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08 街に行く。

20190806




 私が初めて吐いたラピスラズリの石。

 それは、ペンダントにしてもらった。

 わざわざ職人さんが城に来て、厳重な監視の下で作業をして、ペンダントにつけてもらったのだ。

 サラさんから厳重な監視をされたと聞いたけれど、前代未聞の大きな瑠璃色の石を触れることが出来たことを末代まで自慢すると言って帰っていったらしい。

 そう言えば、胸に近い位置にあるパワーストーンは、願い事に最適だってネットで調べて知った。

 ペンダントのラピスラズリに願ってみても、私が吐く石は瑠璃色の一択。


「国宝が完成致しました」


 ベア様からそんな報告が来たので、実物を見させてもらうことになった。

 国宝は、ネックレス型。それもデカデカなサファイアが真ん中に置かれたもの。私が吐いた瑠璃色の石は左右に添えられていて、あとは純白の真珠らしき石がずらりと並んでいた。

 わぁ。これ絶対誰も付けないだろうなぁ。

 という感想を先ず抱いた。

 重そう。高価すぎ。

 あ。でも。結婚式で青いものは幸せを呼ぶって聞いたことがある。

 じゃあ王族の結婚式で花嫁が付ける可能性があるかもしれない。

 なんて憶測を浮かべつつも「素晴らしい出来ですね!」と、何故か私の反応が気になっているらしい、王様と側近一同に言ってみた。


「気に入っていただけたのならば喜ばしいです。それでは、ナツカ様。ナツカ様がよろしければ、これをつけてパーティーに参加していただけないでしょうか?」


 王様ことオフリート様がそう持ちかけた時は、嘘だろ!? と心の中で叫んだ。


「国宝の披露パーティーを行う予定です。ナツカ様がお望みならば、聖女として参加して頂きたいのですが……」


 聖女として参加だって!?

 貴族が集うパーティーに、私が!?

 あれか、聖女としてお披露目もしたいって意味か。

 それは、とても、吐きそうなお誘いだ。

 ただでさえ、瑠璃色の石しか吐けず、イマイチ聖女の役割を果たせているか微妙なところなのに。

 でもよかった。控えめな言葉から察するに、拒否権はある。

 全面的に聖女のお披露目祭りでもあるかもしれないと身構えていた私は、幾分かマシな気分だ。


「せっかくのお誘いをお断りして申し訳ございません。私にはそういう場に出た経験がないので、この国宝を身に付けて参加なんて恐れ多くて……。レーシア様が適任ではないでしょうか?」


 のほほんとした微笑みを浮かべつつ私が出した名前は、このギューフストーン国のお姫様。つまりは、このオフリート様の娘。残念ながら、王妃様は数年前に他界してしまったそうだ。

 聖女に会いたいと駄々をこねたというレーシア様は、大変愛らしいピンク色のフワッフワッな髪を持つ少女だった。ツインテールの髪がフワッフワッとしていたのだ。駄々をこねたと聞いたわりには、とても礼儀正しかったのは、やっぱり国一の教育を受けていたからだろうか。

