笑が男(えがお)
「はい、かしこまりました。とんでもございません。お待ちしております。」
約束の時間に遅刻だと?弱小企業がふざけるなよ。こっちはお前らみたいに暇じゃないんだよ。
「Aさん、ここ計算が合わないからもう一度確認してもらえるかな?」「はぁ〜い」
全くこんな簡単な仕事もできないのか。低脳女め。
爪やら髪やらいじくってる暇があるならまともな仕事をしろ。
「部長、本日もお疲れ様でございました。」
「おう!この後一杯付き合え!」
ハゲ親父のくだらねぇうんちく聞くのに、どうして時間割かなきゃいけないんだよ。
「はい、喜んで!ゴルフのお話聞かせて下さいよ〜。お店予約しますね!」
如何なる時も口角は常に90度を意識。
自分の感情は絶対に表に出してはいけないのだ。
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8年前、俺はこの会社の重役に就いていた。
社長含め、上から数えたらなかなか良い位置にいたし、
自分でも仕事は出来る方だと思っていた。
いかに効率良く利益を出すかを常に考え、一分一秒をも惜しんだ。だから部下にも同じ考えを持ってほしいと思っていたし、仕事に対しては誰もがそう考えているだろうと信じていた。それ故に、ミスは許さない。契約数を取れない奴は無能だと判断した。連絡ミスなんてもっての外だ。
だってそうだろう、そんな奴と仕事をしていて何になる?俺は完璧にこなせているんだぞ、誰にも迷惑をかけず、ノーミスで。
「俺の邪魔をするな。」
「そんな事も出来ないのか。」
「時間の無駄だ。」
「早く辞めてしまえ。」
「このノロマ。」
「だからお前は駄目なんだよ。」
気が付けば言葉の節々に自分の感情や怒りを乗せるようになっていった。俺みたいになれるようにと言ってやってるんだ。皆も感謝しているはずだと本気で思っていた。
しばらくして社内の数名が退職。その際、俺のパワハラが問題視され重役を降りるか、退職かの二択を迫られる事となった。必死にしがみついて得た地位を失うのは絶望的であり、不服だった。何故この俺が再就職をする必要があるのか、私は決して間違っていないと思うからこの会社に留まることにした。周りからは首の皮一枚で会社と繋がっているだけの男だと後ろ指を刺され続けている。
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「はい、はい、めっそうもございません。今後とも我が社を宜しくお願い致します。」
取引先の相手を見送る。
仕事の時は絶対に怒らない、キレない、嫌な顔を見せない。
いつも優しくユーモアのある上司の命令は素直に聞き入れるし、可愛い可愛い後輩たちの面倒を見るのは本当に楽しみである。
口角は常に90度を意識。
私は、今日も張り付いた笑顔で働く。
本音を隠して、生きていく。
何年か前に書き溜めていた作品です。
彼の不自然な程の笑顔の裏には過去の過ちがありました。
一見、改心したかのように思えましたが
結局人間というのは簡単には変われません。
きっと彼はまた同じ事を繰り返す事でしょう。
過去の荒れていた時代は一人称を「俺」にし、
現在の偽りの笑顔の時は一人称は「私」にして変化をつけてみました。