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(3)

 どえらい美人もといオフィーリアと呼ばれた少女はまったく顔色を変えず、背筋を伸ばしたまま司教の元へと向かった。他の子供達とは違い、緊張や不安など微塵も感じさせない、完璧な所作だった。

 司教が彼女に声を掛け、その手を握る。すると。


 直視できないほど眩い白い光が、彼女全体を包み込んだのである。


 あちらこちらからどよめきがあがった。恐らく、誰もが無意識にあげた驚愕の声だったのだろう。子供達は勿論、司教やそれ以外の聖職者も、わたしも、その場に居合わせた全員が仰天し、あまりに綺麗なその光に感嘆していた。

 今まで涼しい顔をしていた彼女自身も、これにはさすがに驚いたらしい。大きく利発そうな瞳を更に見開き、固まっている。

「これは……聖属性ですな。それも膨大な……」

 司教は途切れ途切れに、まさになんとかといった様子で言葉を紡ぐ。聖属性だと? 確かその使い手は滅多に現れない、とんでもなく珍しい属性だったような……。

 互いに相性の善し悪しがあり、有利な相手と不利な相手が存在する他の属性とは違って完全に確立した属性で、アルテニタ国の長い歴史でもたった数件の報告例しかなかったはずだ。

 彼女はそんな希少属性の持ち主で、しかも膨大な魔力量を抱えているというのか? そんなの……。



 いやもう絶対ヒロインじゃん!

 初めて顔を見た時から、明らかに他の子よりも顔の造形が整ってるなぁ、なんでだろうって思ってたんだよね。なるほど道理で。ヒロインなら納得だわ!



 またしても素の『僕』と言うか────、オタクの部分が出てしまった。ごほん、と心中で咳払いをして、『わたし』は周囲の様子を探る。

 やはり聖属性というのは、とんでもなく凄いものらしい。先程まで厳かだった雰囲気から一転、聖職者達がバタバタと駆け回っている。恐らく、あちこちにこの一大ニュースを知らせるつもりなのだろう。

 一方、子供達の方も事の重大さに気付いているようで、〝鑑定〟を終えて戻ってきた彼女を取り囲み、やんややんやと話し掛けている。わたしも彼女に声をかけようとして、

「オズワルド殿」

 名前を呼ばれてしまった。途端、あんなに騒がしかった教会内は再び、水を打ったように静まり返る。わたしは席を立つと、司教の元へと歩みを進めた。……痛いくらいに視線を感じる。

 今まで顔出しをして来なかったとは言え、やはり王子の名前くらいは知っているのだろう。わたしが第一王子のオズワルドだと分かった瞬間、彼女に群がっていた人垣がサーッと離れ、司教がいる場所まで続く道ができる。さながらモーセの海割りみたいだと思ったら、なんだか笑ってしまった。……いかんいかん。真剣な顔をしなくては。

 わたしは堂々とした足取りで司教の元へ向かう。もう既に目立っている気がするが、まぁ仕方がない。それに〝鑑定〟が済む頃にはどのみち、注目を浴びていただろうから、遅いか早いかの違いである。

「それでは殿下、よろしいですかな」

 わたしにしか聞こえないくらいの小さな声で、目の前の司教は言った。一応、身分を大っぴらにしないよう考慮してくれているつもりらしい。

「……問題ない」

 それに頷くと、司教の皺だらけの手が伸びてきて、わたしの手に触れた。光がわたしに降り注ぐ。



 あぁ、いよいよだ。わたしが最強の魔力持ちだと皆に知らしめ、無双していく物語がようやく始まる。

 聖属性持ちの彼女の時のように教会内が騒がしくなって、わたしの魔力のチート具合に司教も驚いて、それで。



 思わずにやけそうになるのを抑えつつ、わたしは司教を見やる。光の向こうで、その司教が難しい顔をしているのが分かった。







  △△△







『魔法とは、己の体内に溜めた魔力を消費して使う能力を指す。また、魔法の始まりは我らがアルテニタ国初代国王が神から授かりし御力(みちから)であり、国王自ら民へと分け与えたのが広まったとされている』



 これは、魔法学で一番先に習う文言である。

 簡潔に説明すると、小さな魔法であれば消費する魔力量は少ないし、反対に大きな魔法であればあるほど、そのぶんだけ消費量も多くなるのだ。魔力消費に関しては、全ての魔力持ちに共通して言えるシステムだが、難儀な点もある。


 それは体内に溜めておける量は人それぞれ、しかも産まれた瞬間から決まっている、ということだ。


 器とも呼ばれるそれの大きさは生涯で増えることもなければ減ることもないし、ましてや元々魔力を溜められない体質────即ち器すら存在しない者に後天的に宿ることもない。更に言えば、どんなに努力を重ねようと器の許容量を超える魔力は零れ落ちてしまい、溜まっていかない仕組みになっている。

 つまり、器に溜まっている魔力が足りなければ魔法も使えないわけで、魔力を大幅に消費する上級魔法と呼ばれるようなものは、そもそも巨大な器を持つ者でないと使用不可能である、ということになる。

 因みに使用できる属性ですら、産まれた瞬間にある程度決まっているというクソ仕様っぷりだ。どちらも遺伝によるところが大きいらしい。勿論例外もあるのだが、どのみち持つ者だけが得をし、持たざる者は成り上がり不可能なことに変わりはないのだ。これが魔力が無い者、低い者が虐げられる理由である。