 でも私なんかを見上げて、とても目を輝かせていた。

 ピンクの髪ではこの青い国宝と合わなさそうだけれど、そこはメイドさんや仕立て屋さんが全力でなんとかしてくれ。


「私の娘に……ですか? まだ十歳の娘には、少々荷が重いでしょう」


 オフリート様が苦笑を溢すけれど、まんざらではないようだ。

 話は順調に進み、レーシア様が披露パーティーで身に付けることが決定した。

 これで安心だ。レーシア様、頑張って。


「……パーティーに参加されないのですね」


 部屋に戻ると、珍しくテュス様が口を開く。


「あ、はい。私は不慣れですから」

「……」


 またしょんぼりした顔をしている。


「どうしたのですか?」

「いえ……たまには、ナツカ様も楽しんだらどうかと思いまして」

「いや、私は十分、毎日楽しませてもらっていますよ」


 石を吐いたら、あとは自由。とはいえ、城から出たことないのだけれど。

 この一ヶ月、城の散策は一通り終えた。


「パーティーで楽しむ、のはちょっと私には無理です。……テュス様は参加するのですか?」

「いいえ、私はナツカ様のおそばにつき、お守りする役目があります」

「私が行けば、参加するはずだったのですか」

「……はい」


 それでしょんぼりした顔をしていたのか。


「別に私は出掛けたりしないので、テュス様は国宝披露パーティーに参加してください」

「いいえ、ナツカ様。私はナツカ様のおそばにいます」


 キリッとした眼差しでまた告げるテュス様。

 キリッとした目付きも、また色っぽいな。

 譲らない人だ。テュス様が睡眠や食事をとって朝の稽古をしている間は、二人の騎士が護衛を務めてくれている。だから、そう毎日張り切らなくてもいいのに。


「……そうだ。たまには、外に行きたいです」


 私はふと思ったことを口にした。


「城の外……つまりは街に下りたいということでしょうか?」


 身を屈ませて、覗き込むように見てくるテュス様。垂れた髪の先まで、艶やかに見えた。


「はい。街に行きましょう!」


 テュス様も城にこもっているだけでは、退屈だろう。

 何度か城の庭から、街を見たことがある。淡いベージュの街並み。屋根は明るい色ばかりだ。

 城は丁度丘の上にあるので、街を囲む壁までかろうじて見えた。そしてエメラルドグリーンの森が見渡す限りあったのだ。多分、そこが魔物が出る危険な森なのだろう。だから壁に囲まれている。

 広い街だ。一日では散策出来ないだろうけれど、行ってみたい。


「……そうですね。では許可をいただいてからにしましょう」

「……こっそり抜け出すんじゃだめですか?」

「だめです」


 ダメ元で訊いてみたけれど、ずっと傍観していたサラさんが却下した。

 はい。許可をもらって行きます。

 テュス様には一度退室してもらい、私はお忍びのための質素なドレスに着替えた。


「普段もこれくらいで大丈夫ですよ?」

「だめです」


 さては、サラさん、私の扱いに慣れたな。

 きっちりとした白のブラウスは、首まで隠すフリル付き。でも村娘のようなワンピースを上から着る。深い青色の裾を見下ろせば、フリルはない。毎日これでもいいのに。

 無事に街へ出掛ける許可をもらった。

 ついてくるのは、サラさんとテュス様だ。


「欲を言えば、こっそり抜け出すスリルを味わいたかった……」

「何を仰っているのですか。絶対にしないでください」


 用意してもらった馬車に乗って、街へと下りる。

 新しい場所に行けるドキドキ感を味わっているのは、どうやら私だけではないようだ。何故かテュス様も、ウキウキしているご様子。散歩に連れてってもらえて喜んでいる犬にしか見えない。ただし、お色気付き。


「……お忍びのために着替えましたけど……テュス様がいたら目立つのでは?」

「……そうですね」


 じっとサラさんと一緒にテュス様を見た。

 あ、テュス様がお散歩に行けないことを悟ってショックを受ける犬のよう。

 色欲の騎士と異名を持つテュス様は、街の人達も知っているのではないだろうか。知らなくても、そのあり余る色気で注目を集めると思う。


「大丈夫です、聖女様。色欲の騎士もデートをするのだと認識されるでしょう」

「だからそれで呼ぶのはやめてください……。って、デートですか!?」

「私も念のため、聖女様ではなくお嬢様とお呼びいたします。そうすれば、お忍びの令嬢が騎士とデートをしているとだけ思われるでしょう」

「え、そこまでして、聖女だってこと隠さないといけないのですか?」


 真っ赤になっているテュス様を置いて、私はサラさんの真面目な顔を見て首を傾げる。


「いえ……混乱は避けるべきでしょう」

「……そうですね」


 国中で祈ったわりには、お披露目の祭りも行わない。

 お披露目のパーティーの参加も、強制されなかった。

 サラさんの妙に心配を抱いている様子。ちょっと引っかかりを覚える。

 馬車が停まった。

 先にテュス様が下りて、次にサラさんが下りる。


「ナツカ様、どうぞ」


 すっかり差し出される手を取ることが、当たり前になった。

 私はいつも通りその手に自分の手を重ねて、馬車から下ろしてもらう。


「わぁ……! 街だ!」

「街です」

「街ですね」


 はしゃぐ私。毅然としたサラさん。にこやかなテュス様。

 石煉瓦が敷き詰められた道。淡いベージュ色の壁と明るい色の屋根の建物が並ぶ。日本ではまず見られない街並みに感動をしていた。美しい。

 当たり前だけれど、街の人は色んな格好をしている。女性はもちろんドレス姿。あまり派手ではない。男性はサスペンダーだったり、ネクタイにループタイ。男性は帽子を被っていたり、女性は日傘をさしたり。

