06 騎士に感謝。
テュス様は、私がまた魔法を使わないように、部屋の中で見張ることにしたらしい。扉の前に立って、私をじっと見つめてきた。
見つめられると、だらけることが出来ないではないか。
私はちょっぴり仕返しのように、見つめ返した。
観察である。
長い睫毛に縁取られたアメジスト色の瞳。耳にかけられた長めのプラチナブロンド。スッと高い鼻。ふっくらと形のいい唇。シュッとした顎。男らしくも色気を醸し出す太い首。
微笑みは人懐っこそうに見えるけれど、やっぱり全体的に色気がただ漏れ。
きっとこの人、モテるだろう。絶対。
色気というかフェロモンで、異性をメロメロにしているに違いない。
「……そう言えば、テュス様」
そろそろ見つめ合いに限界を感じたので、口を開く。
「なんでしょう?」
「副団長の地位にいたのでしょう?」
「はい」
「いいんですか? 私の護衛を選んで……」
副団長の地位と聖女の護衛を脳内天秤にかけても、私には計れないから尋ねてみることにした。
「はい。もちろんです。ナツカ様」
テュス様はまた私のそばに来ては、傅く。
「私はナツカ様の心と身体をお守りしたいと心の底から願っております」
また言った。心と身体……。
一体どういう意味だろうか。
「その、心を守るってどういう意味ですか?」
「……」
一度、視線が落とされた。
でもすぐにアメジストの瞳が、私を見上げる。
「そのままの意味です、ナツカ様……」
切望しているような眼差しと表情。憂いがあっても、やはり色気がすごい。いや憂いているからこそ、色気が増しているような気がする。
この人、本当に色気すごいな、と思いつつも、私は意味を考えた。
そのままの意味。心を守りたい。
「ごめんなさい、やっぱり意味がわかりません」
正直に話して、意味を教えてもらおうことにした。
「……先程」
アメジストの瞳をじっと見つめていれば、テュス様は口を開く。
「立ち尽くしたお姿を見て、胸が痛みました」
それは、血相を変えた顔で私を呼んだ時のことだろう。
そう言えば、立ち尽くしてしまったっけ。
すっかり忘れ去ってしまったけれど、不安に飲み込まれた。あの瞬間のこと。
「自ら望んでこの世界に参じたわけではないと聞きました……きっと私には測ることも出来ない、寂しさや不安があると察します。それでもこの国を救うことを承諾してくださったお優しいその心を……全てから守ることは難しいかと思います。それでも、お守りしたいです。私の持てる力、全てを使って」
唐突に異世界から来てしまった私への心配。
「項垂れて立ち尽くしたお姿があまりにも悲しげで……儚くて……今にも崩れ落ちてしまいそうだったので、慌てて声をかけたのです。……大丈夫ですか?」
気遣う微笑みで見上げてくる彼に、私は大丈夫と答えられなかった。
なんだか、喉が痛むような、そんな感じがしているし、動けない。
心惹かれた、とある漫画のシーンがある。
それを思い出した。不幸な境遇にいるとても繊細な少女の心を知り、痛々しくも愛おしさを感じる青年の心情を描写したシーン。
何度も読み返した。何度も胸を痛めた。大好きと言えるシーンだ。
別に少女は、私に似ていたわけではない。重ねていたわけではないはず。ただ、単純に羨ましいと思っていただけだと思う。
壊れてしまいそうなほど繊細な少女の心を見抜いた存在がいること。
そして愛おしさを感じてもらえることを。
理解して、愛してくれる存在がいることが。
とても切なく、羨ましく、そして。
「ナツカ様?」
私は繊細な心の持ち主ではないだろう。ましてや美しい少女でもない。
守ってあげたくなるような、儚さを持っている自覚もない。
けれども、それでも、この見目麗しい騎士が、そんな風に見てくれているのは。とても嬉しいことだった。
まるであの漫画のシーンのようだ。少女と青年と似ている。
胸がときめく。顔に熱が集まり、真っ赤になってしまっているだろう。
それを隠すために、両手で覆った。
「あ……ありが、と……」
そう伝えることが精一杯だ。
このあり余る色気を持つこの騎士には、異性を真っ赤にするなんて日常茶飯事なのだろうけれど、やっぱり見られては恥ずかしい。
「いいのです、ナツカ様。こちらこそ、そばに置いてくださり、ありがとうございます」
逆にお礼を言われて、私はまた胸をときめかせる。
コンコンとノックが聞こえてきたから、すぐに顔を冷やそうとパタパタと仰ぐ。
「聖女様。最高魔導師様がお会いしたいと申しております、要件は先程出した石のことでございます。いかがなさいますか?」
「さ、最高魔導師?」
「はい」
「昨日会っているはずです、陛下の側近の一人、ベア・バーソロミュという名前です」
王様の側近達の名前は聞きそびれたけれど、ローブを着た人のことだろう。なんか高級そうなローブを着ていた薄緑色の髪の人が浮かんだ。多分、彼のことだろう。
「部屋の外にいるんですか?」
「はい」
「入ってもらってください」
「かしこまりました」
サラさんに頼めば、扉を開いた。
テュス様は、私の後ろに移動。
予想は当たり、装飾品の多い白いローブを着た薄緑色の髪の男性が入ってきた。手には先程の石が、二つとも置かれたトレイを持っている。黒い布のトレイの上に、瑠璃色の石が艶めく。
「聖女様」
お辞儀を一つする彼に、私も立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「最高魔導師の称号を与えられたベア・バーソロミュと申します。以後お見知り置きを」
