はずれ者
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、ここにもないかあ……。
ああ、つぶらやくんかい。なんだ、もうそんな時間か。君が帰ってくるの、もうちょい後だと思ってたんだけどな。
――いや、ちょっと探し物をしている。
ほら、バッグのここにかけている、キーホルダーのパズルなんだけどね。留め具が外れて飛び散っちゃってさ。ピースを集めているんだよ。
――なに、手伝ってくれるのかい?
はは、存外お人よしなんだね、君は。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。
ええと、大きさはこれくらいだ。そんで柄はこんな感じ。ただ見ての通り、道の脇の灌木の中なんで、骨が折れると思う。幸い、そんなに移動しなくて済みそうなんだけど、諦めきれなくてね。
――特別なお気に入りなのかって?
それもあるけど、昔に僕のおじさんが妙な体験をしたことがあってね。それがちょっと引っかかるから、というか。
ん? やっぱり聞いてみたい? じゃあ探しながらで構わないから、ざれごと程度に聞き流しといてくれ。
おじさんは昔から、よく物を無くしてしまう人だったらしい。
気に入らないことがあると、すぐに手に持つものをぶん投げちゃう癖があったらしくてさ。それでそのまま、行方不明になっちゃうってパターン。
親たるおばあちゃんからは、だいぶ注意されたみたいだね。物についても、態度についても。おじさんもその都度、反省はするけど長くは続かない。
やめられない理由としては、おじさんが極度の負けず嫌いだったことも大きい。何ごとも一位でなければ気がすまず、二位以下になる。もしくは確定してしまうと、とたんにハラワタが煮えくり返るような思いに駆られてしまうのだとか。
それは相手がいなくても同じ。過去の自分と比べて、明らかにできが悪い時、思い通りにいかない時も頭に血が上った。そして気がついた時には、もう行動が終わっていて取り返しがつかないんだ。
そんな経験を二度も、三度も味わいながら、おじさんは自制を利かせることができなかった。そしてとうとう、やらかしてしまったんだ。
当時のおじさんが通っていた学校でも、パズルを解くのが流行っていた。
特にクラスのひとりは、何種類ものジグソーパズルを学校へ持ち込んできてさ。休み時間や放課後なんかで、それらのパズルを広げてはみんなの前で披露していたんだ。
その日は早解きタイムを競っていたらしい。三つの控えめなピース数のジグソーパズルを、それぞれの机へ置き、競技者のタイムを測るというものだ。
勝負ごとの好きなおじさんは、ノリノリで参加した。おじさんのかんしゃくはクラスのみんなに知れ渡っていなかったこともあって、誰も難色を示す様子はなかったとか。
結果的に、おじさんは惨敗した。
初めの数ピース。パズルの外側、枠に沿った部分を選んでいる段階で、もう完成させたクラスメートがいたんだ。まさかと思って見てみたけど、いずれのピースもきっちりハマり、表面にはポーズをとるキャラクターたちの姿が浮かんでいる。
――信じられねえ。
ぎりっと、口の中で歯ぎしりする音が響いた。もちろん、心の中にあるのは相手への称賛じゃなく、憤りだ
自分は一生懸命にやった。それがまったく通じず、相手に圧倒されるなんて、どういう理屈なんだ。
反則だ。インチキだ。八百長だ。
俺にだけ難しいのを当てて、自分は簡単なものをクリアして悦に浸る。仕組まれたご都合主義に違いない。
ゲスなやり口に手を染めて、いい気になってんじゃねえ……!
びゅっと風がうなったかと思うと、周りのクラスメートの目が、一斉に開いた窓の外へ。続いておじさんの方を向いた。
先ほどまで握っていた、パズルのいちピース。その感覚が指の先から無くなっている。
おじさんはすぐに、自分がしてしまったことを察する。「ごめん!」と頭を下げて、教室を飛び出した。
窓の向こうに広がる、校舎の裏手。三階の教室から、一階の地面へ向けて飛んでしまった、ピースの片割れを探しに。
ピースは簡単に見つからなかった。
教室の真下は、ちょうど焼却炉があるあたりだ。おじさんが駆けつけた時には、そのフタは開いていなかったはず。焼却炉を外れると、裏手には校内菜園が広がり、横には少し間隔を保って先生方の車が並んでいる。
身をかがめ、時には地面を這いずるような真似して、おじさんは小さなパズルのピースを探したけど、下校時間を迎えても見つかる気配はない。
件のクラスメートは、「同じものを弁償してくれればいい」と言ってくれたけど、おじさんの所業を目にしていたみんなにとっては、気持ちのいいものじゃない。その日からおじさんは、彼らに距離を取られるようになってしまった。
翌日以降も、おじさんはパズルのピースを探していた。
代わりのパズルは店で見つからず、取り寄せを頼んでいる。それまでにピースを見つけ、届けられたらと思ったんだ。
もし自分があの子だったら、新品より自分の手になじんでいる物の方がいい。なんとしても取り返さなきゃ、と常に思っていたとか。
結局、取り寄せまでに見つけることはできなかった。あの子にパズルを渡して、この件は表向き終わりになったけど、おじさんは捜索を止めなかったらしい。
――俺がこんなに探してるのに、どうして出てこないんだ!
