第十二話ー③
その後、わたしは学生寮1階のロビーで、クレアをぼーっと待っていた。
鮮明なほど記憶に焼き付けられた妹たちの行為。ああ、もう、心の中がモヤモヤとするよ……。
脳内で先ほどの出来事を何度も何度もリプレイしていると、クレアがやってきた。わたしはどこかよそよそしく、リリナたちの部屋へ向かう。
妹たちの部屋前にまで辿り着いて、リリナ、もう戻ってきてるのかな、って不安になる。まだあそこで、やらしーことに夢中になってるんじゃないでしょーね。
わたしの不安とは裏腹に、あの忌まわしき事件を見聞きしていないクレアは、臆せずに扉をノックした。
「はいは~い! あっ、クレアさん……。と、ついでにお姉ちゃんだ」
扉から吐き出されるように出てきたのはリリナ。
妹は、先ほどユーリィと、いやらしいことをしていたなんて思わせないほど、あっけらかんとしている。
……もしかして、えっちなことに慣れきっているのかな。なんて疑惑を植え付けてくる。
自分よりも大人の階段を早く駆け上がる妹に、どう接していいのかわからない。軽口を叩き返すことも、できなかった。
「ちょっと大事なお話があるから、お邪魔してもよろしいかしら?」
「どうぞどうぞ~。上がっちゃってください!」
「それじゃ、失礼するわね。……エリナ、どうかしたの?」
ぼんやりとリリナを眺めていたわたしに、クレアが不安げな声をかけてくる。
いけないいけない、自然な態度をとらなきゃ……。
「なっ、なんでもないよっ!」
慌てて両手を振って誤魔化したために、あからさまな不自然さだ。わたしってば、平静を装うの苦手すぎないかな……。
クレアは訝しんでいる様子だったが、この場では指摘しないように務めていた。しかし、もう1人はそうもいかない。
「お姉ちゃん……何か怪しいな~。怪しいニオイがプンプンするよ~」
「何よ、怪しいニオイって」
じろっとリリナを睨んでから、心の中だけで呟く。
誰のせいだと思ってるのよ。って。
「お茶の準備はできているから、早くお入りになりなさいな」
すると、部屋の奥からユーリィの声が飛んできた。
リリナは、命拾いしたねお姉ちゃん、とのたまって、部屋へUターンしていく。
「もう……」
わたしは重量たっぷりの憂いを乗せた息を吐きながら、妹の後に続いた。
リリナたちの暮らす寮室は、わたしたちの間取りとほぼ同じ。ただし、室内のあり方はまるっきり別物だった。
リリナのベッドと思しきものは、シーツがぐっちゃぐちゃに乱れている。それだけならまだしも、その上には何着もの服が乱雑に放られてあった。中には下着も見え隠れしていて、目を覆いたくなる惨状である。
だらしなさすぎる。わたしは口の中だけで悪態をついた。
ベッドがあんな状態だったら、寝ることもできないじゃない。
ん、っていうことは……ユーリィのベッドで一緒に寝ているってことだよね。
そうなると、夜はもっと激しい行為を……!? あんなことや、こんなことも?
