第五話(前編)ー①
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夏休みはすでに半ばを過ぎて、後半へ突入していた。
学生寮に帰ってきてからは、慌ただしい毎日が続いて、急速に1日が経過していった気がする。実家で過ごしていた時がのんびりしていたため、反動として時間感覚がおかしくなったのかもしれない。
それに加えて、クレアが同室になるための申請を出したから、っていうのもあるね。こういうことは早めに、って休む暇もなしに寮室の引っ越しがあったのだ。手続きやら、荷造りやらで息をつく暇もなかったよ。
あとは……やっぱり、クレアと同じ部屋になったこと。
そこが一番の問題だよね。
初日なんかは緊張で大変だったんだから。
だけどね、今ではすっかり慣れたもの。環境の変化に適応したわたしを自画自賛したいくらいだよ。
今では起き抜けに、クレアの髪の毛を櫛で手入れしてあげられるくらいには馴染んできていた。
緊張もあったけどね、やっぱりクレアと過ごすのは、楽しいことばっかり。だからか、夏休みはあっという間に感じられるのかもしれない。
夏もピークは終わったけれど、暑さには毎日悩まされている。
今日も今日とて、熱気にうなだれながら、クレアとのんびり部屋で過ごしているところだった。
彼女の髪の毛を梳かしながら、暇な予定をどうやって埋めようかなー、って思い馳せていると。
「そういえばエリナ」
「んっ、なになに?」
クレアは髪を弄られている時は無防備で、どこか甘えたがりにも見える。そんな彼女は、ふにゃっとしていそうな柔らかな声で尋ねてくるのだった。
「夏休みの課題って、終わってないわよね?」
「あっ! ああああああああああっ!」
思わず絶叫をあげる。耳元で大きな声を出されたクレアは、顔をしかめるどころか、おかしそうに笑いながら目を細めていた。
……記憶を手繰り寄せると。うん。そうだよね。やっているわけないよね、宿題なんて。わたしが夢遊病患者で、眠っている間にオート操作で終わらせていた、とかじゃない限りね。もちろん、そんなことあるわけもない。
宿題のこと、すっかり忘れていたよ。
わたしは顔から血の気がさーっと消失していく。こんなんでよく、妹のリリナに"魔法の勉強をしに学校に行っているんだからね"と豪語しちゃったものだ。
で、でもでも、引っ越しとかがあったんだから、しょうがないじゃない。わたしは言い訳を並べながらも、がっくりと肩を落としていた。
魔法や戦闘を学べるオディナス学園にも、普通の学校のように長期休暇には課題が出題されているのだ。
当然、わたしだってやる気まんまんだったよ。魔法の勉強は頑張りたいしね。
でもね、実家に帰ったり、クレアと同居生活があったり、イベントが目白押しだったから……すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
「どどど、どうしよう。急いでやらなきゃ……!」
わたしは今すぐにでも課題に取り掛かろうと、かばんを漁りだした。しかし、その傍らから、クレアの落ち着き払った楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「落ち着いて、エリナ。私のほうは終わっているから、手伝うわ」
「終わってる、って……。いっつも一緒にいたのに、いつの間に……」
優等生っぷりをいかんなく発揮するクレア。
でも、なんだか納得がいかない。そりゃー、四六時中べったりしていたわけじゃないから、多少は1人の時間があっただろーけどさ。その隙間時間に課題を終わらせちゃうなんて、超人すぎるよ。わたしなんて、存在そのものを忘れていたっていうのにさ。教えてくれてもよかったのにー、って文句も言いたくなっちゃうけど、自分が悪いだけなので、どうにか抑え込む。
「でもさ、手伝ってもらったりして、いいのかな」
「大丈夫よ。魔法科の内容は聞いているし、今回はパートナーとやるなら問題ないみたいね」
「そ、そうなんだ。じゃあ、手伝ってもらっちゃおうかな? ありがと、クレア」
クレアのことだ、わたしのためにわざわざ調べてくれていたのかもしれない。だったら、その好意を素直に受け取ってもいいよね?
だって、クレアともっと一緒にいられるし、課題だって楽しくできそうだもん。
わたしは嬉しくなって、クレアに抱きつくのだった。
魔法科の生徒に出された課題の全貌は、魔道具を探す、という端的なものだ。
"魔道具"とは、主な使用用途として、魔法を唱えるのに必要になってくる道具。術者の魔力を増幅させたり、詠唱に必要な精神力を肩代わりしてくれたりもする。魔道具を使用することによって、才能の低い者でも、強力な魔法が唱えられるようになったりするのだ。
当然、術者の能力が高ければ、魔道具は必要ないものなんだけど。そのレベルに達する魔法使いは極わずか。そのため、魔道具はかなりの人間に重宝されている。
種類も多種多様。ほんの気休め程度にしかならない物から、わたしでも上級魔法が扱えるようになるくらいの物まである。そんなに凄い代物は希少中の希少だし、値段も目玉が飛び出るくらいだから、わたしには縁がないけどね。
そして、魔道具のほとんどが自然物。鉱石の形をしていて、そう簡単に見つかるものではない。そのため、冒険者の格好の的でもある。それらの採集で生計を立てているものも多い。冒険者が魔道具を採掘して、商人に売りつけて、そこから魔道具の加工を施す魔術師の手に渡って、魔法使いやら一般人に流れていく……っていう市場が形成されているのだ。
そして大事なのは、魔道具は自然物ってところ。それすなわち、魔道具を採掘できる場所は、魔物が棲息している場所がほとんど。なので、魔道具を入手するには、おのずと実力も必要になってくる。つまり、魔法使いが冒険に出るのも普通のことだ。
そんな背景があって、魔法学園の課題で魔道具を探すテーマが出されるのは、特に変わったものでもなかった。魔道具が関わる多くのことに、魔法使いは携わっているのだから。
今回の課題内容は、安全面を考慮されており、魔道具の質は問われていない。
自然物だけれど、入手が容易なものだってあるのだから。魔物のいない地域に存在する魔道具だってあるのだ。もちろん、それらは市場においての価値はあんまりない。だからこそ、学園の課題としてはうってつけ。
市場に出回っている魔道具のほとんどは加工されているので、購入したものを提出したのでは、すぐに不正がばれてしまう。冒険者から直接、鉱石を手に入れるにはそれなりの人脈が必要だし。簡単にはズルができない、よく出来た課題ってことだね。
わたしとしては、質が問われていないとはいっても、提出するからには、より良い魔道具を見つけたい、って考えていた。噂によれば、評価にも響くとかなんとか。
わたしの思考は見透かされているのか、それともクレアも課題を楽しんでくれているのか……彼女も無性にやる気があるみたい。
パートナーとして、ありがたいことだよね。クレアは頼りになるもので、簡単に乙女心をくすぐられちゃうよ。
「魔物は私に任せていいから。凄いものを見つけに、少し遠出しましょう」
「わ、わたしだって頑張るよ。でもね、クレアがいてくれると安心。ありがとっ」
魔物が棲息する地域にまで足を向ける生徒は激減する。大きなアドバンテージが得られそうだ。
わたしだって無様な姿は見せないように、気合いを充分に入れる。
前回みたいに、なんにもできなかった、ってならないようにね。授業で配布されている魔道具をかばんに詰め込んで、最低限、魔法を使えるように準備は済ませてあった。
クレアの一言から始まった、わたしの課題。
久々の、2人での冒険だ。
クレアほどの凄腕剣士がお供なのはズルにみえなくもないけど……パートナーの特権だしね!
ワクワクが止まりそうにないよ。
わたしたちは夏休みの午後、魔物の巣食う山地へと向かっていくのだった。