05 魔法を使う。
なんで昨日より小さいのだろうか。
いや。まぁ。大きいものがいきなり出てきても困るけれども。
「これでよかったのですか?」
「……」
サラさんに見せて確認する。けど、なんだか難しそうな顔をされた。
え。もしや。サイズの問題ではなかった!?
昨日のものは、サイズが大きすぎるからだと思ったのだけれど、違うのか。
それともあれか。私の唾液にまみれているから、ばっちいって顔かな!?
足元の水で唾液を洗おうと思ったけれど、ここは神聖な水場らしいからそれはそれでだめそう。
「聖女様。失礼します、一度預かってもよろしいでしょうか?」
ポケットからハンカチを取り出すと、サラさんは受け取る準備をしてくれた。とりあえず、ポンと置く。
軽く拭ったサラさんは、また石を鑑定するかのように見つめた。
なんかテストを、目の前で採点されているような気分だ。
「……やはり……あまりにも……」
怪訝な表情をするサラさん。
あまりにもお粗末すぎる!?
ごめんなさい! 石吐くのはこれで二度目なんです!
内心、慌てふためく私だったけれど、言葉の続きは違っていた。
「濃いです」
「……色が、ですか?」
確かに鮮やかな瑠璃色だけれども。
私は首を傾げながら、サラさんの答えを待ってみた。
「そうですね、見た目からしてあまりにも濃いです」
「おかしいんですか?」
サラさんが、騎士の一人に目をやる。
頷いた騎士は、首からぶら下げていたネックレスを出して見せてくれた。
石が嵌められた銀の十字架のネックレス。
その石は、透き通るような水色だった。しかも私がついさっき吐き出したものよりも、半分くらいの大きさだ。
「……これが、通常の魔力の石ですか?」
「はい。一般の人が手に入れられる魔力の石がこのような色になります」
続いて、サラさんが視線を送った相手は、テュス様。
テュス様も首からかけたネックレスを取り出す。それを首にかけたまま、身を屈めて私に見せてきた。
……近い。あ、なんか、仄かに甘い香りがする。コロンかな。
「あ、青色……」
同じく石が十字架の真ん中に嵌められている。それはさっきのよりも心なしか大きく、そして透き通るような青色だった。
「団長や副団長クラスは、これくらいの魔力の石を所持しております」
テュス様は、そう微笑む。
へぇ。そうなんだ。
そう流しそうになって、気付く。
え。待って。つまり、テュス様は副団長の座にいたってこと?
「魔力がさらに必要とされる魔導師も同じほど、またはより大きめの魔力の石を所持されています」
サラさんがそう教えてくれている間に、テュス様はネックレスを服の下にしまった。
「聖女様が吐いた魔力の石は……恐らくそれの三倍の効果が期待出来るでしょう」
「んー……ごめんなさい、基準がわかりませんので三倍と言われても、わかりません」
テュス様のことは置いておいて、サラさんにもう少し説明を求める。
「通常の石がレベル1としましょう」
お。わかりやすそう。
「騎士団長クラスの石がレベル5。大雑把ですが、魔導師の石は最高でレベル10としましょう。そして、この石がーーーーレベル30です」
わぁー。三倍だぁー。
納得した私は、コクコクと頷く。
やがて、驚愕して口をあんぐり開けてしまう。
「ちょっと差がありすぎて……」
「はい……この魔力の石は濃すぎるのです」
困った。そんな風に右頬に手を当てて瑠璃色の石を見つめたサラさんは、私に目を向ける。
「聖女様のお身体が心配です。こんなにも濃い魔力が込められた石を出されては……身が持たないでしょう」
そう言われてみれば、加減がわからずにあまりにも濃い石を作ってしまったのだろう。一人に付き一つ持つようだし、大量生産しなくてはいけないのだ。これでは私の身が持たない。
いくら聖女とは言え、魔力が無限にあるわけではないだろう。
「……あ。もしかして、これのせいかも」
私は原因を発見した。
指にはめているラピスラズリの石がついた指輪。
この世界では、魔力の石と呼ばれるくらいだ。なんらかの影響を与えている可能性があるかもしれない。
「それも、聖女様が出したものですか?」
「いいえ。これは私の世界にあったものです……外してもう一度石を吐いてみますね!」
ラピスラズリの指輪を外して、踊り場に置く。
中央に戻って、もう一度、集中した。
ーーーー水。水。水。
「ごほっ」
咳き込むと同時に吐いた石の色はーーーー。
「あれ……瑠璃色」
透けない濃い色の石が、ポツリ。さっきと同じサイズだ。
「んー……どうしてでしょうか」
「聖女様、一度水から上がりましょう。もう石を出すのは、これくらいにしないとお身体に障ってしまいます」
サラさんは、青い顔をした。
レベル30の魔力の石を続けて出したからだろう。
でも別に目眩が起きなければ、気分も悪くない。
それでもテュス様が手を差し出すから、その手を取った。
いつの間にか、もう一人メイドさんがいる。小柄な彼女が持ってきてくれたタオルで、足を拭ってもらう。水を吸い込んだスカートも絞ってもらった。
「ん? あったかい」
やけにあったかいと思えば、どうやら熱の魔法を行使してスカートを乾かしてくれていたらしい。
「申し訳ありませんっ! 熱かったですか?」
無表情だった小柄なメイドさんは、青ざめた。
「いいえ、全然大丈夫ですよ。ありがとうございます」
私が笑って見せれば、顔を伏せて作業を続けてくれる。
魔法。魔法か。
……あれぇええ? 私。昨日魔法使ったよね?
