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 そんなある日のこと。

「オズワルド。今から教会へ行くのだ」

 わたしは父上にそう声を掛けられた。……教会? 何故そんな場所に?

 わたしの脳裏に浮かんだ疑問符に気付いたのか、父上は「うむ」と何やら悩ましげな顔で長い顎髭を触る。

「本日は〝鑑定〟の日であるからな。教会までは家紋の無い、一番質素な馬車を出すが……そなたにこの意味が分かるな?」

 色々気になることを言っていたようだが、その前に。

「王族であることを隠せ、と言うことでしょうか」

 わたしの答えを聞いた父上は「その通りである」と頷いた。


 わたしはまだ、パーティーとやらに顔を出したことがない。つまり、父上に限りなく近しい者には認識されているが、庶民には勿論、普段王家と交流がないような貴族達にもわたしの顔は知られていない、ということだ。

 父上としては、わたしの顔が割れることにより、低レベルの貴族達が恩恵欲しさに寄ってくることをどうしても避けたいのだろう。だが、わたしだってその程度の輩は自力で跳ね除けられる。信用してくれたっていいのにと思わなくもないが、父上から見ればわたしはまだ十二歳の子供なのだ。

 この世界の常識を覚えきれていないので、これが異常なことなのか、そうでないのかはわたし自身も理解していない。だが、父上が「そなたもそろそろ舞踏会の準備をせねばなぁ」と言っていたので、そのうちわたしが出席できるようなパーティーを主催する気でいるのだろう。

 そんなことよりも、だ。〝鑑定〟とは一体なんのことだろうか?


「『王族または貴族の間に産まれし子息子女は、十二歳を迎えた年の建国記念祭に神官の〝鑑定〟を受け、(おの)が魔力の適正を認知することを義務とする』────これはアルテニタ国法第三章に記載されていることであろう?」

 父上の目は「法律学の授業で教わっているはずだが?」と言っていた。確かに習ったような気がするが、法律学は数ある授業の中でも群を抜いて退屈なのだ。正直、真剣に聞いてなどいない。

「あぁ、本日だったのですね」

 だからと言って説教などお断りだ。何かを言われる前に、わたしはそう誤魔化しておいた。

 


 大昔の今日、アルテニタ王国は誕生したらしい。

 ある時突如として魔力を持った人間が生まれ、その人間が人々を纏めあげて国を創ったのがきっかけだった、というのが、我が王国のおおまかな歴史だった気がする。

 まぁ、どこまで本当かは知らないが、今日がそのを建国を祝う記念祭なのに間違いはない。

 気軽に王宮の外へ出られないわたしは参加したことが無いのだが、どうやら平民達はこの記念祭を盛大に祝うらしいと聞いたことがある。この日ばかりは街中が煌びやかに飾り付けられ、沢山の出店が並ぶそうなのだ。

 平民達は美味しい物を食べて、歌い、踊り、祝い、夜になれば大切な者達と共にこれからも安寧に過ごせるようにと祈る。平民にとって、これはそういうお気楽な祭りだ。


 だがその反面、魔力持ちとして生まれる確率が高い王族や貴族の子らは教会へ赴き、神官の〝鑑定〟を受ける義務があるのだ。確か、魔力量をかさ増しして報告する者、違う属性を自称する者が出ないよう、国が個々の能力を正確に把握するために行うものだと記憶している。このシステム的に、虚偽の申告はできない。故に結果が酷い有り様になる場合もある。そうなるともう、おしまいだ。

 そのような落ちこぼれを貰い受けてくれる物好きなどそうそう居ない。つまり、男なら誰かを娶ることも養子に出ることも厳しいし、女から嫁ぎ先が見つからないということになる。そんなことと思うなかれ。この世界では家族から見限られてもおかしくないほど、重要なことなのだ。

 実際、貴族達の間では魔力差による差別が問題視されていると習ったのだが、王族のわたしに限ってそんなことはありえないだろうと、すっかり忘れていた。

 そうか、今日がその〝鑑定〟の日だったか。わたしの真の力を知る日が来たのだな。



「本日は同じ年頃の子らが集うが、決して目立たぬようにな」

 父上が念を押す。

「勿論です」

 父上の手前、一応は恭しく頷いておいたが、確約はできないな。きっととんでもなく膨大な魔力か、チートみたいな希少属性を持っているかのどちらかだろうから、自然と目立ってしまうだろう。


 だってわたしは第一王子で、王太子で、転生者なのだから。






  △△△







 そうして家名の無い、シンプルな馬車に揺られ、わたしは街の教会に辿り着いた。

 遠くの方で軽やかなメロディが聴こえる。庶民達が建国記念祭を楽しんでいるのだろう。できることならそちらへ顔を出してみたいが……まぁ、無理だろうな。



 馬車から降りて辺りを見渡してみる。既に何人か到着しているようだ。わたしが乗ってきたのと同じような、家名が無い馬車が何台も停まっている。

 わたしの場合はさておき、デビュタント前の令嬢がいる家は自然とそうなるのだろう。もしくは、今日は子供と侍女くらいしか馬車に乗っていないため、特に上位貴族であればその家柄を隠すことで物乞いや誘拐にあうリスクを少しでも減らす、なんていう目的もあるかもしれない。まぁ、真相はさておき、同じシンプルでも家柄が出るのだな、と思う。