自業自得の結果にも、おじさんは心底腹を立てていたからだ。
そして思う。たいていの人が諦めてしまうこの状況で、パズルのピースを見つけることができれば、自分は誰よりもすごい奴という、証明になるんじゃないかと。
自己満足のプライドに押され、おじさんは毎日のように学校に残り、パズルを探し続けた。その姿は事情を知る者からすれば目障りだったり、気味悪かったり。
ある人は言葉で止めようとし、ある人はからかいやあざけりをこめて、這いつくばるおじさんの尻を蹴飛ばしたりした。
それでもおじさんはひるまない。むしろこれを乗り越えることで、自分の行いにますます箔がつくと、信じて疑わなかったのだから。
その執念が叶ったのだろうか。
捜索を始めて一ヵ月半。その日も裏庭の茂みに分け入り、手探りでピースを求めるおじさんの頭の上で、コンと小さく跳ねるものがあった。
あのパズルのピースだ。木の上に引っかかっていたとは、見つからないのも無理はない。おじさんはここまで、地面に近い部分しか見ていなかったのだから。
けれど、落ちてきたピースは妙だった。もし高いところに引っかかり続けていたなら、せいぜい雨に濡れ、気まぐれで虫がその上を踏みつけていくのが、せいぜいなはず。
それが土まみれになっている。それどころか、表にも裏にも緑や青色をした汁がこびりついていて、虫や草に強い力で押しつけられたようにしか思えない。
――誰かが落ちていたピースを拾ったんだ。そして本来とは違う使い道で楽しみ、葉の上へ隠したに違いない。
おじさんはさっと周りに目を走らせるも、遠くの飼育小屋でドアを閉めている、飼育委員らしき影が見えるだけ。このいたずらをした主とは思えなかった。
けれど、いつ犯人が戻ってくるか分からない。おじさんに遊び道具を盗られたと知れたら、何をされることやら。
おじさんはピースを制服の外ポケットに隠し、そそくさとその場を後にした。
ピースを持ち帰ったのは、単なる意地だったとか。
この一件はもう終わり、あの子にもはや受け取る義理はない。でもこうして回収しなきゃ、自分のやったことのケツを、ちゃんと拭えたとは思えなかったからだ。
そのピースだけど、おじさんが自分の部屋に着いたところで、ポロリとポケットから転げ落ちてしまう。見ると、ポケットに穴が開いていて、そこからピースが転げてしまったんだ。
さほど制服の状態を気にしないおじさんでも、首をかしげたらしい。
少なくとも学校にいる間は、針の先ほどの大きさも穴は空いていなかったはず。それがいきなり、親指一本分近く破れてしまうなんて……。
おじさんはピースの汚れをきれいに落とし、机の上に置いた。ごていねいに、ペン立てで重しをして、だ。しばらくは、すぐ頭に血が上ってしまう自分への戒めとして、目に見えるところへさらしておく予定だったとか。
でも一日が経ち、おじさんが自分の部屋へ戻ってみると、ピースは床に転がっていたんだ。
家族が掃除その他のことをして、落としたわけじゃなさそうだった。
なぜなら、おじさんの勉強机には、表から裏側まで貫く穴が開いていたからだ。ちょうどピースが通り抜けられるくらいの、小さな穴がね。そしてピースの転がる畳の表面にも、不自然なへこみが浮かんでいたんだ。
ちょうどピースを強く押しつけないと、できないような形のへこみがね。
じんわりと背筋が冷えるおじさんは、手袋をつけたうえで、ピースを自分の家の庭へ向かう。隅に口を開けた、野菜くず入れとなっている穴へ放り込んだんだ。
その翌日。おじさんの家の畑では、野良の三毛猫が一匹、息を引き取っているのが発見される。
三毛猫は喉の一部を、自分の血の色で赤く染めていた。穿たれたその肉の形は、やはりあのパズルピースに瓜二つの形をしていたんだって。