第十一話ー④
それからは、ユーリィの生い立ちについて、より詳しく聞くことができた。
彼女の父親は、魔物の中でも人間に近いとされる存在で、闇に生きる者、だったという。人類の伝承によるところの、吸血鬼、のような生態で、空間を移動する能力に秀でていたらしい。
そして、母親は学園長の妹。戦闘と魔法を習得できる学園の長、その血筋なのだから、ユーリィのお母さんは魔法の才能が抜きん出ていたらしい。
そんな2人の性質を受け継いで生まれたユーリィは、純粋な魔族よりも超越した魔力を有しているというのだ。彼女が特異な体質を宿しているのは、それが原因ということらしい。
半妖、と呼ばれる生物の宿命らしかった。
過去の文献にも、半妖という事例は存在する。しかし実態は、人間からも魔族からも疎まれ、世に表立って現れることはない、とされていた。
もしかしたら、人間社会にうまく溶け込んでいる半妖もいるのかもしれないけど、その生態系は謎に包まれている。
ユーリィも例に漏れず、半妖の血を誰にも知られるわけにはいかなかった。だからこそ、人里離れた館で暮らし続けていたのだ。
だけど、彼女の両親は、早くして亡くなったという。
1人、この世に取り残されたユーリィ。彼女の面倒を見ていた学園長は、自らが管理するオディナス学園への入学を勧めていた。
幸いにも、ユーリィは空間を移動する能力と、類まれなる魔力、それから紫の瞳を除けば、人間との相違はなかったようだ。
学園の附属である、教育機関の学校に入ることですら、しぶっていたユーリィ。だけど、去年になって、急に態度を翻した。それでめでたく、15歳になってようやく学生になったということだ。
リリナはその話をどこまで理解しているのか、傍から見れば呆然としつくしている表情を浮かべていた。
わたしとしては、ユーリィにまつわる色んな謎が一気に解決して、学園長の話が脳内にストンと収まるようだった。
ユーリィと出会ったあの日、あの山で起きた不思議な出来事の数々。
それら全て、彼女による力、が働いていたのだろう。
聞くところによると、あの館の周囲には、結界、と呼ばれる上級魔法が施されてあるみたいなのだ。
結界内は敵と見なされるものの侵入は適わず、わたしみたいな迷い人が足を踏み入れた場合は、即座に術者が感知できるようになっている。
ユーリィは空間移動能力と結界によって、あの夜、全部を知悉していた、ということだ。納得だね。
「あの子と、これからも変わらないで接して欲しいわ。……これは、私からのお願いになっちゃうけれど。あの子は、ずっと1人で、寂しかったはずだから」
もしも、ユーリィが半妖だ、ってどこかに漏れてしまったら、大変な騒ぎが起きちゃうだろうね。
忌むべき存在として、命を狙われるかもしれない。魔族の生態を暴くチャンスとして、研究されてしまうかもしれない。
それでも、そんな未来はないと信じてくれていたのか、ユーリィは全てを教えてあげてもいい、と言ってくれていたのだ。
……ならば、わたしたちも信頼に応えたい。
「ユーリィちゃんのこと、話してくれてありがとうございました。わたし、もっとユーリィちゃんと仲良くならないといけないっ!」
リリナは勢い良くソファから立ち上がり、拳を握り締めて宣言した。
それでこそ、リリナだね。わたしは妹のことを信じていたから、その答えを出す、ってわかりきっていた。
「わたしたちも、リリナと同じ気持ちですから。学園長は安心してください」
わたしの回答に、学園長は再び穏やかな皺を頬に刻んだ。
窓外はすでに夕闇が落ちてきている。そのため、お茶会はここで解散となった。
ユーリィは散歩、と言ったきり戻ってこない。
彼女も、自分のことを何もかも知られるのは怖かったに違いない。わたしたちのことを信じていてくれたとしても、向き合って話し合えるほどの勇気は出なかったのだろう。
……だって、わたしと歳があんまり違わない女の子だもんね。
クレアもユーリィも、精神年齢が高そうに見えるけれど、そうじゃないんだ。怖いものは怖い。だから、そういうときは、わたしたちが手を差し伸ばしてあげる番。
わたしたちは揃って学園長室を後にした。
下校時刻を大幅に過ぎた学園の廊下は、電気もまばらに点いているだけの、ひっそりとした空間。
扉をぱたん、と閉めると、静けさは増したように感じて、肺に取り込んだ空気すらも冷え切っているように思えた。
「お話は、終わったの?」
「わっ」
闇の中から聞こえてきた声に、わたしとリリナは同時にぎょっと叫びをあげた。
暗闇に紛れるようにして、ユーリィが佇んでいたのだ。どうやら、部屋の外でずっと待機してくれていたみたい。
リリナはそれがユーリィだって確認できると、彼女にずかずかと歩み寄っていった。
「ユーリィちゃんのこと、全部聞いたから。これからはね、隠し事なんてさせないよ! ユーリィちゃんのこと、ぜーんぶ教えてもらうんだから!」
リリナは口早にまくし立てると、呆気にとられているユーリィの腕を引っ掴んで、廊下を歩き出していった。
そんな強引で、傲慢で、豪快なリリナの態度にもかかわらず、ユーリィは嬉しげだった。
きっと、自分の生い立ちを知ってなお、変わらずに接してくれたことが幸せだったのだろう。
リリナとユーリィは、わたしたちの目など一切気にしないまま、昇降口へと消えていった。
あはは、わたしの出る幕はなかったね。
リリナ、しっかりとユーリィの支えになってあげるんだよ。
わたしはそう願いつつ、2人の背を見守っていた。
「リリナも、いつの間にか大人になってたんだねえ。いつものリリナからは想像もできなかったよ」
「ふふ、よかったわね、あの2人。それじゃ、私たちも帰りましょうか?」
わたしはクレアを見上げて、頷いた。
当初の予定だった図書館へ寄ることはできなかったけれど、それ以上に収穫は大きかった。
まあ、わたしたちは、置物みたいだったけれどね……。
そんなことは気にしないで、クレアと手を繋いで校外へ向けて足を踏み出す。
「あっ、と。忘れていたわ」
「ひゃぁっ!」
突然、目の前ににゅっ、と現れたのはユーリィ。
もう、今日は驚いてばっかりだなぁ……。にしても、暗闇からいきなり出現するんだから、心臓に悪いったらないよ。
早速、わたしたちに空間移動を見せつけてくるんだから、ユーリィもなかなかに豪胆だよね……。
「エリナさんたちに、お話したいことがあるの。これから4人でお喋りできないかしら?」
ユーリィは至って真面目に、人差し指を立てて提案してきた。




