第十話ー②
「リリナ……どうして、連絡もよこさないで、こんなところにいるのよ」
ようやく平静を取り戻したわたしは、部屋の外でリリナに詰問する。
妹は得意げに胸を張った。姉であるわたしよりも豊満な胸は、またも成長しているのか、ぷるんと上下に動いている。ぴっちりとしたシャツを着ているため、それがより強調されていた。
わたしは青筋が立ちそうになるほど、肩を震わせる。
妹にばっかり栄養を取られちゃった気分だよ、もう。
「ふふふ、お姉ちゃんを驚かせたくってね。どうやらその目論見は成功したようだねっ!」
「まったく、リリナってば。相変わらずお調子者なんだから」
嬉しそうにはしゃぐリリナを後目に、わたしはやれやれ、って息を吐く。
ここに妹が現れた、ってことは、結局リリナもオディナス学園に入学したようだね。夏、帰郷したときに言っていたことは忘れていなかったみたい。
「久々の姉妹の再会だよ。色々お話ししよ!」
リリナは目を輝かせて、先に繋がるわたしたちの自室に視線を向けた。
確かに、このままここでお喋り……ってわけにはいかないしね。わたしは頷いて、妹を部屋に迎え入れることにした。
リリナを室内に招くと、クレアとリリナ、両名が驚きの声をあげる。
クレアのそれは、来客がリリナだってことに。リリナはクレアがいる、ってことが予想の範疇外だったらしい。
クレアとリリナはぎこちなく挨拶を交わすと、テーブルの周りに座って、顔を合わせていた。
「お姉ちゃんとクレアさん、一緒の部屋に住んでるんだ……」
リリナは、まるで盗賊のような邪な笑みを浮かべ、わたしたちの顔を見比べている。その後、部屋の様々な箇所に視線を這わせた。その目つきは小姑さながらで、僅かな異変でも見つけようものなら、すぐにでも指摘が飛んでくることだろう。
幸いにも、今日のベッドは乱れていない。危ないところだったよ。ほんと。
「まあ、わたしたちはパートナーだしね。同性のパートナーって、同室が多いんだよ」
「ふぅん、そんなもんなんだ」
リリナは適当そうに相槌を打つと、それ以上の追求をしてこなかった。
クレアもその話には乗っかってくれているようで、異論を挟んでこない。
……わたしとしては、ちょっとだけ悔しいんだけどね。
だって、家族にだって、わたしたちの関係を堂々と明かしたいよ。だけど、今はまだ我慢しないといけなかった。
「ま、お姉ちゃんも少しは成長した、ってことだね!」
何故か上から目線なリリナ。わたしは目を線のように細めて、妹の尊大な態度に辟易していた。
「当たり前だよー。リリナが思ってるより、しっかり勉強してるんだからね。手紙にも書いたでしょ?」
「うんうん。それもあるけどね……」
わたしはそこでようやく、リリナの目線に気がつく。ひたすら嫌な予感が背筋を駆け抜けた。
「わたしが言いたいのは……おっぱいのことだよ!」
「なっ、何を言い出すのっ!」
鼻を鳴らしてご満悦なリリナ。
わたしは、それはもう恥ずかしいったらなかったよ。慌てて手で胸を隠していた。
身内である妹に胸のことを指摘されるのは、とっても屈辱でもあるんだから。どんな神経してるのよ、まったく。
「でも、微々たる成長だね。カップの成長はなし……と」
「何で目測でわかるのっ!?」
「ふふふ、おっぱいに関してはエキスパートだと自負しているリリナさんだからね」
「何を言ってるのよ。クレアだって呆れてるよ」
わたしは軽く目眩を覚えながら、嘆息していた。クレアは姉妹のやり取りを呆然と眺めているだけだ。
余りにもリリナがはっちゃけているからね。呆気にとられるしかないよね……。
でもね、わたしは知っているんだから。夏休みに、クレアとリリナが出会った時。リリナはあれでも猫を被っていたほうなのだ。
