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独立装甲旅団、奮闘セリ  作者: 野口健太
第四章 西方戦域
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降車作業      七月九日 二三三〇時

 真っ暗な闇のなか、突然つよい光が放たれる。

 その正面に立つカール・シュナイダー中尉は、顔をしかめて思わず一瞬横をむいた。

 彼がいま居るのは、荷物を下ろした鉄道貨車の上である。何両もつづく車列の半ばほどで、左手にはこれまた長いプラットホームが存在する。視線の先に繋がれた別の貨車には、前照灯をともした一両の44式戦車が載せられていた。

「よーし、はじめろ!」

 カールは目線を前に向けなおすと、大きな声をあげて言った。戦車は彼の301号車で、操縦手のみ配置についている。カールを除くほかの乗員は、プラットホームで待機中だ。

 操縦手は号令を聞くと、さっそく行動を開始する。

 301号車はプラットホームめがけて、ゆっくりと右に旋回しはじめた。横幅が貨車とさほど変わらぬため、操縦手は細心の注意を払っている。金属製の履帯がこすれ合う、耳障りなガリガリという音が響き渡った。

「停車!」

 ほんの少し進んだところで、カールは右手を挙げながらそう命じた。301号車の足回りを凝視して、これからどう動かすべきか考える。空襲対策の灯火管制により、前照灯いがいの明かりは存在しない。

「ちょっとでいい! そのまま真っ直ぐ後退しろ! ……よし止まれ!」

 カールは続けて操縦手に、ふたたび右折しながら前進するよう指示を伝える。動き出した301号車にむけて、彼は進行方向を指差して叫んだ。

「もっと右に寄せろ! ……いいぞ! そのまま……そのまま……!」

 まもなく履帯の先が、ガタンという音とともにプラットホームへ触れた。

「よーし、そこから直進!」

 なおも慎重にすすむ301号車が、貨車から離れたのはさらに三〇秒後のことであった。カールもプラットホームへおりて同車に近づき、乗員たちをのせて移動するよう操縦手にむけて命じる。

 カールは301号車を見送ると、ひと仕事終えた安堵で溜息をついた。暗がりで手元が見えないなか、彼は煙草をおさめた懐に手を伸ばす。

(しかし、まさかホントに西方へ送られるとはな)

 パッケージから煙草を一本取り出しながら、カールはそんな思いを脳裏に抱いた。

 そう。第119装甲旅団はいま、戦地へ向かう途上にあった。現在地は共和国の中部に位置する、貨物駅の一角である。

 突如はじまった西方での戦いは、5月いっぱいまで海岸付近での攻防に終始した。帝国側は頑強に抵抗しつづけたが、王国・皇国の両軍は艦砲と航空機による潤沢な支援のもと攻めかかる。守備隊は各所で甚大な損害をうけて後退を余儀なくされ、六月にはいるとその勢いはより増していく。

 くわえて月末には東方戦域でも、連邦軍が大攻勢を開始した。

 時間差をおいて生じたこの事態に、帝国軍総司令部はあわてつつも対応をはかる。各地に残る予備兵力――本国や比較的平穏な占領地などから、次々に部隊を東西両面へ送り込むことを決めたのだ。その中には休養・再編のさなかで定数割れを起こした師団や、訓練がいまだ未完了であるモノも含まれる。

 それらの中に、第119装甲旅団も当然のごとく組み込まれた。

 旅団に出撃命令が下されたのは、七月一日のことであった。訓練はいまだ途上にあり、練度不足も甚だしいが命令ならば致し方ない。

 カールは第一中隊とともに、第三派として五日に出発した。列車には大隊補給中隊の一部も乗り込み、連結された貨車は六〇台以上ほどだ。戦車とその乗員だけでなく、倍以上のトラックや補給物資も積荷に含まれている。擲弾兵大隊も同日に、別便へのり込み移動していた。

