5話目
非常に無駄な電話を終え、すっかり冷めてしまったであろう昼食を済ませにみんなのいる会議室へと向かう。もっとおいしいうちに食べたかったな・・・という後悔をにじませながら向かうと、いつの間にか出るときの口論のような音はしなくなっていた。
「んーとよ・・・直政?お前がいなくなってからよ・・・比奈子ちゃんと瞳子がもめちゃってよ・・・?」
「比奈子と瞳子が?なんで?」
「どうも比奈子ちゃんはお前が土下座して瞳子に協力を要請したのが気に入らないみたいでよ・・・」
「どういうこと?」
「瞳子がお前に土下座を強要したんじゃないかって比奈子ちゃん怒っちまってよ・・・」
なんてことだ。俺より圧倒的に強い瞳子を参加させるためにした行為だったのだが、比奈子にはかえって逆効果だったようだ。というか、あの場で言ってしまった瞳子も瞳子なんだが。それよりも、瞳子がムキになって話を盛っていないかということが心配だ。ああ見えて、負けず嫌いだからな。
「で?そのあとは?」
「瞳子が源と私は許嫁ですって」
「は?い、今、なんて?」
許嫁?俺と瞳子が?誰が言ったんだそんなこと。両親もそんなこと言ってなかったが・・・。話盛ったか?確かに両家とも長くから歴史のある名家とは聞いていたが、瞳子とそんな関係だなんて俺知らなかったんだが?
「そんで比奈子ちゃんが言葉を失って、茫然としてしまったんだよ。」
「そりゃそうだろ。俺まだ比奈子に瞳子のこと話してなかったし」
「早く言えよ!比奈子ちゃん私聞いてないって怒ってたぞ」
「えー・・・だって関係ないだろ?」
「・・・」
えー?正志から何言ってんのこいつみたいな顔されたんだけど。瞳子との関係・・・もとい知り合ったあたりの話はあとでゆっくりするはずだったんだけどなあ。例えばさっきの昼食時とか。くそ。思い出すだけでも腹が立つ。あの電話のせいだ。
「俺も仲裁してたんだけどよ。途中で直政に呼び出されたからよ・・・」
そのあとはとうなったかわからないとのこと。おいおい・・・。じゃあまだ口論中だったら俺もしかして入った瞬間殺される?それはまずい。瞳子の手刀と比奈子の拳骨。どちらの威力も身をもって体験している俺からしたらどっちにしろ半殺しにされるのがオチだ。
「じゃあ俺、今入ったらそのままエンド?」
「・・・かもしれん。口論は終わったみたいだから結論が出たのか、それとも・・・」
「それとも・・・?」
「互いに共闘して、お前を待ち伏せているとか」
背筋が凍る。頭と体、どちらにもクリーンヒットが入る。おそらく俺は倒れ、うずくまるその後は・・・。
「正志頼む!!!先に入ってくれ!!!」
「馬鹿野郎!!てめえの身代わりなんて絶対嫌だ!!」
「違う!!えーっと・・みが・・・偵察だよ偵察!!何があるかわからないときは最初に偵察を出すだろ!そんな感じだよ!!」
「おまっ!!さっき身代わりって言いかけただろ!!偵察は自分が行けよ!!」
「ぐぬぬ・・・・」
言い返せない。だが、このまま入ったらみすみす殺されるだけだ!俺は非常時の実力行使に出る。
「おらあ!!正志飛んでけ!!」
「くっそてめえ!!実力行使に出やがったな!!」
正志の襟をつかんで背負い投げを決めようとしたが、デブが幸いしたか、正志は体勢を崩しただけでまだ投げられる状態ではなかった。
「へっ!!俺様を甘く見るなよ!!」
つかんだはずの襟を外され、逆に腕をとられ拘束されてしまう。
「おまえ絶望的に弱いな・・・。」
「・・・うるせー。」
「覚悟を決めろよ。これは、伝えなかったお前が悪い。ちゃんと二人に謝るんだぞ。」
「・・・わかった。」
「お前のことだから先に言っておくが、入った瞬間ピーカブースタイルとかすんなよ。」
なぜばれた。頭に一撃もらうくらいならボディを犠牲にしても頭を死守しようと思ったのだが。
「いいか。入ったらまずは交渉からだ。いきなり防御態勢で行ったら相手は必ず攻撃してくると思ったほうがいい。」
「自然体だな。やったろうじゃねーか。」
「よし、行ってこい!」
将司に背中を押され、ドアを開けて中に入る。攻撃が来ると思っていたが、待っていたのは目を輝かせた比奈子と瞳子の姿だった。
「お帰り!!ナオ!!」
「女性を待たせるなんてずいぶん失礼なことをするのね。源は。」
比奈子と瞳子が俺の腕に手をまわして話してくる。さっきの態度とは打って変わって積極的に感じる。
「なんかあったの?2人で?」
なにかあったのは間違いないだろう。状況を把握しようとずっといたであろう周りの連中の顔を見ていると。なんだか疲れたような、生暖かい表情をしている。正志が口論していたと言っていたが、みんながなだめたりしていたのだろう。非常に申し訳ない気持ちになる。・・・ヨハンナさんは目を輝かせて、あれがハーレムというやつデスネ!!とか鼻息を荒くして、隣の水鏡を困らせていたが。