 気温はだいたい25度だと思うけれど、それでも暑いと認識されている夏。

 私としては、全然過ごしやすいと思う。陽射しも、日焼け止めを塗ってもらったから、平気だ。


「あ、ナツカ様。お手を離さないでください」

「え?」


 歩き出さそうとしたけれど、呼び止められ、手を握られた。


「その……デートをしている風に」

「……デ、デート……」


 さっき、聞き流していた単語。

 テュス様は、真面目に受け止めていたのか。

 そんな、本当にデートをしている風にしなくても。


「ナツカ様が……嫌ではなければ」


 言おうとはしていたけれど、先にテュス様がそう自信なさげに呟く。

 ああ、久しぶりに子犬に見える。悲しげですがるような子犬。

 でもアメジストの眼差しは、真っ直ぐに私を見つめてくる。憂いたそれには、やはり色気があった。

 デート風に手を繋いで歩くのは、喪女な私には抵抗があります。

 なんて、言えなかった。

 サラさんもいるけれど、やっぱり恥ずかしい。

 けれど、テュス様の手のぬくもりには慣れたおかげで、少しは気分が楽だ。


「……じゃあ、お願い、します」


 羞恥心を抑え込みつつ、私は俯きながらも、お願いした。


「……はい」


 視界の隅の色気あるテュス様の顔も、俯いていたし、私に負けないぐらい赤くなっている。


「……」

「……」


 繋いでいる手は、いつもより熱い気がした。

 異性と手を繋いで、街を巡る。

 大丈夫だろうか。楽しめるかな。


「人が多いでしょうが、市場に行きましょうか」


 サラさんは先導してくれた。

 活気が溢れる市場は、本当に人が多い。

 あれを買ってくれ、これを買ってくれ。

 あれが安い、これが安い。

 飛び交う声が、賑やかだ。

 陳列している品を見ながら、人にぶつからないよう気を付ける。

 見たことのない形の実だ。あれはなんだろう。

 嗅いだことのない香りがする。これはなんだろう。

 知らないものが多くあって、流石は異世界だと思った。

 サラさんから説明を受けている間、ふと手を繋いでいるテュス様が気になる。手には彼の熱を感じるけれど、顔には彼の視線を感じた。

 ちらり。

 見てみれば、視線がかち合う。

 一瞬見た彼の表情は、どこか太陽を眺めるような眼差しで微笑んでいた。

 すぐに私と目が合うなり、ニコッと笑みを深める。

 ブワッと薔薇が溢れるようなお色気付き。

 相変わらずである。

 でも。気のせいだろうか。

 まるで、漫画の中のヒーローが、愛しいヒロインを見つめるような。

 そんな表情のように思えた。


「盗っ人だ!!!」


 突然上がる声に、サラさんとテュス様が目付きを変える。


「誰かっ! 誰かぁ!」


 被害に遭ったのは、女性のようだ。ひったくり、みたい。

 盗っ人らしき男は、私達を横切った。

 テュス様が捕まえようとしたのか、動こうとする。

 けれども、私の手を見て止まった。


「お嬢様から離れないでください」


 サラさんからも注意され、テュス様は俯く。

 私のせいで、テュス様が動けない。

 刹那の間、考えた私はブラウスの下にあるラピスラズリの石に手を当てた。

 念じるのは、水。水。水。

 それも煉瓦の道を駆ける足を凝視。そこに水の塊が集結し、それに足が取られた盗っ人は横転した。

 たちまち、通行人らしき男性達が取り押さえる。


「お嬢さん! ナイス魔法だ! ありがとう!」


 どうやら、私が魔法を行使したとわかった男性の一人がお礼を言う。

 遅れて駆け寄ってきた女性は、私にペコッとお礼を言いながら頭を下げ、また荷物を取り返してくれた通行人の男性達にもお礼を伝える。

 盗っ人の男の人は、現行犯逮捕。よかったよかった。


「さぁ、次行きましょう」


 呆気に取られた様子のサラさんとテュス様に、私は笑いかけて手を引いた。



 

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