいし、ギルドのアーティファクトの方がトレーニングより手っ取り早く強くなれるからな」

 レベルは肉体や魔力の強さの目安だ。なので、素のままでもレベルが高い者もいる。とはいえ、精々高くても3、4程度だ。

 レベルはギルドが持っているアーティファクトに魔物を倒したときに得られる経験値を注ぎこむことで強化できる。この経験値というのは一種の魔力であり、この魔力を使って冒険者は肉体や魔力などを強化し、ステータスを上げるのだ。

 経験値を使った強化は筋トレなどよりはるかに効率がよく、それこそトレーニングでは達し得ないような力も手に入れることができる。だからそれを目当てに冒険者になる者も多い。

 ちなみにカナタはレベル1なので一般人並…、いや一般人でも比較的身体が弱い方であり、素の16歳の少年であった。

「俺は最初からレベル3あってな将来有望だったんだが…調子乗って森の奥行って、そこで出会った高レベルの魔物にビビって…じゃない、不覚をとっちまってな…それで冒険者を辞めて防具屋になったわけさね…で、その時の経験を活かし、冒険者のために安心安全な防具を作るって決めたのよ!」

 いつの間にか自分語りが始まった。でも、カナタは嬉しそうに聞いている。それもあって店主は実に饒舌になっていた。

 そこへ血相を変えてギルドに走り向かう男が現れた。

「ヘイストン! どうした?」

 息も切れ切れの男に店主が声をかける。

「バクス! 大変だ! 街中に魔物が出た!」


 石畳が美しい町並み。建物は木造や石造のものが連なっており、中世のヨーロッパ風の佇まいを想起させる。そこに人々の悲鳴が響く。

「ありゃぁ、ジャボガッドじゃねぇか! なんで街のど真ん中にいやがるだよ」

 先ほどまでカナタと話していた武器屋の店主バスクが呻いた。街の中心にある石造りの噴水に陣取って、周りの人間達を威嚇している魔物。巨大なアリクイのような姿をしており、水に身体を半分つけている。目は小さく丸く可愛くも見えたが、口元の鋭い牙は古代の爬虫類のように凶悪であった。

「なんでも魔物を扱う闇商人が持ち込んだらしいが、麻痺させきれずに暴れだしたらしい」

「持ち込んだ? そりゃずいぶん大それたご法度破りだな…、ギルドは何だって?」

「今、冒険者も上層部も出払っていてどうにもできんそうだ。少なくともレベル15位の中級冒険者がいないとどうにもならないって…。で、受付の姉ちゃんが急いで人集めに走って行ったよ」

「マジか…。意外とギルドも頼りにならんな…。といっても街中に魔物なんて普通ありえんからな…」

 街は城壁と結界で守られており、魔物はまず侵入することはできない。

「まぁ、中級クラスの冒険者が来るまで待つしかないか…あのジャボガッドのレベルは10は超えていそうだし…」

「それにしてもこっちを襲ってこないな…このまま森にでも帰ってくれれば良いのに…」

 ヘイストンは弱気な事を言う。

「馬鹿言うな。あいつがおとなしいのはたらふく食ったからだ。腹が減ればまた暴れだすにきまってる」

「食ったって…」

「多分、闇商人どもだろ…自業自得だな」

「うひい」

 噴水の近くに所々血の跡があった。よく見ないとわからないが、人の残骸も見える。ヘイストンは身を縮こませる。

「ジャボガッドは水辺に住む魔物です。噴水が気に入ったようですが、いつまでも居座られても困りますから、ここは早々に退治した方が良いですね」

 カナタの解説。そして何を思ったか彼は魔物に向かって歩み出る。

「お、おい、あんちゃん、初心者のあんたには無理だ! 殺されちまう!」

 その言葉にニコリと笑顔で返し、スタスタと魔物に向かって行く。まるで近所に買い物にでもいくような気軽さだ。

 その様子に武器屋店主のバスク達はおろか他の野次馬たちもあっけに取られていた。

 ジャボガッドは近づく小さな人間にすっくと二本足で立って威嚇する。2mを超える身長に小柄なカナタ。立ち上がっている魔物の姿が余計巨大に見えた。カナタは魔物の目の前で足を止めた。そこは完全に魔物の間合いの中であった。しかし、それでもカナタの顔は涼しいままである。

 魔物は近づいた小さな獲物に高い位置から大口を開け、勢いよくかぶりついた。おそらく闇商人もこうして食い散らかされたのだろう。

 しかしカナタはそれを軽くかわし、手の届く位置に頭が降りてきたときダガーで数回素早く切りつけた。魔物は声を上げ後ろに退く。まだ浅手である。様子を見ていたバクスは「あれじゃまるでダメージを与えられない…」とつぶやく。が、…しかし次の瞬間、その傷口から大出血を起こした。噴水のように血が吹き出しジャボガッドは倒れ、あっさりと絶命してしまった。

 呆然とその様子を見守る観衆。その中で辛うじてバスクがカナタに声をかけた。

「あ、あんちゃん…お、おまえ… ほんとに初心者か?」

 カナタは「そうです」とニコリと笑い、ジャガボットから魔石を取り出す。その様子を唖然として見ている人々。そして彼は何事もなかったように街の雑踏に消えていった。

 魔物は必ず体内に魔石と呼ばれる魔力の塊をもっており、冒険者は経験値以外にもこれを目当てに魔物討伐をする。言ってしまえばドロップアイテムだ。

 カナタが立ち去り未だ茫然としていた野次馬たちの後方からギルドの面々が駆けつけた。その中には先ほどカナタを登録した受付嬢ソフィアもいる。しかし、魔物は退治された後であった。近くにいたバスクから事の顛末を聞くが、全く理解ができない。

「バスク、おまえショックで頭がどうかしたのか?」

「んなことねぇよ! マジだっての」

 知り合いの冒険者から疑われ憤慨するバスク。しかし、言っている本人も正直「こいつはおかしい」と思っていた。

「なぁ、ソフィアさん、その…たしかカナタとか言った少年は本当に初心者だったのか?」

「間違いないです。何年も受付をやってきた私からみて…別段おかしなところは…たぶん…なかった…と思います…」

 とはいうものの、カナタの態度には引っかかるものがあった。しかし、手続き上では何も不審なところはなかったのでこう答えるしかない。

 とにかく、なんだかわからないが、とんでもないルーキーがこの街のギルドに現れたということであり、物語はここからはじまる。


ナーロッパ舞台の話を書きたくて書き始めた物語です。

書き始めたのはずいぶん前ですが、ひとまとまりの原稿ができたので投稿を始めようかと思いアップしました。(というより面倒くさがって放置していたのですがw)

一気に全て投稿するのもちょっと怖いので少しづつ投稿してまいります。よろしければ今後もご愛読いただければ幸いです。


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