第五話(後編)ー①
謎めいた美女、ユーリィと出会った次の日。
わたしは昨日手に入れた鉱石を持って、学園に向かっていた。クレアには学校へ向かうって旨を伝え、珍しく1人で行動。
わたしの用件は、魔法科の先生に会うこと。学園は夏季休業中だけど、誰かしら先生はいるはず。夏休みの課題を提出しにいく、ってわけでもない。
久々に学園へ赴くと、休み真っ只中、ってこともあってか閑散としていた。人気のしない大きな建物は、まるで別の施設にすら思える。
わたしは見知った学園に臆することなく、校内へずかずかと入り込んだ。
向かう先は職員室ではなくって、何やら怪しい道具でいっぱいの研究室。そこは授業で使うこともあるんだけど、先生や生徒が個人で研究している場合もある。なかには取り扱いが危険な道具などもあるため、管理者として教師が滞在しているのだ。
どうやら今日も研究に明け暮れる人間がいるのか、扉は開いていた。
そっと室内を覗く。雑然とした研究室は、試験管やら、何に使うのかわかんない薬のようなもので溢れかえっている。
授業でも訪れたことがないので、全てが物珍しく映った。
「何か御用かしら?」
部屋の奥で分厚い本を読んでいたのは、白衣をだらしなく着こなした女性。丸い眼鏡をかけ、黒くて長い髪を後ろで束ねているその人は、20代半ばくらいかな? 入学の時に、魔法科の先生、って紹介されていた気がする。わたしはこの人に教わったことはないので、朧気な記憶だけど。
でも、ぱっと見た感じでは、教師ってゆーよりもただの研究家に見えなくもない感じ。
わたしは彼女に一礼をして、早速本題に入ることにした。
「あの、ちょっと相談があるんですけど」
「生徒の相談かー。なら受け付けないとねー……。で、何かしら?」
先生は少し面倒そうに頭をぽりぽりと掻く。ちょっと横柄な態度だと思わなくもないけど……。夏休み中なんだから、生徒の相談事って面倒なのかもしれない。それでもわたしは引き下がるわけにはいかなかった。今頼れるのは、この人しかいないんだから。
「あの、これのことなんですけど」
わたしは紫色に輝く鉱石をおずおずと差し出す。昨日、クレアと一緒になって山で拾った例の魔道具だ。
それを出した途端、先生の眼鏡がきらんと光ったかのように見えるほど、彼女は食いついてきた。
差し出された鉱石を見つめながら、嘆息している。
「これは1年生の課題? だいぶ珍しいものみたいだけど、遠くまで探索に行ったのかしら?」
「いえ、歩いていける距離の山ですけど……」
興味津々として、好奇の目を輝かせる先生に尻込みしそうになる。どうやら態度が急変するくらいには貴重な代物らしい。
魔法を教える教師には変わった人が多いというけれど、この先生もまた変人の部類に入りそうだな、ってわたしは直感した。
「それで、これがどうしたの? 提出なら夏休み明けよ。それとも私にくれるから、評価を上げて欲しい、っていう賄賂なのかしら?」
彼女は冗談ともとれないような真顔で聞いてきた。
良い魔道具を提出すれば、良い評価が得られる、って噂の出処がわかった気がした。だけど、今はそんなことに揺らいでいる場合じゃない。
「そうではなくって……。その魔道具を使って、作ってもらいたいものがあるんです」
わたしは鉱石を先生に手渡して、反応を窺ってみる。彼女は鉱石を手の上で転がし、今にも解体作業を始めそうなほど、心奪われているようだ。
先生はわたしと魔道具を見比べた後に、ふん、って鼻を鳴らした。
「どんなものを作りたいの? 一応言っておくけど、先生だからって何でも作れるわけではないからね」
「えっと……」
興奮気味の彼女に、わたしはたどたどと説明を始める。
わたしが思い描いていたものが作れるかはわからないし、無茶な難題だったかもしれない。それでも可能性があるなら、賭けたかったのだ。
