第十話ー③
リリナがオディナス学園の学生寮に入寮して、はや数日。
本日は学園の入学式。わたしたち在校生は、授業の開始は明日からではあるけれど、入学式には出席することになっている。
わたしはクレアと一緒に、学園の校門付近で佇んでいた。
視界いっぱいに映るのは、まだ着慣れていない制服に身を包んだ、初々しい新入生たち。
魔法科の制服は、紺色のブレザーにスカート。戦闘科は、同じく紺色のブレザーにパンツだ。新入生たちが着るそれらは、皺1つ見当たらない真新しさが目立ち、どこか微笑ましく思えた。
クレアも、新入生たちと同じ服を着用しているはずなのに。着こなし方はまるで別。
腰元まで伸びた銀髪に、すらっと長くて細い足。モデルのような長身で、姿勢良く直立しているものだから、とにかく人々の視線を奪いまくっている。
新入生、在校生、ひっくるめてだ。
同じ部屋で暮らしているわたしですら、たびたび見惚れちゃうほどだしね……。
入学式が始まるまでの暇な時間、わたしは手持ち無沙汰なので、辺りをキョロキョロと見渡していた。
意図したわけではなかったけれど、わたしの瞳はリリナを捉える。妹は、新入生たちの群衆にうまく溶け込めているようだった。
リリナも、クレアと同じ戦闘科の制服を着ている。だけど、クレアのような凛々しさは皆無、まるで似合っていない。子どもっぽいところが悪目立ちするリリナには、スカートのほうが適切だろうなあ、って思った。
妹は、制服のことなんて歯牙にもかけていないのか、同じ学科の生徒たちと楽しげにお喋りしている。
学園が始まってすらいないというのに、もう何人かと打ち解けているみたい。
そんなところまで、わたしにそっくりだね。だけど決定的に違うところは、わたしよりも、うんと騒がしい、ってところ。リリナの周りは賑やかさでいっぱいだった。
まあ、でも、ちょっと安心。あんなド田舎から出てきて、孤独になっていないかなーとは心配していたから。でもね、リリナならうまくやっていけそうだね。
「懐かしい? エリナ」
ふと、クレアが声をかけてくれた。
彼女もどこか遠い眼差しで新入生の輪を眺めている。去年のことでも思い出しているのかな。
「うん、ちょっとだけ、ね。もう1年も経ったんだねぇ」
「ええ。去年の私なら、今の私がこうなっているなんて、思いもよらないでしょうね」
「あはは、それはわたしも同じだと思うよ」
わたしは目を細めて、過去を振り返る。
目の前に映る新入生たちの姿と、去年の自分を照らし合わせた。
1年前のわたしなら、まさか自分が同性の、しかも美人で、とっても強い殿上人のような女性と両思いになる、なんて夢にも思っていないだろう。
1年の期間は本当に色んな思い出を作ってくれた。そして、わたし、という根幹を大きく変えさせた。きっと、クレアだってそうだろう。
また来年には、色々と変化があるのかな?
わたしは新入生たちをぼんやりと眺めながら、そんなことを思っていた。
ふと、妙な既視感が走る。
新入生たちの群れを見ていたら、わたしの脳みそに何かが告げられた気がしたのだ。どこかで、何か見たことがあるような、不思議な感覚。かろうじてわかったことといえば、まだ何も始まっていない、って奇妙な思いだった。
――何が?
頭の端に纏わりつく、モヤモヤとした思考の燻りが、何とも気分悪い。
わたしは首を傾げて、それが何なのか記憶の底から引っ張り出そうと試みたけれど、生憎と得物を釣り上げることはできなかった。
「気分、悪いの?」
「ん、ううん。平気だよ」
クレアが不安げに訊ねてきたので、わたしは手をぶんぶんと振って否定する。
どうやらクレアには訪れていない感覚みたい。
わたしは再び、大騒ぎしているリリナを見やりながら、感慨深くしていた。
リリナが入学して、学園生活はもっともっと楽しくなるだろう。そんな1年を予感させた。
きっと、さっきの既視感は、その啓示だったのかもしれない。そう決め込んで、悩みの種はぽいっと投げ捨てた。
そして、クレアの手をきゅっと握る。
「また1年、よろしくね、クレア」
「こちらこそ、よ」
見つめ合って微笑んで、入学式の会場へ寄り添ったまま向かう。
――2年目の、学園生活が始まる。




