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第十三話ー④

 夜も()ける時間帯、わたしたち4人は休憩所の外を歩いていた。

 サラさんのような、実戦で収入を得ている大人の人物にお説教されてから、わたしたちの口数も減っている。

 だけど、全員の想いはきっと同じ。わたしはそう信じていた。


 今だって会話こそないものの、こうして皆して外の空気に当たりたくなったのだ。室内だと息が詰まりそうになる。だから、危険かもしれないけれど、屋外に出たくなった。


 休憩所の周りには篝火(かがりび)が灯されており、辺りには暗闇に対抗して火の光がゆらゆらと揺らめいている。警備をする人間も周囲に気を配っており、魔物の襲撃があったとしても、すぐに対応はしてもらえるだろう。


 わたしたちは休憩所から、やや離れた位置にいた。

 自分たち以外の人間がいない所にいたい。そう思ったからだった。

 だって、この気持ちを共有できるのは、この4人だけ。女の子同士で結婚をしたい、という共通した意志を秘めた仲間なんだから。


 切り立った崖を前にして、全員が呆然と立ち尽くしている。遥か上空から見下ろす平野の景色を、4人並んで眺めていた。

 空には満天の星。夜景の綺麗さが心を洗ってくれているようだった。ここが危険区域、と分類されていることなど、忘れてしまいそうになる。


 (ゆる)やかな風が吹くと、隣にいる仲間たちの想いが運ばれてくる気がした。

 ちょっとだけ、悔しい。


 声には出さないけれど、皆がそう思っているんだろうな、とわたしは感じていた。

 サラさんの言葉に反論できなかった。

 もし、彼女に、ニーシャの(やしろ)に行って結婚するからです、と言っていたら、また違う未来があったのだろうか。

 それをするには、ユーリィの正体も明かさないといけないし、信用の問題もあるから、難しかったけれど。


 サラさんはいい加減な人のようで、現実と向き合っている人だと、あの短時間でもわかっていた。

 それでも真実を伝えた場合、結婚するためだけに危険を犯すなんて、と一蹴(いっしゅう)されていたかもしれない。


 鬼霊山(きれいざん)の思い出は、少しばかり嫌なものになりそうだった。





 しばらく夜風に身を(ゆだ)ねていると、不意に空気が冷え込んできた。それと同時、クレアとユーリィの肩がぴくりと動く。

 銀髪と金髪、両名の美女は揃って美髪を揺らし、首を巡らせた。


 彼女たちが見つめる先は、鬼霊山上層へと続く道。その道は岩と枯木に(さえぎ)られており、完全なる闇だ。何も(のぞ)くことはできない。だけど、2人は何かを見据(みす)えているようだった。


「ど、どうしたの?」


 言いようのない不安に駆られたわたしは、沈黙を破る。

 しかし、2人はわたしの問いかけにも答えない。耳を澄ましているようにも見えるし、感覚を研ぎ澄ましているかのようにも思えた。

 数秒経ってから、ユーリィが口を開く。


「少し、危ないわね」


 普段は飄々(ひょうひょう)としている彼女とは見違えるような、緊張を含んだ声音だった。

 わたしとリリナは、彼女の言っている意味が理解できない。

 だって、何が危ないのか、感じ取れないんだから。


「ナイトさん。エリナさんとリリナさんを連れて休憩所に戻っていて」


 説明を乞う前に、ユーリィは事を運ぼうとする。

 クレアは首を横に振ってそれを否定する意思を見せた。


「私も残るわ」


「何が、どうしたの?」


 リリナが(しび)れを切らして問い詰める。ユーリィがゆっくりと、しかし厳しい顔つきでリリナを見つめた。


「厄介な魔物が向かってきているわ。リリナさんたちは危険だから、早く戻って」


「な、なんでユーリィちゃんだけ、残ろうとするの?」


「そうよ、ユーリィさん。私の剣の腕では、不安なのかしら?」


 リリナとクレア、2人がユーリィへ尋ねる。

 ユーリィは金髪をかきあげながら、ふぅ、と観念するように息を吐いた。


「私の父さんと同じ、夜に生きるモノ、の匂いがするわ。……恐らく、半妖である私の血の匂いを嗅ぎつけたのかしら。呼び寄せてしまったようね。自分の失態は自分でどうにかするわ」


