プロローグ
異世界に転生したら最強だったとか、チートスキルで無双したとか、可愛い女の子と世界を救って一躍ヒーローになったとか、よく聞く話である。
そうやってニートが、引きこもりが、不登校の生徒が、不細工が、いじめられっ子が、社畜が、生まれ変わって何かを成して、幸せになるのだ。
だけどそこにはみんな、『物語の中では』という注釈が付く。つまり、結局は夢物語にしか過ぎないことを、僕は知っている。
現実だと冴えない奴は一生冴えないままで、可愛い女の子には見向きもされない。特別なことなんて成し遂げられない。普通に生きることさえ難しい。
そんな自分を嘆いたところで、僕らは変わる術を持っていないのだ。それに、そもそも異世界自体が存在しないのだから。
────そう、思っていたのだが。
△△△
目が覚めたら知らない部屋の、知らないベッドの上に居た。まるで王様でも住んでいそうなくらいに豪華絢爛な部屋だった。
見渡せばいかにも高価そうな家具が視界に写り、僕は困惑する。
「ここは……どこだっけ?」
明らかに僕の部屋じゃない。……うーん、ホテルか何かだろうか。それにしては宿泊した覚えがないし、そもそもこんな高級そうな場所に泊まれるはずがないんだよな。
なんで僕はこんな場所に居るんだ? それに……僕はさっきまで何をしていたんだっけ?
朧げな記憶を辿ろうとしたその直後。
「何を言っているんだわたしは。これはわたしの寝室だろう」
不意にそんな言葉が口を付いた。え? 僕は今、何を……?
その矛盾をおかしく思って、そして気が付いた。
『僕』には転堂 生真だった記憶と、オズワルド・シリル・フロックハートである『わたし』の記憶があることに。
僕は急いでベッドから飛び降り、これまた豪華な鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、鮮やかな赤髪と深海のような濃い青色の瞳をした、とんでもない美少年だった。
「わたしは、今のわたしは、オズワルドだ……でも、僕は確かに……転堂 生真だった」
ゆっくりと深呼吸をする。落ち着きを取り戻すのと同時に、こんがらがった記憶も段々と整理ができてきた。
まずは僕、転堂 生真の方。
僕は日本で暮らしていた、ごく普通の高校生だった。勉強ができるわけでも運動が得意なわけでもない、クラスでも目立たない存在。特技だってない。友達もいない。強いて何かを挙げるなら、アニメとライトノベルをこよなく愛していたことくらいだろうか。……そう、僕は所謂陰キャだった。
そんな僕は────きっと死んだんだ。多分、学校から帰る途中の、あの歩道橋で。
最後の記憶は、鈍色の空と降りしきる雨が真正面に見えたこと。恐らくだけど僕は階段で足を滑らせて、そのまま下へと落っこちたのだろう。
あまりに呆気ない終わり方だったなぁとは思うものの、正直それ以外の感想が出てこない。いや、あのアニメの二期は観ておきたかったとか、もうすぐ大好きなシリーズの新刊が出る予定だったのに、みたいな未練はそれなりにあるのだけれど、こういう時に家族や友達に関することが出て来ないあたり、僕という人間を物語っている気がする。でも、もうそんなことはどうでもいいのだ。
冴えない陰キャだった転堂 生真はもう死んだ。そして生まれ変わったのだ。このわたし、オズワルド・シリル・フロックハートに。
オズワルドは我がアルテニタ王国の第一王子だ。そしてわずか十二歳にして、王太子でもある。つまり未来の国王と言うことだ。
聞き慣れない国名で察するだろうが、ここは前世のわたしが住んでいた世界ではない。そう、異世界だ。しかも魔法があるタイプの! 僕は、いや、わたしは異世界転生を果たしたのだ!
こんな夢みたいな話があるだろうか。ついこの間まで陰キャだった男が、今や第一王子だぞ。更に将来的に国王になることが約束された立場に居ると来たもんだ。その手の物語は散々読んできたけれど、これこそまさに成り上がりじゃないか!
思わずニヤけてしまったが流石は美少年、そんな顔すらも整っている。そりゃあそうだ。第一王子かつ王太子でもある人物が不細工なわけがない。これは『そういうもの』なのだから。
あとは魔法だ。せっかく魔法があるタイプの異世界に転生したのだから、強すぎる魔力を駆使して、所謂俺TUEEEEがしてみたい。まぁ、『オズワルド』の記憶を探るに、わたしの魔力はまだ弱いらしいのだが、才能が開花するのも時間の問題だろう。
なんて言ったってわたしは第一王子だ。それも、転生者と言うオプションまで付いている、特別な存在。きっととんでもなく強い魔法が使えるようになるはずだ。そうに決まっている。
転生者と言うのは『そういうもの』だと相場が決まっているのだから。
あぁ、わたしはなんと幸運なのだろう。前世ではこれと言って良いことが無かったうえに早死までしてしまった分、今世は目一杯楽しめるようにと神様が気を利かせてくれたのだろうか。
まぁ真相はどうであれ、『僕』はまだ高校生だったんだから、これくらいのサービスはしてくれてもいいだろう。
わたしは勝ち組に生まれ変わったんだ。今世は気ままに生きて、ついでに無双したい!