 これらの積載作業だけで、半日以上の時間を要した。

 くわえて移動も楽ではなく、増援や武器弾薬の輸送で線路はごった返していた。それらとかち合うたびに、列車は一時停車や迂回を余儀なくされてしまう。国境付近からは空襲を避けるため、夜間のみの走行まで強いられる始末だ。そのため駅への到着は、予定より二日ほど遅れている。

(しかも、行軍はまだ終わりじゃない)

 煙草を口に咥えたカールは、ライターを左手で構えて火をつけた。

 中隊はここで車両を降ろしたあと、さらに西へ移動する予定であった。大隊本部が指定した宿営地は、前線ちかくに位置するからだ。そこに到着したあとは、車両の整備や補給といった作業も待っている。間違いなく昼までは、忙しさで目が回るような気分を味わうだろう。

 カールは火を着けたあと、溜息のごとく盛大に煙草をふかした。

(一介の小隊長だった頃が、ずいぶん懐かしく感じるな)

 彼はそう考えると、煙草のフィルターを強く噛みしめる。

 実務の大半は部下がこなすとはいえ、指導をつとめるのは中隊長である。小隊指揮も大変であったが、背負っていた責任は今とくらべてずっと軽い。いざと言うときは上官へ――たいへん勇気のいる行為だが――泣きつくことも出来たのだ。

 カールは気分を変えようと、車列のほうへ視線を向ける。

 そこでは本部付きの302号車が、貨車から降りようと四苦八苦している最中であった。302号車が下車すると、つづいて第1小隊の三両が順次作業をはじめる手筈となっている。

 彼は紫煙をくゆらせつつ、部下の作業をしばらく眺めみた。

 そのうちカールは、人影がひとつ近づいてきている事に気が付いた。人影は目前で立ち止まり、敬礼するとカールにむけて声をかける。

「中隊長殿」

 声の主は第二小隊を指揮する、ヨーゼフ・フォン・メッケン少尉であった。カールの返礼を待ち、手をおろした彼が尋ねてくる。

「自分の小隊は、既に準備が出来ております。まだ動いてはいけないのですか?」

「駄目だ」

 カールはハッキリとした口調で断じた。

「夜遅くで明かりも少ない状況のなか、一斉に作業をさせる訳にはいかない。無理をすれば、たちまち事故が起きてしまう」

「しかし……」

「気持ちは分かるが、こんな所で戦車を駄目にするなど以ての外だ。それは理解できるだろう?」

「……はい」

 カールの言葉に、メッケン少尉は暗がりの中でうなだれる。

「少尉、持ち場にもどれ。ここへ来た事は不問にしておく」

「……了解です。失礼いたしました」

 彼はそう答えて敬礼すると、踵をかえし去っていく。

(初めての戦地だ。気張ってしまうのも無理はない)

 部下の後ろ姿をみて、カールそんな考えを思い描いた。中隊には少尉二名、曹長一名の小隊指揮官が在籍するが、メッケン少尉はそのなかで唯ひとり実戦を経験していない。士官学校を卒業してすぐに、旅団へと配属されたのだ。将校としての実務どころか、戦場に来たこと自体が初めてである。(残りの二名は東方戦域で、ある程度の実務経験を積んでいる)

 カールは作業を終えたときと異なる、不安がない交ぜになった溜息をつく。

 その直後、貨車から降りた302号車が、すぐ傍らを通りすぎた。車体後部に乗り込んでいる兵たちが、中隊長であるカールへ敬礼する。返礼をかえした彼は、咥え煙草がすっかり短くなっていることに気が付いた。

「そろそろ行くか」

 カールはそう呟くと、煙草をなげ捨てた。一一両の戦車と七〇名ちかい将兵を預かる今、感傷にひたれる時間は多くない。

(各小隊の様子をみて、それから行軍ルートの再確認だな)

 彼は不安を消し飛ばすように頭を振ると、暗闇のなかを歩きだした。作業はまだ始まったばかりのため、宿営地の移動までまだ余裕はあるはずだ。


 中隊がすべての作業を終えたのは、一時間半後――日付を跨いだあとであった。

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