先生はわたしの話を面白そうに聞いてくれた。うんうん、って相槌をくれながら、協力的だ。
教師を頼ったのには理由があった。
魔道具の扱いに長けている人物は、魔道具を様々な物に利用できるように、加工する技術を持ち合わせている場合が多い。魔法科の先生ならば、それが可能だろうと踏んだのだ。
もちろん、プロの職人に頼ったほうが確実だったけれど、そんなお金は持っていないし、身近にいるわけでもないからね。
「なるほどねぇ。それはあなたが使うの?」
「いえ、知り合いにプレゼントしようと思って」
「よしっ、いいでしょう。とっても面白そうな物が作れそうね。ただ、私だけでは無理だから、知り合いも頼ってみるわ。後、数日は覚悟してね?」
彼女は先ほど見せた面倒事のような表情はしていなくって、自身も楽しみなのか、無邪気な笑みを見せていた。この先生はやっぱり研究家のほうが向いているんじゃないのかなー、ってなんとなく思っちゃう。
だけど、わたしも一緒になって口元が綻んで、心が躍っていた。
「ありがとうございます、先生っ! それで、余った魔道具は先生に差し上げます。後、ひとかけらほどは、課題として提出したいんですけど……」
「んー、余るかどうかはわかんないけど。わかったわ。それじゃ、進捗が気になるようなら、またここにおいで。夏休み中なら、私はここにいるから」
「はーい!」
全てが上手いこと噛み合って、わたしは軽やかな足取りで研究室を後にした。
あー、楽しみだなあ!
それから数日、わたしは研究室へ通い詰めていた。
数日は覚悟して、と言った先生の言葉を忘れたわけじゃない。いてもたってもいられなかったので、毎日研究室に足を運んでいたのだ。それに、あの先生も邪険にはしなかったし、むしろ仲良くなっていた。今では、研究室に行くとお茶を出してくれる仲にまで発展している。
しかしそれとは別件で、不安が発生しているのも事実。クレアに内緒で事を運んでいるのが、罪悪感となってわたしのことを苛ませてくる。
別に悪いことをしてるわけじゃないんだけどね。いっつも一緒にいたのだから、わたしが1人で学校に向かっているので寂しそうにしていたのだ。クレアを独りぼっちにさせちゃっているのは申し訳ないけれど、彼女に相談できることでもない。
それに、これが終わったらまた一緒に過ごせるから、その時にうんと甘えちゃおう、って誓う。
「あら、エリナさん。ちょうどいいところに来たわね」
研究室へ入ると、先生が笑顔で迎えてくれた。どうやら朗報なのか、彼女も上機嫌。
わたしはそれでピンとくる。うきうきとしながら、部屋の奥に向かっていった。
「ほら、ちゃんと完成したわよ」
「わぁ、ありがとうございます。本当に助かりました!」
彼女が差し出してきたのは、傘だった。
わたしが頼み込んで作ってもらった物。
この傘には、魔道具を使った仕掛けが施されてある。
「ちゃんと構想通りに作れたわよ。誰にプレゼントするかわかんないけど、その人は幸せものね。きっと喜んでくれるはずよ」
わたしは何度も何度もお辞儀をして、先生に感謝していた。彼女はそんな大げさな、って態度で笑ってくれている。
「私も珍しい魔道具を使えて楽しかったからね。礼はいらないわ。あ、それと言われた通り、残りはもらっておくから。課題のほうも問題なしよ」
「はーい!」
わたしは傘を両手で抱くように大事そうに抱えて、先生にまたもや頭を下げて、研究室を退出する。
さて、これからどうしよっかな?
気分は高まってきている。
この傘は……ユーリィにプレゼントする予定だった。
そのような代物を、クレアのいる自室に持って帰るのが、また後ろめたさを増長させる。クレアに、ユーリィのことを話すのは、なんか憚られるのだ。
どうせ明日からはクレアといっぱい遊べるし……。
うん。
今からユーリィの家、行ってみよっかな。
わたしは1人頷き、あの山へと足を向けていた。