 日中はガーゼに隠されてある、ユーリィの紫色の瞳。月が昇る今は、それが(あら)わになっており、彼女から発せられる力は、普段の数倍にも及んでいる気がした。

 夜に生きるモノ、の血がユーリィにも流れているから、なのだろうか。


 目に見えそうなほどのオーラを(ほとばし)らせているユーリィ。その隣へクレアが並ぶ。


「何を言っているのかしら、ユーリィさん。あなたは、これからの目標に立ち向かう大切な仲間。危険な魔物なら、なおさら2人で倒すべきだわ」


「……うふふ。本当にエリナさんと出会えてよかったわぁ。こんな私にも、大切な人、そして、隣に立ってくれる仲間、ができたのだから」


 ユーリィは表情を緩めて、柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべた。

 彼女が受け入れてくれたことに、クレアも一息ついている。そして、すぐに剣を抜いた。

 その瞬間。わたしの耳にも確かに届いてきた。


 馬蹄(ばてい)が乾いた大地を叩く、死の旋律(せんりつ)を思わせる足音だった。反響するように鳴り響く(ひづめ)の音は、それだけでわたしの背筋を震え上がらせる。


「エリナ、早く行って!」


 冷静なクレアからは珍しい、怒号のように切羽詰まった声が発せられた。

 気配だけで足が(すく)み、腰が抜けてしまいそうな敵の出現。わたしはどうにか意識を保つと、リリナの手を引っ掴んだ。


「ゆ、ユーリィちゃん! 頑張って!」


 さしものリリナも怯えきった声で、精一杯の声援を送っている。わたしたち姉妹は、大急ぎで休憩所を目指して足を動かした。


「わたしたち、サラさん呼んでくるからっ! クレアも頑張って……お願い、無事でいてね!」


 わたしが今できる最善の策。

 最速で応援を呼ぶことだ。

 小さくなっていくクレアの背をちらちらと(うかが)いながら、不安に心臓が音を立てる。

 どれほどの難敵が現れたのか。今は無事を願うことしかできないのだ。

 そんなわたしの背に、美声が叩きつけられた。


「デュラハン!?」


 クレアの驚いた声に、わたしは振り向いてしまう。


 彼女たちの前に出現したのは、巨大な影だった。

 体長3メートルはあろう馬に(またが)るのは、闇夜に紛れそうな漆黒の甲冑を着込んだ騎士。その頭部は存在しておらず、鎧だけで動く不気味な姿態(したい)だ。

 左手には手綱を、右手には輝く穂先を備えた大槍を構えている。

 全身からは闇の気配がふんだんに放たれており、その姿を目に収めただけで、死を連想させた。


 デュラハンと呼ばれる魔物。彼の周りには、薄暗い火の玉のようなものが漂っている。それは人間の魂、と伝承されており、デュラハンは死を呼び寄せるもの、の象徴とされていた。

 死の山、と名高い鬼霊山に相応しい魔物だ。


 わたしは振り向いたことを後悔しそうになった。

 あれほどの魔物がいるなんて、思いもよらない。全力で、休憩所を目指した。





「デュラハンだと!?」


 サラさんはビリビリと空気が振動するような大声をあげると同時、弾かれるように立ち上がる。

 休憩所の扉を叩き割るかのようにして開け、サラさんの元へ辿り着いたわたしは、慌てて状況を説明したのだ。それを受けたサラさんの反応だった。

 彼女は急いで、壁に立てかけられてあった槍を掴む。


「上層の中でも遭遇は稀な、希少な魔物だぞ。なんでこんな中腹に……。他の2人はどうした!?」


 サラさんは掴みかかるようにして、わたしの肩を揺さぶった。

 ここで働く彼女ですら、狼狽(ろうばい)している。デュラハンは危険、それを裏付けるには充分な態度だった。


「の、残って戦っています……」


「馬鹿なっ! 学生のガキが手に負えるような魔物じゃないぞ。……ちっ、あたしは警備の人間を連れて、すぐに向かう。お前らはここに残っていろ!」


 サラさんは言葉遣いも忘れたのか、荒々しく言い残すと、物凄い剣幕をして、休憩所から弾丸の如きスピードで飛び出ていった。

 残されたわたしとリリナは、はらはらと、2人の無事を願うことしかできないでいた。

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