第七話ー③
それからの時間といえば。わたしがユーリィに対して怒涛の質問攻めが続いていた。
こんなんじゃ、妹のリリナみたいだ、って思われるのも致し方ないのかも。なんせ、姉妹だしね……。
だけど、わたしはそんなことよりも、ユーリィについて知ることができる、っていう喜びでいっぱいだ。
「ねね、ユーリィはどうしてあんな山奥に住んでいるの?」
「それはね、私の両親が残してくれた大切な家だからよ。まあ、その両親は、もういないのだけれどね」
「そ、そうだったんだ……」
世間話の延長線上みたいに、平然と答えるユーリィだったけれど、わたしはそうもいかなかった。
だって、あんな山奥の館で、たった1人、ひっそりと暮らすユーリィ。家を大切にしている、ってことは、両親のことをよほど愛していたに違いない。
わたしは自然と、彼女に憐憫の眼差しを向けていた。
「ふふ、そんな顔、しないで欲しいわ。エリナさんが思っているように、辛くはないもの。安心しなさんな、代わりの親、っていえる人もいるから」
ユーリィは芯の強い女性なんだなあ、って思った。
それに、彼女がずっと1人だったわけでもなかったようなので、幾分安心はできた。
でもね、ユーリィみたいな若い女の人に、肉親がいないのは悲しいことに変わりないよね。だからわたしは、この話をあまり引きずってはいけないような気になって、質問の方向性を変えることにした。
「あっ、そうそう! ユーリィってさ、とっても強いよね?」
わたしは身を乗り出して、興奮も露わに問いかけた。やっぱり、これも気になることだよね。
だって、自分みたいな初心者魔法使いでもわかるほどの、強烈な威圧感を発していたんだもの。
ユーリィはいつものように妖しく、くすくす、って笑う。
「エリナさんてば、山の気候みたいに話題の変化が激しいのね」
言われて、急激に恥ずかしさを覚えた。
だってこれじゃあ、まるっきり、リリナと同じじゃん。
わたしは妹と一緒くたにされるのが嫌だったはずなのに、血には抗えないのかもしれない。うう、せめて騒がしくしないように、気をつけないと。
「そうね、私の強さ……そちらのナイトさんなら、わかるんじゃないかしら?」
ユーリィは意に介した様子もなく、深淵の輝きを放つブルーの瞳をクレアに向ける。わたしはそれが意外だった。てっきり、彼女たちの関係を見る限り、ユーリィが話を振るとは思えなかったから。
わたしはクレアを窺うように視線を向ける。
そもそも、クレアはユーリィが魔物を追い払った場面に居合わせていない。
だからなのか、話の流れが不明瞭みたいで、目を瞬かせていた。
「あのね、クレア。ユーリィって、睨んだだけで魔物を追い払っちゃったんだよ」
わたしの説明に、クレアは得心がいったとばかりに顎を引いた。そして、その翡翠色の光を宿す双眸は剣士の眼光となって、ユーリィを射抜く。
どうやら、ユーリィの内に秘める強さを見定めているみたいだ。
そんな視線すらも、そよ風のごとく、ユーリィは目を閉じて紅茶を堪能している。
「……やっぱり、そうなのね。私にも、なんとなく妖しい力は感じ取れるけれど……。それがどれほどかは……」
どこか歯切れが悪く、クレアは呟く。
どうやらクレアですら、ユーリィの本質は見抜けないみたい。
わたしは喉を鳴らすしかできなかった。
だって、クレアより強い、って確定したみたいなものだし。とてもじゃないけれど、今のような飄々としたユーリィの態度からは、想像もできないことだ。
ふと、視線に気づく。
クレアが思い詰めるような表情で、わたしのことを覗き込んでいたのだ。
「どうしたの?」
「……いえ、なんでもないわ」
ユーリィのことばっかり見て、聞いて、ってしていたから、妬いちゃったのかな? クレアってば、嫉妬深さに関しては、けっこうなものみたいだし。
それはそれで可愛らしいと思ってしまって、わたしはそっと手を伸ばした。
テーブルの下で、きゅって指を絡め合う。
大丈夫だよ、わたしの心はクレアだけを見ているから。そんなメッセージを込めて。
甘々な空気になりそうなところ、くすくすとしたユーリィの笑いが割り込んできた。
い、いけない、隠していたつもりだったけど、バレバレだったかな……。
わたしは慌てて居住まいを正して、ユーリィに向き直った。
気を取り直して、話の流れを戻さないと。
「あのさ、ユーリィってさ、あの館で暮らしているんでしょ? 生活とか大変じゃないの?」
素朴な疑問を投げかけてみる。
あの山は、決して人間が住むような環境ではない。麓ならばまだしも、山奥だし。
わざわざ生活用品の買い出しをするために、毎回山を登り降りしているのだとしたら、大変なことだよね。しかも、ユーリィってば、夜にしか行動していない、って言ってたし。
「山なんてね、意外とどうにでもなるもの、なのよ」
「……??」
答えともいえない答えに、首を捻る。
意外とどうにでもなる、って何?
実はユーリィが山登りのスペシャリストで、登山なんてお手の物だってこと? うーん、そんな感じはしないよね……。ユーリィって、どっちかというと、気だるい雰囲気を漂わせているし、インドア派のイメージが拭えないもん。
それとも、宅配をしてくれる業者さんがいるとか? それなら、ユーリィはお昼に寝ていたって、あんまり問題はないよね。
……でも、あの山って、人の出入りが多い形跡はなかったし。そもそも、あんな山奥にまで宅配してくれるお店ってあるの?
謎は余計に深まった気がした。
……からかわれているだけ、なのかな。それとも、答えたくないことなのかも。
わたしの頭がショート寸前になると、ユーリィは音もなく立ち上がった。
「それじゃ、私はそろそろ帰るわね」
「えっ、もう?」
どうやら答えは曖昧なまま、お預けらしい。ユーリィはそそくさと扉へ向かっていく。
本当にお茶をしにきただけのようだ。それなら、もうちょっとゆっくりしていってもいいのに。
あー、でも、あの山に帰らないといけないんだし、夜になってからじゃ危険そうだよね、ユーリィといえどもね。
わたしの心の呟きを聞かれたかのように、ユーリィはタイミングよく振り返ってきた。
「ひとつだけ。あなたたちに、イイコト、教えてあげるわ」
彼女は人差し指をピン、と立て、無邪気な笑みを浮かべていた。