「私は夏華です。ベア様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、お好きに呼んでください。ナツカ様」
呼び方を確認してから、私は座るように向かいのソファーを指した。
お互い確認し合って、ソファに腰を下ろす。
ベア様はトレイを間にあるテーブルに置いた。
「先程の石について、とのことでいらしたのですよね」
早速、本題に入ってもらう。
「はい。過去に複数回、聖女様が参じたと文献に記してありましたが、青い石を吐き出すと記載されておりました。このように透けないほどの深い青色は……前代未聞です」
前代未聞ですって。
「過去に参じた聖女様が初めて吐き出した石は、昨日ナツカ様が所持していたものほどの大きさだそうです。恐らく、初めての石は聖女様のための魔力の石だと思われます。それ故、大きくそして色が濃いと、文献に記載されておりました」
なるほど。これから石を生成するためなのか、レベル50級の石を最初に吐き出す。それを支えにしろということなのだろう。納得して、うんうんと頷く。
「しかし……」
「同じ濃さの色の石を吐くとは書かれていなかった、のですね?」
「はい、その通りです。ナツカ様」
瑠璃色の石を吐き出し続けることは、前代未聞。
「……お身体にお変わりはございませんか?」
少し沈黙していたけれど、私の身体を気遣う言葉が向けられた。
「ええ、特に変わりはないです。体調不良は感じられません」
むしろ、魔法使って遊んでいたくらい元気ですけど。
「今は感じられなくとも、後々支障をきたす症状が現れるかもしれません」
「んー。単に加減が出来ないだけではないでしょうか?」
「そうお考えなのですか」
私の加減が下手くそすぎて、レベル30の魔力の石を出してしまうだけ。だと思いたい。
「その石は、使用出来ないということですか?」
高価すぎて使えない、ということなのだろうか。
レベル制限があって、装備出来ないとか。
「いえ、決してそのようなことはございません。ただ……こうも高貴すぎる石を配るのは……宝の持ち腐れと言いますか、はっきり言ってもったいないのでございます」
はっきり言ってもったいない。
そうは言われても、これしか出せないみたいだし。
「じゃあ砕いて渡すとか」
「!?」
「聖女様が作り出した石を砕くなど、恐れ多すぎます!」
ジェスチャー付きで提案してみたら、サラさんとベア様が仰天した顔をした。
そうだよねー。しっかり加工されたみたいに綺麗な形しているから、躊躇してしまうよねー。わかるー。
そう思いながら、瑠璃色の石を見下ろす。
「でも高貴すぎるのでしょう? なるべく透けるような色の石を出せるように努力しますが……無理そうなら、砕いたものを使用してもらった方が」
「いえ、誰も賛同出来ませんっ!」
ベア様は、きっぱりと言った。
そんな神聖なもののように扱わなくてもいいのに。
吐いているだけだもの。
「では、この二つはどうしますか?」
「これは国宝にしたいと国王陛下が仰っているのですが、聖女様は?」
こ、く、ほ、う、だと!?
ダイアみたいにキラキラしている石ならまだしも、透けもしない石を国宝扱い!?
い、いや、でも。魔力の源である石だから、値打ちはあるのだろう。
「えっと、その……どうぞ、お好きにしてください」
恥ずかしい。私が吐いたものが、国宝扱い。
赤面してしまう私は、さっき凍らせたペットボトルを頬に当てた。
「……ナツカ様。その透き通った筒のようなものは一体なんですか?」
「あ、これはペットボトルと言って……気軽に破棄できる筒ですね」
「そんなに透き通っているのに、破棄するような代物なのですか!?」
「あ、はい。大量生産されますし……どうぞ」
ベア様が気になっているので、差し出してみる。
受け取ったベア様はギョッとした表情で「軽い」と声を溢す。
「冷たい……中身は氷ですか?」
「あ、飲み水だったのですが、私が凍らせました」
つい白状したら、サラさんの視線が痛く感じる。
ごめんなさい、魔法使いました。
「えっ……魔法を行使したのですか?」
「え。はい」
「この二つの石を出されたあとに?」
「え。はい」
ベア様は絶句して固まってしまう。
「あ、この石を持って行使しましたよ」
「……」
そばに置いておいたラピスラズリの石を見せる。
それでもベア様は、全然言葉が出ないご様子。
「……聖女様は、魔力が枯渇しないのでしょうか?」
やっと絞り出した言葉がそれ。
「そうだといいんですけれど」
どうやら聖女の魔力の量は、文献に記されていないらしく、ベア様は困惑の表情を隠せないでいた。
「とりあえず、これは国宝にしても良い、ということでよろしいでしょうか?」
確認するベア様に「あ、はい、どうぞ」と座ったまま一礼しておく。
「では陛下の元に届けに参ります。これで失礼します、ナツカ様」
「はい」
ベア様が立ち上がるので、扉のところまで見送った。
そのあと、サラさんに呼ばれる。
「聖女様。その石を手放して、お休みください」
「……は、はい……」
微笑みを浮かべていたけれど、嫌とは言わせない威圧的な口調だった。
だから私はラピスラズリの石を置いて、ソファで休むことにする。
まったりした時間が、過ぎ去った。
20190804