第七話ー②
わたしとクレアの部屋は相部屋だけれども、そこまで広いものがあてがわれたわけではなかった。……2人部屋になろうが、所詮は学生寮、ってところだね。
1人のときと比べると、ベッドや机などが増えたために、むしろ、狭いかもしれなかった。
だけど、狭苦しい空間だろうと、二月ほど生活すれば愛着が湧いてくる。大好きなクレアと過ごせるこの部屋が、今ではとってもお気に入り。この室内の窮屈さが、2人の距離をさらに密接なものにしてくれるような気分にさえ、してくれる。
わたしたちの暮らす世界にユーリィが足を踏み入れると、少しばかりの違和感が生じる。
別に、彼女を招き入れるのが嫌、ってわけじゃなくって。この室内に、わたしとクレア以外の人間が入室することは初めてだったのだ。それに、ユーリィは学園の人間ですらないしね。
何とも不思議な状況になったもんだね、って達観した風に思いながら、部屋の中央にある丸テーブルへユーリィを促した。
わたしもそこへ合流する前に、ぱたぱたと簡易キッチンへ急ぐ。
慌てて紅茶を用意してテーブルに戻ると、ユーリィの視線はベッドに釘付けだった。釣られるようにして、わたしもそこへ目を向ける。
「わわっ!」
トレイを紅茶ごとひっくり返しそうになるほど、仰天した。
ベッドは2つ。
なのだけど、シーツが乱れているのは一方のみ。挙句の果てには、枕だって片方に集中しているのだ。
同じベッドで寝ている、と想像するのは実に容易なことだろうね。
今朝は寝すぎてしまったため、ベッドのシーツを正す暇もなかったのだ。もちろんだけど、油断もある。だって、誰かを部屋に入れるなんて、予想もつかないよ。
取り乱すわたしとは違って、クレアは冷静なもので、眉一つ動かさない。それどころか、どことなく、余裕ぶってすら見えた。
どうだ、一緒に寝ているんだぞ、って訴えかけているような……。き、気のせいだよね。
「ごめんね、散らかっていて」
紅茶のカップを差し出しつつ、わたしは苦笑する。ユーリィから鋭い突っ込みでもくらうかもしれないし、なんならクレアから切り出してくる可能性もあるし……。
もう、どうしてわたしだけが、こんなにも神経質になっているんだろう……。
ユーリィはカップを受け取りながら、含みのある笑みを浮かべるだけだ。
美人2名は、互いが会話をする意志もないのか、沈黙だけが場を支配している。わたしも2人の間に座って、さて、どうしたものかな、と苦悩した。
「お2人さん、同じ部屋で暮らしているのね」
ユーリィは、それが残念なことのように、目を伏せがちにして口火を切る。
「そういえば、言ってなかったっけ。ちょっと前から、だけどね」
「ふふ、そうなのね。でも残念。これじゃあ私の付け入る隙、なさそうねぇ」
ユーリィがぼそりと呟く。
わたしにはよく聞き取れなかったけれど、クレアの耳にはしっかりと届いていたのか、彼女の柳眉がぴくりと逆立った。
「……やっぱり、エリナを狙っていたのね」
クレアの声は険しかった。
……狙ってた、ってなんの話?
2人が衝突している理由に、わたしが関与しているんだろうなあ、ってなんとなくはわかったけれど……。
ユーリィは素知らぬ顔で忍び笑いを漏らして、紅茶を一口すすると、
「冗談。ナイトさん、怖いわ」
と、全く怖くないみたいに、おどけた口調で言うのだった。
クレアもそれを冗談と受け取れないのか、顔つきは厳しいままだ。
もー、空気悪すぎ!
わたしが2人の架け橋になるどころか、対立の要素になっていることが嘆かわしいよ……。
そんな中、ユーリィはどんと構えていて、悠然と紅茶を口に運ぶのだから、肝が座っているというかなんというか。尊敬を覚えそうにもなる。
魔物を追い払った姿もそうだったけれど、もしかしたら、クレアよりも心の芯が強いのかもしれない。
威圧だけで魔物を怯えさせるんだもんね、ユーリィがわたしみたいなチキンハートなわけがないよね……。
「そ、それにしても、ユーリィってば急に来るんだもん、驚いちゃったよ」
なんとか場の雰囲気を和まそうと、努めて明るい声をかけてみる。
「ふふ。本当はね、エリナさん目当てだったのよ。好みの子を追いかけるのは、自然でしょう? でもね。諦めないとダメそうね」
わたしは目を剥いた。
今、なんて言ったの?
わたし目当て? 好みの子を追いかけてきた?
意味がわかるはずなのに、意味がわからくなってしまったわたしは、紅茶のカップを手にしたまま、しばし惚けてしまった。
た、たしかにね。ユーリィのスキンシップは行き過ぎみたいだったけど、ただ、えっちな子なんだな、って思ってた。
だけど、彼女ももしかしたら、クレアと同じくらい情熱的な想いを秘めていたのかもしれない。
クレアは口に出して告白してきてくれたから、わたしにも伝わったけれど。
ユーリィは、身体でそれを示そうとしてくれていたのかもしれない。
恋愛経験のないわたしは、彼女の気持ちに気づけなかった、ってところなのかなあ……。
クレアは咳払いをして、ユーリィを睨んだ。
わたしはその音ではっとして、彼女たちの顔を見比べた。
わたしが、はっきりとした態度じゃなかったのも悪いよね。
だから、今がその時だ、という風にクレアへ寄り添った。
わたしには、クレアがいるって意思表示のために。
「このまま帰るのもあれだしね。少しだけ、お喋りさせてもらってもいいかしら」
観念したような吐息をつくユーリィだったけれど、それもどこかお芝居がかっているように見える。ユーリィってば、なかなか本心が覗けてこないよ。
だけど、諦めた、って言葉だけはどうやら嘘ではないみたいだった。
「あ、わたしもさ、ユーリィに聞きたいこと、いっぱいあるんだよね。聞いちゃってもいいのかな?」
彼女に関して知りたいことは山ほどある。わたしは最大の好機だと思って、目を輝かせていた。
「どうぞどうぞ、何でも聞いてくださいな。私のこと、好きになってしまうかもしれないしね」
ユーリィは青の右目を細めて笑う。
またしてもクレアを煽るような発言で、空気を乱してくる。
わたしは引きつった苦笑することしかできなかった。
ちなみに、彼女の左目は学生寮に入る際、ガーゼがかけられてある。室内では傘を差せないから、みたい。だけどユーリィは、青の瞳だけでも、高みから見下ろしているかのような余裕綽々さで、大人びた女性っぷりを発揮している。
もしかしたら、ユーリィは意地悪な性格なのかもしれない。子どもっぽさを滲み出させている彼女は、悪びれた様子もなかった。
わたしはやれやれ、って肩をすくめて、気を取り直す。
ユーリィに何か聞こうと思ったけれど、いざ尋ねようとしてみると、知りたいことが多すぎて迷ってしまう。
しばしの間、黙考してしまうのだった。




