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「別の証言もお持ちしました」

 エリオットの言葉でわたしはハッとする。まだ何かあると言うのか。

その場にしゃがみ込そうになるのをなんとか耐えていると、エリオットはもう一つの羊皮紙を取り出した。





 くだんの日、オフィーリア嬢がクリフトン辺境伯の元に居たのは間違いありませんでした。

 クリフトン辺境伯は姪であるオフィーリア嬢を猫可愛がりしていることは有名ですが……その日も自らの招待客に、自慢の姪を紹介して回っていたそうです。それはもう、どちらが主役なのか分からないほどに。

 ですのでオフィーリア嬢がクリフトン辺境伯家に居たことは、彼女の家族だけでなく、クリフトン辺境伯とその夫人、そして辺境伯家の使用人達からも証言がとれました。それだけでなく、当日招待客だった貴族達を証人として呼ぶことも可能とのことです。

 クリフトン辺境伯は大層お怒りでしたが……まぁ無理もないでしょう。可愛い姪の誇りに傷を付けられたともなれば、お怒りになるのが至極当然です。



 そうそう、かの令息達の婚約者である令嬢達にも話を聞きましたよ。彼女達は、己の婚約者がニィナ嬢と親しくしていることに腹を立てていたそうです。

 流石に不義まであったことを知る令嬢はいないようでしたね────いえ、中には勘づいている方もいたかもしれませんが────こちらからは勿論、その件に関しては触れていません。一応、その約束でしたからね。

 しかし婚約者の処遇に関しては彼女達次第です。今後、彼女達を裏切った令息達がどうなるかは、わたしには分かりかねますが、まぁどうでも良いでしょう。


 ……さて、令嬢達はそのことでニィナ嬢を問いただしたことも、その場にオフィーリア嬢が居たのも事実だと認めました。が、これはオフィーリア嬢が率先して行ったものではなく、寧ろ令嬢達の方から同行を頼み込んだとのことです。

 自分達だけではきっと苛烈になってしまう。事情を知り、同じ被害者でもあるオフィーリア嬢に是非一緒に来て欲しい……といった彼女達の頼みをオフィーリア嬢は快諾し、共にニィナ嬢の話を聞きに行ってくれたのだと証言してくれました。

 あぁ、あの場でオフィーリア嬢が言ったことも事実だそうです。ニィナ嬢は令息達との仲を認め、


「みんなわたしを愛してくれている」

「あなた達には愛がないと言っていた」

「婚約者という立場に驕っているから愛想を尽かされるんだ」


 ……とまぁ、このようなことをつらつらと述べていたと。あまりのことに泣き出してしまった令嬢が出たので、その場はそれで終わりになったと言っていました。

 どうしたものかと悩んでいる内に夜会での出来事があったそうで、皆さん、憤っていましたよ。兄上とニィナ嬢がオフィーリア嬢を晒しあげたことに。そして、あの場で反論しなかったことを悔いていました。結果的に王族に逆らうことになるので、萎縮してしまったようです。それは仕方のないことでしょう。

 その代わり、ここで真実を全て話すと言い、別の証言をしてくれました。ニィナ嬢に嫌がらせをしたのは自分だと名乗り出てくれた方がいたのです。その人物の名前は────。






「オフィーリアの派閥にいる者ではないか!」

 それまで黙ってエリオットの話を聞いていたわたしは、ようやく声を張り上げた。その人物の名に心当たりがあったのだ。


 令嬢達の中には派閥がある。つまり、特定の人物の傘下に入ることで、自分の立場が安定することや実家が潤うことなどを目的にした、言わば『下心しかないお友達』である。

 勿論、これは令息達の間にだってあることだが、どうにも令嬢達の方が明白だった。

 そしてたった今エリオットが告げた名前は、まさにオフィーリア派閥にいる令嬢だったのだ。


「オフィーリアがその者を使い、ニィナに嫌がらせをするように指示をしたのでしょう!」

 自らの手を汚さずに人を傷付けるとは。その方がよっぽど姑息じゃないか!

「……兄上ならそう言いかねないと思っていましたよ」

 やれやれと言わんばかりに、エリオットは首を振る。

「その方は自分の考えだったと言っていましたよ。婚約者を取られたのが許せなかった、と」

「だとしてもバルコニーから突き落と────」

「あぁ、その方はドレスに水を紅茶をかけた以外のことはしていないそうですよ。しかし、ニィナ嬢はその品の無さから尽く嫌われていたようでして。私物を隠されているのを見たことがあると教えてくれました」

 わたしが言い切るよりも先に、エリオットがそう続けた。

「そちらを行っていたのはニィナ嬢の同級の者達ばかりでした。当たり前ですよね、学年が違う者が教室に居れば目立ちますから。元より、オフィーリア嬢はたくさんの令嬢達から憧れの的となっています。そんな彼女が一学年の教室に行けば、おのずと話題にも挙がっていたはずなのです。それがないのだから、オフィーリア嬢はニィナ嬢の教室に赴いた事など無いのでしょう。……あぁ、そうだ。犯人だと名乗りあげてくれた方々からも既に署名を貰っています」