わたしは、再び沸き上がってきた空想の世界に囚われていった。
「エリナさん? 何をぼんやりしているのかしら」
ユーリィが紅茶の入ったカップを差し出しながら、目元を細めて笑っている。そのブルーの瞳は悪戯心満点。とっても楽しそうだ。紫色の瞳はガーゼで隠れているけれど、そっちのほうもニヤニヤとしていることだろう。
何せ、ユーリィだけは、わたしがあの場に居合わせたことを知っているのだから。心を読まれているような気がして、居心地が悪い。
「そういえば今日、夜ご飯はどうしたの?」
わたしは取り繕うようにして、話題を出してみる。
「うふふ、私が用意したのよ。ずっと1人で暮らしてきたから、料理の腕には自信があるのよね」
「そういえば、ユーリィのお屋敷でご馳走してもらったこと、あったね」
去年の夏休み。初めてユーリィと出会ったあの夜、確かに豪勢な食事を振る舞ってもらったっけ。
あの時はユーリィのことをよく知らなかったから、一瞬で夕飯が出てきたことに驚いたなあ。
当時を思い出して、ほっこりとする。
ユーリィは1人暮らしの期間が長かったから、家庭的な部分は多いのかもね。その分、リリナのだらしないところが浮き彫りになっている気がした。
「リリナ。ユーリィに迷惑かけてばっかりじゃダメだからね。きちんと掃除とかもしなさいよ」
「うっ。お姉ちゃんは部屋に入れなければよかった……」
説教じみたわたしの態度に、リリナは身を縮こませている。それをクレアがまあまあ、と優しく宥めていた。
「――それで、本題に入っていいかしら?」
場が落ち着いたと見ると、クレアが切り出した。
そうそう、そうだった。その話のために集まってるんだったね。リリナのせいで、すっかり忘れていたよ。
最も懸念しているのは、リリナの成績。部屋の有様を見る限り、期待できそうにない。
わたしの心配をよそに、クレアは自身の課題について、事細かに説明した。
しばしの時間、クレアの詩を読むかのような美麗な声で、課題の詳細話が続く。
それが終わり。
「ニーシャの社を目指すためにも、お2人にはどうか来て欲しい……と思っているわ。どうかしら?」
クレアは真面目な表情を見せ、頼み込むように言った。その翡翠色の瞳は真剣さながら、わたしならば1秒の間を置かずに頷いてしまう迫力がある。
「そうね。私はいいと思うわぁ。微力ながらお力添えするわね」
「面白そうだねえ、わたしも全然オッケー!」
どうやらユーリィたちの意志は問題ないようである。後はリリナの成績でどこまで許可が出るか、になったね……。
「リリナ。遊びじゃないし、とっても危険な場所ってわかってるよね?」
「わかってるって!」
妹はどこまで理解しているのか相変わらずわかんない。何を聞いても、わかってるって! の一言で返されるのだから、目眩がしそうになるよ。
「行き先は鬼霊山ね。その程度なら、リリナさんを庇いながらでも平気だと思うわぁ。もしもリリナさんの成績が届いていなくっても、叔母様に無理矢理、判を押させちゃう」
ユーリィは事も無げに言い放った。
破天荒っぷりでは、クレアよりも突き抜けているのかもしれない。
わたしとクレアは目を丸くしていた。
「か、庇いながら、って。普通、リリナが庇う側じゃない」
「鬼霊山でも、その程度、って言えるのね。……頼もしいわ」
クレアも嘆息するほどだ、ユーリィってやっぱりとんでもない。
そもそもね、パートナーの関係っていうものは、剣などを扱う近接戦闘を得意とするものが魔法使いを庇うもの。ユーリィは魔法に特化しているらしいのに、戦闘科に通うリリナを庇う、なんて発言をしたのだ。
さらには、学園長の血縁関係。権力まで行使しようとする胆力。
心強さは筆舌に尽くしがたいね。
とてつもない魔力を秘めているといわれるユーリィの戦闘を、この目で見たくもある。
「それじゃあ、そういうことで。結果はまた知らせにくるわ」
話しが纏まったと見ると、クレアは立ち上がる。
わたしも同じくして、リリナの部屋を後にしようとした。
「またいらしてね」
「お姉ちゃんは、来なくてもいいからね」
「ユーリィ。リリナのこと、あんまり甘やかしちゃダメだよ。リリナってば楽な環境だと、ずーっと自堕落するんだから」
突きつけるようにリリナへ言って、わたしたちも自室へ足を向けた。
リリナは頬を膨らませながら、対象的にユーリィはニコニコと手を振って、わたしたちを見送ってくれた。




