第十一話ー⑤
場所はわたしとクレアの部屋。
丸テーブルを囲んで、4人の少女が顔を合わせている。
学生寮の2人部屋は、これだけの人数が集まると狭く感じた。
「それで、話、って何かな?」
室内には真剣な空気が漂っている。ついさっきまで、学園長室で交わされた会話のこともあってか、雰囲気引き継がれているみたいだ。
無表情のユーリィは、何を考えているのか汲み取れない。その横には、いつも通りへらへらとしたリリナがぴっとりと寄り添っていた。
「ニーシャの社について、よ」
出てきた言葉に、わたしはドキッとした。
ユーリィは以前にも、この部屋でそのことについて教えてくれた。またしてもニーシャの社について進展があるのかな、って考えたら、胸が滾ってしまったのだ。
「私も、リリナさんとそこを目指そうと思って」
ユーリィはリリナに向けて流し目のような色っぽい視線を送り、妖艶に微笑む。
……はへ?
リリナと。ニーシャの社を目指す。ユーリィが。
ばらばらになったパズルを揃えるみたいにして、単語を組み合わせていく。
やっぱり、だよね……。
勘違いじゃなかったんだ。リリナとユーリィが、そういう関係だって。
わたしは肩で大きく息をしていた。
「2人は、一体いつから……? だって、まだ学校が始まって、2週間くらいだよね?」
わたしは興奮気味に身を乗り出して、リリナに問い詰めた。
だってさ、出会って2週間で結婚を前提としたお付き合いって、さすがに早すぎない?
わたしは娘の結婚を反対する父親の気分になって、厳しい顔つきを妹に向けていた。
自分たちのこともあるから、頭ごなしの否定はしないけど……。
でもね、2週間はいくらなんでもスピード結婚すぎるよ! 姉としての威厳が、わたしを駆り立たせていた。
しかしリリナは、柳のごとく、わたしの猛攻をさらっと受け流す。
「いつから、って2週間前だよ。出会ったその日から!」
「出会ってすぐ!?」
わたしは叫び声をあげるのも虚しく感じて、落胆した。それと相反するようにして、妹はころころと笑っている。
2週間どころか、会ったその日って。
どうやら、わたしとリリナの感覚は、海と空ほどかけ離れているらしい。
「リリナがそんな子だったなんて、思わなかったよ」
呆れを通り越して、白い目でリリナを見つめた。
だって、わたしとしてはね。恋というものはもっとこう、順序を踏まえたほうがいいと思っているのだ。しかも、女の子同士だもん。緊張感とか、苦悩があって然るべきだよ。
なんてね。恋愛経験がなかったわたしが、上から語るのも変だけど……。
で、でも、わたしはクレアと好き合ってからは長いし!? リリナよりかは高みにいるはずだよ。
「まぁまぁ、いいじゃない」
わたしを宥めたのは、意外にもクレアだった。
「クレアまで、会ってその日でも構わない、って思ってるの?」
「私も一目惚れでエリナに告白したから……、人のことは言えないわ。それにほら、2人とも、とっても幸せそうよ」
クレアの視線の先、リリナとユーリィは肩を並べてにこにこしている。2人の愛を見せつけられているような気分になった。
だって、リリナはわたしの妹だし。物心がつく頃にはずっと一緒だったから。
あんなにも幸福そうなリリナは、わたしだって見たことがなかった。
だからこそ、ユーリィのことは本気で愛しているんだな、ってすぐにわかる。
……わたしが口を挟むのはお門違いってことだね。
妹のせっかちな部分、見なかったことにしてあげよう。姉の余裕だね。
「それで、ね。私たちとエリナさんたち、お互い目的は一致しているから、4人でニーシャの社を目指さない? リリナさんとついさっき、相談していたところなのよ」
ユーリィは話が纏まったとみると、そんな提案を寄越してきた。
わたしは息を呑んだ。
難関の地、ニーシャの社。共に向かえる仲間は、喉から手が出るほど欲していたものだ。
その仲間に――下位の魔物とはいえ、視線1つで追い払ったユーリィ。クレアですら彼女の実力が計りきれないほどの、力を有する人物。
天才と謳われる剣士クレアと、半妖でありとてつもない魔力を秘めたユーリィ。
もし、この2人が組んだら……。
どこへでも行ける気がした。
わたしの背筋がゾクゾクと震える。
手が届かないと思っていた夢が、実現できる。
「ど、どうかな、クレア?」
自分の一存では決められないけれど、わくわくとして震える声は抑えられない。わたしはクレアに訊ねていたけれど、それは訊ねる、ってよりかは、同意が欲しくってねだっている、と思われてもしかたのないものだった。
クレアはやんわりと微笑む。
「そうね。私としても、ユーリィさんなら心強いと思うし。ニーシャの社にも詳しいみたいだから、こちらからお願いしたいくらいね」
ついこの間まで、ユーリィに対して厳しい目を向けていたクレアも、色よい返事をくれた。
きっと、ユーリィとリリナはお付き合いしている、って報告を受けたから。ユーリィがわたしを狙うようなことはない、って安心できたからこそ、彼女への確執がなくなったのだろう。
「じゃ、決まりだね。わたし、なんとかの社、ってなんのことか、全然知らないんだけどねっ!」
リリナはあいも変わらず、脳内お花畑を実況しているかのように、お馬鹿な発言をしていた。
わたしは姉として恥ずかしく思い、苦笑してしまう。
ユーリィはそんなリリナですら愛らしいのか、甘やかすように頭を撫でている。
「それじゃ、リリナさんに説明ついで。ニーシャの社についてのまつわり、喋ってもいいかしら?」
「ぜひぜひ、聞きたいっ!」
わたしは目を輝かせて、ユーリィに続きをせがんだ。
妹のことをとやかく言えないくらいには、はしたなかったかもだけど……。
だって、しょうがないじゃない。わたしは伝説の地とか、そういった類のものに、目がないんだから。将来的には、冒険者となって旅をしたいと思っているくらいには。
「ふふ、それじゃ、リリナさんもちゃんと聞くのよ?」
「は~い!」
姉であるわたしの言葉には余り耳を貸さないリリナだけど、ユーリィに言われると子どものように潔く返事をする。
デコボコなコンビかとも思ったけれど、どうやら息がぴったりらしい。なんだか微笑ましかった。
ユーリィは咳払いをすると、伝説の地について語り始めた。