「いやしかし、それこそオフィーリアが指示していない証拠などないではないか」

「はぁ……兄上、いい加減にしてください」

 エリオットは盛大なため息をつく。こちらを見据えるその顔は、わたしを心底軽蔑しているように見えた。

「こちらの手元にはオフィーリア嬢の無実を確実の元とする証言と、いくつもの署名があるんです。対して兄上はどうです? ニィナ嬢本人の証言と、噂にしか留まらないものばかりではないですか。そんなものでは証拠にはならない。その程度も分からないのですか?」

「し、しかし……!」

 それならニィナが嘘つきだということになるでないか。ニィナはこんなわたしを支えてくれた、心の優しい子なんだぞ。そのような子が、人を貶めるような嘘をつくわけが……。

「ニィナ嬢は子息ばかりを狙って、親密な関係を築いていましたから……その品性と見境の無さは、特に令嬢達の間では周知の事実になっていたようです。そもそもニィナ嬢の言う『オフィーリアさまが意地悪なことを言った』はどれも正論でしかありません。確かにニィナ嬢を注意していたことはあったものの、いつだって諭すような優しい口調ばかり、オフィーリア嬢が感情任せに責め立てていたのを見たことなど一度もないと、皆さま口を揃えていましたよ」

「……」

 わたしが再び押し黙ったのを見て、エリオットはこれ以上何も言うことがないと言わんばかりにわたしから視線を背けた。そのあとで父上達に向き直る。



「これが、わたしが調べあげた証言になります」

「うむ、ご苦労であった」

 父上はそんなエリオットを労ったあと、「しかし随分と早かったな」と若干驚いたような顔をする。

「よもや辺境伯家の言質もとってくるとは……その手腕、恐れ入ったぞ」

「ありがとうございます」

 父上に褒められたエリオットが少しだけ口元を緩めたのが見えた。確かに早いな、とわたしは思う。


 辺境伯の領地へはどんなに急いでも半日はかかるのだ。往復することを考えると、もっと時間が必要だろう。昨晩の夜会のあとですぐにこちらを発ったとしても、その翌日の今、このように証拠を揃えるのは難しいはずだ。

 それにエリオットが集めてきたのは何も辺境伯の証言だけではない。ニィナと関係があったとされる令息とその婚約者、果てはニィナを虐めていたという者達。

 これだけ多くの証拠を、エリオットはどうやって集めたのだ?

 たった十四歳の少年が、たった一晩でできることなのか?


「オズワルド、これであなたがしでかしたことの重大さが分かりましたか?」

 僅かに抱いた疑問だったが、母上の言葉により、熟考する機会を失ってしまった。

「あなたが行ったことによって王家は恥を晒され、イースデイル公爵家とクリフトン辺境伯家に謀反のきっかけになりえる出来事を与えてしまったのですよ。特にクリフトン辺境伯は隣国との境目に領地を構える、我が国にとっても重要なお方。彼を敵に回すことがどれほど危険か……さすがのあなたも分かるでしょう?」

 母上はそこまで言うと、頭を抱えてしまった。


 クリフトン辺境伯の立ち位置は、隣国の動向を知るうえで非常に重要だと聞かされていたが────もしやわたしが彼を怒らせたことで、辺境伯家が隣国側に付き、襲撃の手助けをしたり寝返ったりする可能性があるとでも言いたいのか?

 そんな、まさか。わたしはオフィーリアを責め立てただけだぞ。冷静になって考えてみると、確かにニィナの証言は正確さには欠けていたかもしれないが……だからと言って、そんなおおごとになるだなんて、予測していなかったのだ。わたしは、愛するニィナを助けたい一心だったのだから。


「今回の件に関しては、本当にオフィーリア嬢が正しかっただろう」

 父上はそんな母上の肩を抱きながら、ため息をついた。

「だが王族たるもの、清濁併せ呑むようでなくては務まらん。幾度と無くお前に伝えたはずだが、お前はついぞ理解しなかったな。我がオフィーリア嬢を王家に招き入れたかったのは事実だ。しかしオズワルド、お前の計謀次第では彼女を処罰することは難しくとも、婚約者の座から退けることくらいなら可能であったろうな」

 父上の、母上の、そしてエリオットの────皆の冷たい視線が突き刺さる。

「結果的にお前は策に負けて醜聞を世に知らしめ、王家に泥を塗ることとなった。今回のことで、お前を王太子でいさせることを疑問視する声が多く集まってだな……」

 あぁ、嫌な予感がする。



「さすがの我でも庇いきれん。よってオズワルド、お前を王太子からおろすこととなった」



 父上は無情にも、わたしにそう告げた。

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