「なんか・・・いろいろあったみたいだけど、みんなありがとう。」
お礼を言うと、吉田が出てきて、
「お前、苦労すると思うぜ。絶対。」
「困ったら助けを求めるよ。絶対。」
「呼ぶんじゃねえ。絶対。」
前言撤回。なんて奴だ。こいつは。やっぱり油断ならないが、なにより態度が一気に変わってしまった2人が気になる。
「ナオ!今度の日曜日空いてる?」
「あら。ごめんなさい。その日は私の家で塾があるの。ねえ。源?」
「あーごめん比奈子。塾は必ず行かなきゃいけないんだ。」
「そういうこと。比奈子はどこかに出かけたらどうかしら?」
「ぐぬぬ・・・。」
比奈子が非常に悔しそうだ。正志が言っていたことは本当のようだな。二人の仲が悪くなると、今後の活動にも影響がでるかもしれない。それは困るな。
「そういえば、瞳子の塾に塾入門者募集中の張り紙あったな。」
正志の声だ。俺との関係が最悪になる前に助け舟を出してくれたようだ。比奈子の顔が明るくなると同時に、瞳子の顔がしたり顔になる。
「あらー。募集の紙だけど、期限がもうだいぶん前に切れているの。最近は募集しても来てくれないし。希望者はありがたいけど今更ねえ・・・。」
わー。瞳子が勝ち誇ったように比奈子に言う。やっぱりこの人昔から思ってたけど、加虐的嗜好があるというか、態度や性格がモロそのまんまなんだよなあ。
「その点は大丈夫。さっき瞳子の親父さんに俺から電話したら快く快諾してくれたよ♪」
「な、何ぃぃぃぃいいいい!!!!」
はーいでました。正志の人脈スキル。正志の親父さんもすごいが、正志自身の能力というか、人とのコミュ力はたいしたもんだと思うよ。親のコネではなく、自ら作り上げていくそのコミュ力。そして智謀。ほんと、俺の友達でよかったと思う。
「正志・・・・・!!!!!」
わーお。比奈子の目から涙があふれている。よほどうれしかったのだろう。人目をはばからずに泣いている。
「対価はと〇けるクリームプリン!!たまにスーパーで出るでっかいやつで!!」
「了解!!ありがとう正志!!」
と〇けるクリームプリンのでっかいやつってどこに売っているんだろう・・・。たまに見るが欲しい時ほど売っていない、たまに食いたくなるやつだ。
瞳子は今までの悪行がばれた悪徳伯爵家の令嬢のような顔をしている。ハンカチをかませれば完璧だ。さすがにここまでと思われたそのときだった。
「でも1回目ってだいたい塾の先生との面談とか体験授業だよね・・・。」
この水鏡の一言が瞳子をよみがえらせる。水鏡本人も助け舟を出したつもりがなくとも、瞳子には恐るべき頭脳がある。頭の中で最適解を導き出す。
「あ!!!そうでしたわ!そうでしたわ!源は私との個人授業でしたわね!!」
「そういえば最近は瞳子のお父さん見てなかったけど、そういうことだった?」
「っ!!」
よく瞳子のお父さんにしぼられたものだ。成績が悪いと殴られることもあった。いつも塾の時間は瞳子のお父さんの機嫌をうかがいながら授業を受けていた。それが、ある時から瞳子との個人授業に切り替わった。お父さんに見限られたのか、それとも瞳子が守ってくれたのか、はたまた家からの圧力なのか、原因はわからなかったが、当時の俺は心底ほっとしたものだ。それから今まで、瞳子と一緒に勉強した。それが当たり前になっていたのだが、個人授業とは・・・?後で詳しく聞いてみよう。
「比奈子さん?希望は大変ありがたいのだけれど、1回目はお父様との授業だわ。ごゆっくりしていってね!」
「ちっ・・・・・・・」
比奈子が再び悔しそうな顔をする。今度はさすがの正志もうつむいたままだった。
「水鏡。ありがとう。あなたの言葉で逆転することができたわ。」
「?うれしいならそれでいいよ。」
「ヨハンナさんでしたっけ?差し支えなければ、愛する男性の首輪をつないでおく方法をいくつかご紹介いたしますが?」
「ぜひ教えてくだサイ!日本式!!!」
「うっそ!やめてくれ織田さん!!!」
目を輝かせたヨハンナさんが瞳子の後をついていく。水鏡は止めようとするがかえってヨハンナの実験台として連れていかれるようだ。ご愁傷様。
比奈子は悔しさをにじませながらたたずんでいた。俺も、なんて声を掛けたらいいのかわからない。
「正志、それと直政。こっちに来てくれ。作戦会議をしよう。」
明久と一寸が呼んでいる。このごたごた騒ぎにも関わらず、メイドの2人を参考人として作戦を考えていたとのこと、なんて奴らだ。さっきの言葉とりけし。こいつら、まじ使える!!
