序章 本来の私
【序章】 本来の私
腰まで伸びる、綺麗に整えられた深紅の髪。
宝石のように光り輝く、青い大きな瞳。
申し訳程度の胸がついた、平均女性よりも少し高い身体に乗る、小さな顔。
我ながら鏡に映るその姿は「可愛い」。
幼少の頃から、侍女たちに懇切丁寧に作り上げられた外見だもの。
可愛くなくっちゃ困る。
少し胸が小さいのが、たまに傷だけど。
それに加えて、私の爵位は侯爵令嬢。
よく勘違いされるんだけど、あくまで「侯爵」。
貴族のトップであって、王族ではないの。難しい立場よ。
だから私は侯爵令嬢という爵位に見合う、いや、それ以上の実力を付けてきたわ。
血の滲むような努力だった。終わったわけではないけれど。
全て完璧な私にはもちろん婚約者がいる。でも私、結婚は反対なの。
なぜかって?それは私が見つけた一冊の本から始まるわ。
いつものように書庫で本を探していた時、私は吸い込まれるようにしてその本を手に取ったの。
あれはまるで運命。
勉学のことなど忘れて、私はその本に夢中になってしまった。
そこには私の知らない世界が広がっていたわ。
学び舎のようなところで多くの学生が勉学に励んでいた。
そこまでは私がいる世界と大きく変わらない。
違うのは、皆が一様に同じ制服を身に纏っていること。
勉学のためだけに学び舎に赴いているわけではないこと。
一年の間に決まった行事があり、それに全力を尽くす者がいて、
部活という稽古事のようなものに全力を尽くす者もいる。
くだらない日々を全力で楽しむ者、
そしてそんな日々の中、恋愛に一喜一憂する登場人物。
多くの人が描かれていて、全員が、とても楽しそうだった。
それを作中では「青春」と言っていた。
私はあろうことか、それに憧れてしまったの。
私とは全く異なる生き様。
別にそれに憧れたから、今の生活の全てを拒否しようだなんてつもりはないわ。
親には感謝してるもの。ただ憧れてしまったから、心の中で反対しているだけ。
最近は、もし私がその世界に身を置いたなら、そんな妄想をしながらに床につくの。
そして、その時は突然訪れたわ。
普段と全く違う、異様な感覚に私は目を覚ましたの。
辺りがとっても眩しくて、にぎやかで、そして誰かに揺すられて。
始めは、朝から迷惑な人がいたものねなんて思ったわ。でも違った。
私の視界に映るのは見たこともない誰か。
そして身体を動かせば、それは私の見慣ない身体。ふっくらと出たお腹と、ロールパンのような手。
どうやら私は赤ちゃんになってしまったみたいなの。
これは侯爵令嬢だった私、カメリア・サファラーナが
九重つばきになった物語。