 

 そして文言の後半の通り────、わたしの祖先は他人に分け与えても問題がなかったくらい、とんでもなく強力な魔力を持っていた。文献によれば、ありとあらゆる属性を操ることすらできたらしい。

 故にわたしもそれを受け継ぎ、膨大な魔力や珍しい属性を持っているものだと信じて疑わなかったのだ。それに……わたしには第一王子であり転生者でもあるという、特別なオプションまであったのだから。



 なのに、どうして。



 あの〝鑑定〟の場でわたしに降り注いだ光は、お世辞にも力強いとは言えず、すぐに消えてしまった。

 色だって赤色の一種類のみ。即ちわたしが使えるのは火属性だけであり、魔力も大した量ではないことが証明されてしまったのである。


 よりにもよって、後々同級生になる貴族家の子供達の前で。


 そのあとのことはあまり覚えていない。

 逃げるように王宮へと帰り、父上と母上に報告したあと私室のベッドに潜り込んで。

 気が付けば日はどっぷりと暮れ、部屋の中も暗闇に包まれていた。いつの間にか眠っていたらしい。ため息をひとつついて、わたしは半身を起こす。

 傷心だった割にはよく眠っていたようで、恐らく夜中だというのにすっかり目が覚めてしまった。このままでは眠れそうにないし、中庭を散歩でもしようか。少しは気晴らしになるだろう。

 この時間に出歩いているのが見つかれば、即刻部屋に戻されるのは分かっているので、こっそりと私室を抜け出す。長い廊下を見渡してみるが、使用人達がいる様子はない。そうは言っても見回り中の近衛兵はいるだろうから、気をつけなくてはな。

 しかし、わたしに平凡程度の魔力しかないとはな。歩みを進めながら、わたしはそんなことを考える。



 いや、そうは言っても本当は心のどこかで、疑っていた部分はあったと思う。魔法学の授業で、わたしはいつまで経っても上級魔法を使えなかったから。

 そりゃあそうだ。元々魔力を溜める器が小さいのに、それ以上の魔力を消費する上級魔法が放てるわけがない。だが、信じたくなかったのだ。だって考えてみて欲しい。

 せっかく生まれ変わったのに────それも見るからに主人公っぽい勝ち組設定なのに────、結局はまた冴えない人生を過ごさなきゃいけないだなんて、誰だって信じたくないだろう?

 平々凡々、もしくは無能と罵られた主人公が成り上がる物語は前世の世界にたくさんあったものの、こちらの世界でそんな法則は通用しない。

 わたしを転生させた神がいるのなら、ここからどう『物語』を転がすつもりなのだろう? 成り上がりできない平凡主人公の物語なんて、どうやってもつまらなくないか?

 それとも、このあとに世界を根本を変えてしまうような、わたしの覚醒イベントが待っていたり?



 様々な思考を巡らせていると、どこからか声が聞こえることに気が付いた。歩みを止めて聞き耳を立てる。どうやら近くの部屋から聞こえてくるようだ。ここは……書物庫だったか。こんな夜更けに、誰が何の用なのだろう?

 部屋の扉を細く開いて中の様子を伺う。そこに居たのは、父上と母上だった。

「────やはり魔力が増加した事例の記載はないな」

 声を掛けようと口を開きかけた瞬間、父上がポツリとそんな言葉を漏らした。父上の手にはいかにも古そうな本が握られている。傍にあったテーブルの上にも、同じような古い本が何冊も積み重なっていた。

 まさかあの全部に目を通したのか? 魔力増加の事例を調べて、父上はどうするつもりだろう。いや、事が見つかればわたしに試すのは明白だろうが……。


「ですからわたしは、あの子を王太子にするのは反対だったのです」


 ため息混じりに、母上がそう呟く声が聞こえた。それと同時に、これは聞いてはいけない話だと直感する。

 これ以上聞いてしまったら、わたしは父上も母上も嫌いになってしまうかもしれないと。それは嫌だと心が叫んでいるのに、体は動いてくれなかった。

「前々から嫌な予感はしていたのです────あの子は、オズワルドはいつまで経っても上級魔法を使えなかったから。エリオットは六歳の時には使えていたと言うのに」

 尚も母上は続ける。やめてくれ……母上の口からわたしを貶す言葉が出るなど……弟ばかりが褒められるなど、わたしは聞きたくないのだ。

「しかしだな……」

 今度は父上が唸った。

 そ、そうだ。わたしを王太子に指名してくださったのは他でもない、父上だ。きっとそれは、わたしの将来に期待してくれていたからに違いない。だから父上……わたしを見捨てないでくれ。わたしを嫌わないでくれ。

 しかし、わたしの必死な思いは父上には届かず────。


「アルテニタの長い歴史の中で、現存する第一王子を差し置き、第二王子が王位を継承した例はないのだぞ。ましてや、一度決めた王太子を変更するなど、なんと言われるか分かったものではない。民にもいらぬ憶測をされるだろう。そのような特例を作ってしまっては、後世に汚点して残りかねん」


 出てきたのは、己の面子を守ろうとする言葉だった。

 あぁそうか、わたしは初めから期待などされていなかったのだな。

 そう理解した途端、わたしの中で何かが砕ける音がした。それは今までわたしがわたしであり続けるために保っていた、プライドがへし折れた音だった。

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