 見るからに薄汚く古臭い馬車は貧乏貴族か、平民あがりの男爵あたりの子供が乗って来たのだろう。逆に隅々まで手入れが行き届いている馬車は上位貴族の物だ。無論、王家の馬車も後者に当たる。馬車が何台も並ぶ様を見たのは初めてだか、ここまで分かりやすく出るのだな。


 思わぬところで現れた格差を横目に、わたしは教会の中へと足を踏み入れた。その途端、その厳かな雰囲気に圧倒される。

 豪華さで言えば、王宮の方がずっと上だろう。だが、ここは王宮ではまず味わうことがない、妙な空気に包まれていた。本当に神様と呼ばれるものが居るのかどうかは、わたしも知らない。しかし、ここには何か、人間離れした大きな存在が居てもおかしくはないなと思ってしまうような雰囲気がある。……あぁ、上手く言えないのがもどかしい。

 なんだか気軽に声を出すのも躊躇ってしまい、わたしは静かに長椅子へと腰掛けた。他の子供達も同じなのだろう。緊張したような面持ちで座っている。

 その中で一際目立つ少女が居た。ふわふわと揺れる白銀の髪とルビー色をした瞳のコントラストがとても綺麗で、そして何よりも。



 どえらい美人だった。



 これで僕と同じ十二歳!? 本気で言ってんの? 完成されすぎでは? ……と、思わず素の『僕』が顔を出してしまったくらい、本当に美人だった。

 それに、どの子供も緊張し引きつった顔をしている中で、彼女だけがピンと背筋を伸ばし、まっすぐに前を見つめているのだ。膝に置かれた両手の指先一つとっても、気品が感じられる。

 只者ではないな、というのが『わたし』の感想だった。恐らくは上位貴族、それも王家に近しい地位にいる者の娘だろう。記憶の中から該当する貴族家を探し当てようとしたが、そもそも王族以外と殆ど関わり合いを持たないわたしでは見当も付かない。

 流石にこの雰囲気の中で名前を聞くのもな……と、思っていると、白い髭を蓄えたローブ姿の老人が姿を現した。彼がきっと〝鑑定〟をしてくれるのだろう。

「本日は御足労いただき、ありがとうございます」

 老人はそう挨拶をし、自らを司教だと名乗った。そのあとでアルテニタ国初代国王の教えや建国記念祭の歴史、そして〝鑑定〟がいかに大切かを語り始める。……正直、退屈すぎる時間だった。それはもう、欠伸を噛み殺すのに精一杯だったくらいには。


 つまらないうえに長い前置きが終わると、ようやく〝鑑定〟が始まった。誰かのファーストネームが呼ばれ、近くにいた少年が立ち上がった。見たことがない顔である。

 名前すら聞いたことがないので、きっと王家と殆ど縁のないような、弱小貴族の子息だろう。よほど己の魔力に自信がないのか、強ばった顔をしている。可哀想に、とわたしは心の中で哀れんだ。

 ぎこちない動きで少年は壇上に上がる。司教はそんな彼を迎え入れると、優しい表情で二言三言、少年に言葉をかけた。そのあとで少年の手を取り、何やらごにょごにょと────恐らく呪文のような言葉を呟く。すると緑色の仄かな光が現れ、少年を包み込んだのだ。


「……ふむ、風属性のようですな」

 光が消えた頃、少年の手を離した司教はそう言った。なるほど、とわたしは呟く。これが〝鑑定〟か。もっと派手なものを想像していたのだが、案外地味である。

 その間にも、少年は自身の魔力量や使用できる呪文など、細かな部分を告げられている。その肩は傍から見ても分かりやすいほど下がっていた。希少属性でもなければ、膨大な魔力量を持っているわけでもなかったのだろう。

 彼の家に彼以外の子供が居なければ、爵位を継がせて貰えるかもしれない。だがそうでなければお払い箱だ。弱い魔力持ちを欲しがる弱い貴族など、まず居ないのだから。そうなれば大商人あたりに婿入りして平民となるか、魔法省もしくは騎士団に入るか……どの道、出世街道から外れることが確定したわけだ。あぁ、実に可哀想である。


 哀れな少年が席に戻ると、今度は少女の名前が呼ばれた。見知らぬ少女も同じように司教に手を取られ、呪文が唱えられる。先程見たような光が少女に降り注ぐ。が、今度は様子が違う。光の色が青から黄へと変わったのだ。

「ほぉ、水属性と雷属性をお持ちのようだ」

 司教が言った。なるほどなるほど、つまり光の色で属性が分かり、二つ以上ある備わっている場合は途中で色が変わるということか。ふーん、なかなか面白いではないか。


 そのあとも次々と名前が呼ばれ、その場に居る少年少女達の属性や魔力量が明らかになっていった。

 その様子を観察していて気付いたのは、魔力量が多いと光は眩く輝き、弱いと蝋燭の炎のように弱い、ということだ。そのせいで〝鑑定〟の結果は、この場に居る全ての人間が知れ渡っている。

 一人一人別室に呼び出してやればよいものを、何故こんな見世物のような形で〝鑑定〟するのだろうか。落ちこぼれだと知られてしまうのは、誰であっても屈辱だろうに。

 そんなことを考えていると、また誰かの名前が呼ばれる。



「オフィーリア殿、前に」



 立ち上がったのは────どえらい美人の、あの子だった。

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