俺は気まずくなって、比奈子を残して作戦会議へとむかう。
視点変更 比奈子
完全に瞳子にやられたわ。正志の助言もあって、塾に行くことまでは確定したのだけれど、まさか個人授業とはね・・・。1回目の、しかも初心者の人がいきなりこの人で学びたいなんて言ったらどうなるかぐらい私もわかっている。そこまで考えたうえで、自分たちは長い時間を共にしていると宣言したようなものだ。完全に出遅れた。なぜ、ナオの実家のことを早くから調べようと思わなかったのだろうか。自分は何をしていたのだろうか。相手の事情も知らず、ただ守られる存在に酔っていたさっきまでの自分を殴ってやりたい。
「悪い・・・瞳子の授業とか、直政の事情とか、早くから話しておくべきだった・・・。すまない。」
正志が謝ってくる。正志は私に対して助け舟まで出して助けようとしてくれた。だが、結果にこたえられなかったのは私だ。正志が謝る必要はない。私がすべて悪いのだ。
「塾の件・・・取り消しておこうか?」
塾ね・・・正直、ナオと過ごせるならなんでもやるつもりだった。塾だろうがなんだろうが、会えないというのはすごくつらいが、続けていくうちに事情や瞳子のこともわかるかもしれない。そもそも、途中で投げ出すことは好きではないのだ。
「いや。やってみる。通学とかでナオと会えるし、塾も続けていくと何かわかるかも」
「・・・!!比奈子ちゃんは強いんだな。わかった。なんかわかったらまた教えてくれ。協力するよ」
正志は常に私のことを心配してくれる。恋愛対象としてみているのか、一度聞いてみたことがあったが、答えはNOだった。正志としては、とっととナオとくっついて、幸せになった私たちのうちに遊びに行くことが正志の夢だという。なんとも平和的で普通の夢に聞こえるが、普通ではない特殊な環境で育ってきた彼からすると、あこがれる生活なのかもしれない。昔からつるんできた仲間だからこそ、わかるのかもしれない。
私も、直政との恋のレース以外に一つ思いついたことがある。正志の恋愛だ。本人は絶対にありえないと言っていたし、たぶん探さなくても政略結婚とかいろいろあるだろうしとのことだが、この広い世界だ。正志の性格や体格がドストライクな女性が必ず現れることだろう。その時に、正志にたいして有効打を打てるようにサポートしてあげよう。私が正志からされてきたように。
二つの小さな夢を抱いて私はこれから戦場へと向かう。たとえどんなことが起きようとも、3人のきずなは永遠だ。その3人に新たに7人を加えて10名で挑む。世界最高の高校へ!!
世界のとある町にて
「ナイナ様。お疲れ様です。」
「ええ。ありがとう。」
世界でも有数の巨大都市のステージの控室に一人の少女がいた。わずか5歳にしてデビューを果たし、その歌声と美貌で世界中を席捲。一躍世界のトップアイドルとしてこの世に君臨した。人気はうなぎのぼりで、コンサートのチケットは売り出してから秒で完売する。そんな人気絶頂の彼女だが、家の方針で、人として最低ラインの高校は卒業するという条件のもと、3年間の休業を発表。世界中から驚きの声と、またマスコミからは師走学園への入学を連日報道されていた。そんな中の彼女だが、実際は様子が違っていた。
「・・・高校では会えるのかな。やさしくて、面白くて、頭がよくて・・・それと絶対忘れてはいけない、太っていて、筋肉質で、身長がある男性・・・。」
彼女は深い想いを抱きながら、入学を心待ちにするのであった・・・。
お久しぶりです!!だいぶ間が空いてしまいました。申し訳ない。作戦会議すら進まず、何やってんだという内容です。次回から本篇になります。まじすみません。
ちょっと端折りますので、瞳子と比奈子 塾編は外伝ということで後でやります。すみません。