そのリリナは今、全てをさらけ出している。恐らく、この先、寮暮らしを続けていくのだから、自分を隠していてもしょうがないと思い至ったのだろう。
これからしばらくは、リリナもわたしたちの輪に加わってくるはずだから。
「それにしても、あのお姉ちゃんのおっぱいが成長するとはねぇ……」
「もうその話はいいでしょ~!」
リリナは相変わらず卑しい笑みを崩さないで、話題を止めようともしない。わたしはこの妹をどう対処したものか、頭痛がしていた。
「もしかして、クレアさんに揉んでもらってる……とか?」
「そ、それはまだだよっ!」
「それは、まだ……?」
「あっ……!」
ほぼ反射的に答えてしまっていたわたしは、失態に気づいた。
血の気がさーっと引いていく。
リリナはそれとは対照的に、この上なく悪魔じみた笑みを浮かべている。もしもリリナが男だったとしたら、それだけで牢屋行きになりそうな、いやらしい笑みだ。
「ふむふむ、やっぱりお2人はそういう関係でしたかぁ。まあ、うちに来た時には、だいたいわかっていたんだけどねっ」
リリナはにやにやとしながら、したり顔で頷いている。
わたしはこの場から一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られながらも、クレアの顔を盗み見る。わたしの心境は、いたずらがばれて叱られている子どものものと酷似していた。
……だって、わたしたちの関係を隠そう、って奮闘してくれていたクレアがいたのに。わたしが墓穴を掘ったせいであっさりと、リリナにバレてしまったのだから。
うう、ごめんなさい、クレア……。
今の今まで口を半開きにしていたクレアは、ふっ、と優しい微笑を浮かべる。
「エリナの胸、触り心地良さそうだものね。そろそろ触らせてくれないかしら?」
「ちょ、ちょっとクレアまで、何を言い出すの!?」
愕然とした。だって、あの清楚でクールなお嬢様のクレアが、そんなえっちな発言をしてくるなんて、思いもよらないよ。
も、もしかして、クレアも猫を被ってたってこと……!?
嘘でしょ……。こんなに長い間、一緒に生活をしてきて、見抜けなかったなんて。
わたしってば、もしかして鈍感だったりして。
い、いや、それはしかたないよね。恋愛の経験値はゼロだもんね。
リリナはわたしたちのやり取りを見て、ケラケラと笑っていた。
「ボリュームあるわたしのおっぱいなら、いくらでも揉んでいいですよぉ、クレアさん。クレアさんになら……いいから……」
「ふふ、ごめんなさい。私はエリナ一筋よ」
「ちぇ、ダメだったかぁ……。色仕掛けは、要練習、だね!」
リリナは冗談なのかそうでないのか、あっけらかんとしていた。
……ほんとに、困った妹だよ。
でもね、何だかわたしはスッキリとしていた。
だって、妹には何も隠さなくていいんだ、ってわかったら、心に羽根が生えたのかと思うくらい、軽い気になれたのだから。
って、待ってよ。
そういえばリリナ、変なこと言ってたような……。
わたしは一転して、額に嫌な汗を浮かべていた。
「リリナ、夏の時に気づいてた、って言ったよね? もしかして、お母さんたちも……?」
わたしはビクビクとしながら訊ねてみる。もし、両親にバレていたのだとしたら、どうしよう。
リリナはこんな性格なので、笑って済ませられるかもしれないけど。それが親だったなら……この先、気まずいことになるのかもしれない。
神妙な面持ちのわたしとは違って、リリナは笑顔のまま。
妹は能天気でいつでもヘラヘラしているけれど、今はそれが頼もしかった。だって、後ろ向きな答えは返ってこないんだろうな、って予測できたのだから。
「お母さんたちは知らないと思うよ。だから、わたしの前では思う存分イチャつくといいよ、お姉ちゃん! あ、でもイチャイチャされすぎたら、イラッてするかもね!」
