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ザ・ビーチ

 左右に広がるのは見渡す限りの砂浜。

 目の前には巨大なお盆のように丸く広がるインド洋。

 背後は椰子の木の林。

 夕方の沈みゆく太陽。


 波打ち際ではサトミが5歳くらいの少年と遊んでいます。


「トミー、お前の奥さんはほんとうに子供が好きだな」


 椰子の木の木陰の椅子に腰かけて、サトミと子供が遊ぶのを眺めていた私に、話しかけてきたのは私たちが宿泊している宿の主人で、少年の父親でした。

 私たちは彼の経営する宿に、新婚旅行中ということで宿泊していたのです。


 ここはスリランカのビーチのひとつ、インドゥルワです。


 スリランカを代表するメジャーなビーチといえばまずヒッカドゥワ。

 かつてはインドのゴアと並ぶヒッピービーチとして、近年には世界のサーファーが集うサーフビーチとして人気のリゾートです。

 このころは内戦の影響で客足はかなり減っていたようでしたが、それでもそれなりの賑わいあるビーチでした。

 もうひとつは風光明媚なビーチリゾートとして、ヒッピーやサーファーを除く観光客に人気のベントタです。


 私たちはこれらのメジャービーチをあえて避け、ややマイナーなビーチであるインドゥルワに滞在することにしました。

 ヒッカドゥワやベントタと比べると、インドゥルワは宿代が格安なのが第一の理由でした。

 そしてここからそれらのメジャービーチにはバス1本ですから、通えばよいと考えていましたが、来てみるとインドゥルワはとても穴場な良いビーチであることがわかりました。


 なにしろこの美しいビーチには、他の観光客がまったく見えないのです。

 私たちはここに2週間ほど滞在しましたが、その間ほとんどプライベートビーチ状態でした。

 まさにビーチ版・エデンの園!?


 この美しいビーチでの、サトミと2人の毎日はもちろん幸せそのものでした。

 私は旅先にカメラを持っていくということがなかったので、スリランカの写真があまり残っていないのですが、サトミとはビーチを背景によく写真を撮りました。

 もちろん彼女のカメラです。


「トミー、君たちも早く子供を作るといい。子供の居る毎日は2人の時よりも、もっと幸せだぞ」

 ・・・僕とサトミの子供か。どんな子だろう?

 私は幻想の中で小さな子供の手を左右からつないで歩く、私とサトミの姿を見ていました。


「トミーさんもこっちに来てくださーい」

 サトミが呼んでいます。


 彼女はよく居るいわゆる不思議ちゃん系ではありませんが、付き合ってみると結構不思議な女性でした。

 私たちはすでに男女の仲になっていたわけですが、それでも彼女は私のことを「トミーさん」と呼び敬語で話すのです。


 つき合いだしてからもまったく接する態度が変わらず、馴れ馴れしくならない女性というのは初めてでした。ちょっと他人行儀な気もしましたが、おかげで付き合い始める以前のドキドキ感は維持されていたかもしれません。


 サトミに呼ばれて私も砂浜を歩いて、波打ち際まで行きます。

 少年が私に向かって水をすくってかけようとしました。


 私がその水しぶきを避けようとして足を踏み出したときです。

 ・・・あっ痛ぅ!


 思わずその場に座り込みました。

 驚いたサトミが駆け寄ってきます。


「あっサトミさん、気を付けてください。尖った石があります」

 実は私もすっかりサトミのペースにのせられて敬語で話していました。


「大丈夫ですか?トミーさん。あっ切れてます。血が出てる」

「ああ、でも大したことないです。少し切っただけですよ」

 この怪我が意外に大変だったことは後に知ります。


 とりあえず宿に戻り、サトミが常備していた化膿止めの入った傷薬を塗りました。


 この宿には庭があり、その庭に置かれたテーブルに私たちは移動しました。

 そして私はさきほどの少年に手品を見せました。

 コインを片手に持ってもう一方の手に持ち替え、握った掌を開くとコインが消えている。

 初歩のコインマジックですが、子供には大うけです。


 調子に乗った私は、そこらに転がっている適当な石を拾いました。


「よーし、見てろよ」


 手刀の一撃でパカッと真っ二つに割ります。

 ひさびさの石割ですが、初めて見たサトミも目を丸くして驚いていました。

 この後、大喜びした少年は近所の子供たちを集めて、ウチのお客さんの空手がどれだけすごいかを自慢します。


 私は別にここで空手のデモンストレーションをするつもりはなかったのですが、子供たちがその親に触れまわったおかげで、近所のご家庭にも呼ばれて試し割りを披露することになり、その対価として食事をご馳走になったりと、なかなか大変なことになったのはまったくの余談です。


 そういうささやかなエピソード以外は、ビーチでの毎日は平穏でとても幸せでした。

 まさに蜜月とはこういうことをいうのかもしれません。


 しかし、どんなに楽しい時間にも終わりがあります。


 サトミがパキスタンに旅立つ日が迫ったのです。


 私たちの部屋で、出会ったばかりのときのように、コーラとビールをテーブルに置いて話しました。


「トミーさん、いよいよ明日ですが、空港には見送らないでください」


「えっ、どうしてですか?」


「なんだか余計に寂しくなりそうなんです。普通にここで買い物にでも出かけるみたいに、『いってらっしゃい』って言ってほしいです」


 サトミの気持ちは私にはよくわかりませんでした。私はここで見送っても強烈に寂しいと思うからです。


「でもトミーさんもここに一か月もいませんよね?次はタイで落ち合えませんか?」


「うん、それがいいです。僕はこのあとコロンボに帰って仕事の跡片付けをしたら、バンコクに行きます」


「じゃあ来月の頭くらいにバンコクで。どうやって連絡取りましょうか?」


 ・・・ああ、そうだ。


 私はカーゴパンツのポケットから一枚の名刺とメモを取り出しました。

 名刺の電話番号をメモに書き写します。


「バンコクに着いたら、この中田さんという人に電話してください。それで分かるようにしておきますので」


 そう言ってメモを渡す瞬間、フラッシュバックのように中田さんの言葉が脳裏にひらめきました。

『旅先の恋は旅先で終わらせろ』中田さんが教えてくれた旅人の格言です。


 私は頭を振ってその言葉を振り払いました。


 そして私はサトミをきつく抱きしめました。

 なぜか明日が本当の別れになるような嫌な予感がしたからです。

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