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独立装甲旅団、奮闘セリ  作者: 野口健太
第三章 演習場
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突然の知らせ      同日 一九二五時

 会議室はそれほど広い場所ではなく、ちいさな学校の教室といっても通じるような部屋だ。将校向けの講義や図上演習でも使われるため、用途的にも近いといってよいだろう。

 カールたちが到着したとき、机が取り払われた室内には数名の同僚たちがいた。彼らが中にはいった後も、つぎつぎに男たちが入室する。

 最終的に集まったのは、総勢二〇名ほどの将校であった。旅団傘下の各部隊に属する、中隊長クラスの指揮官たちだ。彼らは所属ごとに列をつくり、何事かも分からぬまま待つ。いずれも突然の招集に、困惑の表情を隠せていない。


 カールは後ろに立つラング中尉に、ちいさな声で尋ねてみる。

「まさか、出撃が命じられるのでしょうか?」

「いくらなんでも、それは有り得んだろう」ラング中尉が答えた。「確かに戦況は宜しくないが、旅団はまだ錬成途中だ。こんな状態では、たちまち全滅するのが目に見えている」

 カールは確かにといって頷いた。新設部隊の錬成は、どうしても時間がかかる。戦時下で余裕がない状況だが、旅団はあと四ヶ月ほど訓練を続ける予定である。

(だが、ろくでもない話があるのは確かだろう)

 そんな事をカールが考えていると、会議室の扉が勢いよく開けられた。それを見てひとりの将校――旅団長付きの副官が声をあげる。

「気をぉ付け!」

 号令が室内に響きわたると、カールたちは一斉に姿勢をただした。

 すぐさまゼッケンドルフ中佐が、ふたりの将校――オッペルン少佐および擲弾兵大隊長とともに現れた。部下たちの敬礼に応じる、彼らの表情はどうにも暗い。

「休め、楽にしろ」

 返礼を済ませると、旅団長はそうちいさく告げた。直立不動の姿勢を解いた部下たちへ、押し黙ったまま視線をむける。その表情は、相変わらず硬いままだ。

 しばらくして、中佐はゆっくりと話しはじめた。

「突然の招集に、みな驚いたと思う。単刀直入に言おう」

 上官の声に、一同はじっと耳を傾ける。

「いまから二時間ほど前、第5軍管区司令部から緊急の連絡があった。……本日早朝、わが軍占領下の共和国北部において、連合王国および皇国の両軍が上陸してきたとの事だ」

 その言葉をきいた瞬間、カールたちはおもわず目を見開く。

 四年前に大陸から叩き出されたあと、王国軍は沖合の本土に引き籠り続けていた。以後は例外もあるものの、彼らとの戦いは海と空を舞台とした、比較的散発的なものに終始している。

 少なくとも、今まではその筈であった。

「報告によると、敵は複数の地点へ同時多発的に殺到した」旅団長の説明はつづく。「これに対し守備隊は奮闘したものの、正午までにそのいくつかが撤退を余儀なくされた模様である。反攻作戦も実施されているようだが、現在はいまだ予断を許さぬ状況だ」

(おいおい……王国軍との戦いなんて、考えた事もないぞ)

 カールは思わず、内心でそう毒づく。

 王国軍が撤退したのは、カールが新兵訓練を終えた直後のことだ。任地も東方戦域一本であるため、彼にとって遙か遠くの存在であった。皇国にいたっては、辺境から来た脇役という程度の認識しかない。

 ゼッケンドルフ中佐は次第に、話を今後の対応に関するものへと移していった。

 その内容は一般将兵にむけての周知や、訓練計画の見直しなどであった。なかでも後者に関しては、スケジュールの短縮が示唆される。おそらく、急場の出撃に備えてであろう。

「ついては部隊ごとに、訓練の進捗などを考慮した意見を取りまとめてもらいたい。提出の期限は、明日の一二〇〇時までとする」

 旅団長はそこまで言うと、口を閉じて深呼吸する。

「諸君。わが国を取り巻く情勢は、ここに来ておおきく変化した。連邦と対峙する東方のみならず、これからは西方でも戦わねばならない。その点を肝に銘じておいてくれ」


 ゼッケンドルフ中佐が話し終えると、つぎは大隊長たちの番であった。訓練に関する打ち合わせのため、三〇分後に隊長室へ出頭するようそれぞれの部下へと伝達される。一連のやり取りが済んだあと、旅団長は大隊長と副官をつれて退出した。

 上官が姿を消したのを見ると、のこった将校たちは互いに顔を見合わせる。

「信じられん……」

「いまさら西でも戦えと?」

「噂は本当だったのか……」

 そう囁く一同の表情は、どれも驚きに満ちていた。大半がカールとおなじく、東方戦域からの転属組だから無理もない。

 カールは振り向くと、ラング中尉のほうを見て言った。

「大変な事になりましたね」

「まったくだな」

 中尉が頷いた直後、誰かの呟きが室内に響いた。

「しかし、共和国には〈西方防壁〉がある」

 声の主は野戦服を身につけた、擲弾兵中隊長のひとりである。西方防壁は共和国北岸に設けられた、長大な防衛ラインの通称だ。多数の火砲とコンクリート製陣地を擁する、難攻不落の要塞だとたびたび宣伝されている。

 彼は独り言にしては大きな声で、周囲にむけて呼びかけた。

「防壁が存在する以上、海岸に取り付いた敵はけっして多くないだろう。反撃が始まっているのなら、すぐにでも撃退されるはずじゃないか」

「どうだろうな」

 戦車兵服姿のひとりが、いぶかしげな表情でそう答えた。第1中隊長の大尉で、オッペルン少佐が前任地から連れてきた数少ないベテランだ。

「共和国帰りのヤツから以前聞いたが、西方防壁の実態は宣伝からほど遠いらしい。防衛ラインは二千キロ以上あるが、そのほとんどがハリボテ同然だそうだ」

 第1中隊長の言葉を聞いて、ざわめきは一層大きくなった。先ほどの擲弾兵が狼狽していると、同僚らしい隣の将校が口をひらく。

「こう言ってはなんだが、共和国の駐留部隊は正直練度にも問題がある。東方戦域の兵力を維持するために、優良な師団がつぎつぎに引き抜かれたからな。埋め合わせに送られたのも老兵ばかりで、あとは教育部隊や再編中の師団が多かったよ」

 カールは彼に尋ねてみた。

「えらく詳しいですが、どこで聞いたんです?」

「実をいうと、しばらく西方にいた事がある」擲弾兵の将校は、そう答えると苦笑いした。「まあ半年もせずに、東方へ送り返されたのだがな」

「なるほど」

 カールが頷いたあと、室内では重苦しい空気が漂いだした。将校たちは周囲を窺いながら、しばらくの間沈黙する。

 それを押し破ったのは、第1中隊長の声であった。

「おい、俺たちは帝国陸軍の将校だ。どんな苦境であっても、義務を果たさねばならない。そうだろう?」

 一同が見やるなかで、彼はさらに話を続けた。

「まずは、目前の仕事に取り掛かろうじゃないか。出来るかぎり手を尽くして、旅団をすこしでも戦える状態にする。それが今の時点で、俺たちに課された義務だ」

「そうですね」

「確かに」

 将校たちは顔をあげ、口々にそう答えてみせる。間もなく彼らは部屋を出るべく、順繰りに扉のほうへと向かいはじめた。内心の不安は拭いきれぬが、義務を放棄するのも論外であるからだ。その中には、むろんカールも含まれている。

 結局かれらはその夜、寝る間も惜しんで訓練スケジュールの再検討に没頭した。

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