とても今更ながら、その点に驚いた。
魔法使っちゃったよ。魔法使って、熱い紅茶を冷ましたよね? ね!?
漫画を読んでて羨ましいと思っていた魔法を使える。
とても今更ながらも、感動を覚えた。
「乾きました、聖女様」
「ありがとうございます」
「……ありがたきお言葉っ」
ぱっと明るい顔を上げた彼女に、もう一度お礼を伝える。
いや。ほら。接客業もしていたアルバイターとしては、人に優しくしたいじゃん?
お礼を言うくらい普通だと思うけれどなぁ。
低姿勢なこの世界の住人さん達、もっと顔上げていこう。と心の中で励ました。
「ナツカ様、指輪をはめますか?」
「あ、はい」
指輪を拾ったテュス様から受け取ろうとしたのだけれど、先に手を持たれる。そのまま、中指にラピスラズリの指輪を通された。
そんなテュス様を見つめてしまう。
だって、真剣に指輪をはめる姿。無駄に色気が出ていたのだ。
この人、色気があり余っている。
視線に気付いたテュス様が、笑みを浮かべて、何か? って顔をした。
私はなんでもないと込めて、微笑みを返す。
とりあえず私は休むように言われたので、部屋に一人残された。
テュス様は、部屋の外で待機するとのことだ。
「……暇だ」
漫画の続きを読み終わっても、サラさんは戻ってこない。
私はソファにだらしなく、凭れた。
「……」
ぽっ、ぽっ、ぽん!
そうだ、魔法を練習してみよう!
私は起き上がった。
レベル30の魔力の石を二つも生成してしまって、魔力の消耗は激しいだろうけれど、私には恐らくレベル50くらいの魔力の石がついている!
多少の魔法くらい使っても平気だろう。
例えば、紅茶を冷やすとか。
「……ないけど」
紅茶がない。
「あ、そうだ!」
ショルダーバックに無理に詰め込んだミネラルウォーターを取り出す。
残り50mlくらいの飲み水。
これを凍らせてみよう。
「……呪文、はいらないのか」
さっきのメイドちゃんも唱えていなかったから、こういう類のものに呪文はいらないのかもしれない。
私も昨日はイメージしただけで使っていたようだし。
「それでは……」
ラピスラズリの石を右手の中に握りつつ、左手でペットボトルを持つ。
ーーーー水よ、凍れ!
念じてみれば、ピキッと軽い音が耳に届いた。
透明だった水は、少し白く染まり凍っている。ひっくり返しても、かっちりと凍ったそれは落ちない。
「魔法だっ!」
小声で喜ぶ。
頬に当てると、ひんやりとして気持ち良かった。
「次はぁ〜……」
どうしようかな。
そうだ。水を出してみよう。
ペットボトルの中の水を増やしてみることにした。
ラピスラズリの石をギュッと握り締めて、念じる。
ーーーー水よ。水。水。
凍ったペットボトルを見つめていたけれど、ハッとする。
周囲に、小粒の水玉が浮いていたのだ。透き通る透明な水の玉。それが数多、私の周りにある。
雨が止まってしまったような光景は幻想的。
それは徐々に渦を巻きながら大きくなっていき、そして。
バシャン!
いきなり重力に従い、水は全て落ちた。私に降り注ぐかのように。
ソファとスカートがびしょ濡れになってしまった。
や、やべー。なんか盛大にやらかしてしまった!
私はサラさんが戻って来る前に、慌てて部屋の外に待機しているであろうテュス様達を呼んだ。
「すみません! あの、水を蒸発させる魔法を使って欲しいのですけど」
扉を開けると、そこに立っていたのはテュス様だけだった。
びしょ濡れの私を見るなり、テュス様は何故か上着を脱いだ。
どうしたのかと思えば、その上着を私にかけてくれた。
「どうなさったのですか?」
きゅっと前を締めながら、問う。
「あ、えっと、水を出す魔法を使ってみたら、びしょ濡れになってしまいまして……一緒に乾かすの、手伝ってもらえませんか?」
「……ナツカ様。休むよう言われたはず」
「うっ」
眉毛を下げた表情で心配しているテュス様は、やっぱり何だか色気があり余っている。
「この石があるならへっちゃらだと思って……」
言い訳をしようとしたけれど、心配の眼差しに負けた。
「ごめんなさい……」
「では、今乾かすので、じっとしていてください」
「あ、この魔力の石を使ってください」
「いえ、石を使うほどの魔法ではありません。大丈夫ですよ」
私が盛大に水をぶちまけたソファと私に魔法を行使する。
ポカポカとする魔法で、水が蒸発していく。
乾燥機で乾かしたばかりの服を着たかのように、ホクホクしている。
もちろん、ソファも乾いた。
「ありがとうございました、テュス様」
「これくらい、どうってことありません」
お礼を伝えると、テュス様は嬉しそうに微笑んだ。