「あはは……。お母さんたちにバレてないなら、良かった……」
どうにかこうにか、ホッとする。
リリナにはこれから、からかわれたりはあるかもだけど……まあ大きな問題にはならないかな。
にしても、妹に話のペースを握られすぎでしょ。
わたしはリリナに聞きたいことがあるのを思い出して、居住まいを正した。
「リリナってさ、良く入学できたよね。試験受かったってこと? 本当に来るとは夢にも思ってなかったよ」
「ふふん」
リリナはあてつけのように、大きな胸を反らしてふんぞり返る。妹の調子の良い態度には慣れっこなので、わたしは軽く流す。
にしても、意外といえば意外。
だって、魔法っていうのは、先天的な才能が全ての世界だから。いくら齢を重ねようとも、生まれ持っての魔力は変えることができない。つまり、この世に生を受けた時点で、魔法が使用できるかどうかすらも決定づけされてしまうのだ。
わたしは運良く、魔法を唱えることが可能な程度の魔力は授かっていた。だけど、リリナって見るからに脳みそまでお天道様でいっぱいだし。魔法を使えるのが意外だなーって思った。
ちなみに魔力の検査は、魔法学園の入学の際、試験的なもので明らかにできる。
もしくは、生まれながらにして魔道士としての素質を秘めていたら、自然とわかるみたいだけれども。
まあでも、わたしだって魔法が使えるんだし、血の繋がっているリリナに素質があるのも、別に不思議はないよね。
「リリナに抜かれないように、もっと勉強頑張らなきゃ」
「それは気にする必要がないよ! だってわたし、魔法使えないみたいだし!」
「へっ?」
頭の中身がお花畑のような発言をするリリナ。
この子は何を言っているの?
妹の得意満面な笑みには変化がなくって、わたしは暴風にさらされているのかと思うくらい、彼女に振り回されていた。
度し難いよ、この妹ってば……。
「じゃあ、どうしてこの学校に……?」
「わたしはね。クレアさんと同じ戦闘科に入学したのだよ、エリナくんっ!」
「えぇ~~~っ? まあ、確かに……リリナなら、そっちのほうが似合ってるけどさ……」
元気の塊であり、細胞の隅々にまで力が有り余っているようなリリナなら、魔法を学ぶため机にかじりついて勉強するのはイメージに合わない。戦闘科なら、身体を思う存分動かせるだろうし、少しは大人しくなってくれるといいけど……。
リリナが剣を振り回す姿を想像すると、わたしはそのおかしさに吹き出しそうになった。
剣を持って暴れ狂う妹のイメージと、童顔で背の小さい妹が大きくて重い剣に振り回されてしまうイメージが重なったのだ。
「そんなわけだから、クレアさんは先輩だし、これからもよろしくお願いしま~すっ」
リリナはクレアに向かって慇懃に頭を下げた。ちゃんとした挨拶はできるようで、姉としては一安心。どこかおふざけのような態度にも見えたけれどね。クレアには目上の人に対する接し方をするようで、礼節のほうは及第点かな。
「何かあったら、私に何でも聞くといいわ。こちらこそ、よろしくね、リリナさん」
クレアとリリナはがっしりと握手を交わした。
2人の挨拶を傍観していたわたしは、ぼんやりと少しの未来を思い浮かべる。
リリナが入学してきたことによって、これからの学園生活、うんと騒がしくなるんだろうなあ、って。
どうやら春は、暖かさだけじゃなくって、賑やかさまでも運んできたみたい。
「わたしもお姉ちゃんのように、良い出会いをみつけるんだもんね!」
「あのね、リリナ。わたしはお勉強のためにここに入学したんだってば……」
「わかってるわかってる!」
どこまでわかっているのかも図りきれない表情で、妹はにこにこと笑っていた。




