03 理解した。
この国は、ギューフストーンという名。
かの昔から、【聖なる水場】に絶えず祈りを捧げることで、いつの日にか異なる世界から聖女が参じると言い伝えがあるそうだ。
聖女は、石を吐く。魔力の源の石だという。
それは人々に魔力を与え、希望も与える。
ギューフストーン国は、魔物が住まう森に囲まれているのだ。
戦うためには、聖女が吐く石が必要だと言われてきたほど、元々人間の魔力は多くないという。発掘される石が、今まで代用されてきたが、やはり聖女の吐く石が必要だと人々が毎日のように祈った。
猛暑日が続き、倒れる者が続出する中、ふと気温が下がった途端だ。
私が現れたとのこと。
場所を変えてもらい、王様とその側近達だけで、応接室のような部屋で、それを教えてもらった。
「ご存知ではないのですね」と困惑を見せた彼らは、すぐに「それでは驚きと混乱を抱いているでしょう」と気遣ってくれる。
「無知で大変申し訳ないです。つまりこれは、魔力の源なのですね?」
私は人差し指と親指で持てるサイズのラピスラズリを見せる。
もちろん、私が吐いた石だ。
「そうです、聖女様」
側近の一人が頷く。
「私の役割は、この石を作り続けること……で間違いないでしょうか?」
他にやることでもあるのだろうか。
魔物と戦えなんて言われても、無理だろう。
「はい、聖女様。戦う時の糧にさせてもらえれば、騎士団も存分に活躍が出来ます」
「……いつまで」
いつまで、私は石を吐き続けなければいけないのだろうか。
「帰りたいのですね……」
王様が口を開く。
「突然、異なる世界の国を救ってくれと言われても、戸惑うばかりでしょう。しかし、残念ながら、我々は聖女様が異なる世界に戻る方法を知らないのです。お役に立てず、申し訳ありません」
向き合うように座っていた王様は立ち上がり、深く頭を下げた。
「代わりに……我々が差し出せるものは全て差し出し、聖女様が何不自由ない生活が出来るように最善を尽くします。どうか、お力をお貸しください」
「顔を上げてください、王様」
側近の人達も王様と同様に頭を下げてしまったので、私は上げるよう伝える。
「事情はわかりました。私の力で良ければ、お貸しします」
そう力なく微笑んで見せた。
「その前に休ませていただいてもいいでしょうか? 心の整理もしたいので」
「はい。部屋は用意させましたが、気に入らぬなら仰ってください。聖女様、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私は夏華です。どうぞ、ナツカと呼んでください」
「ナツカ様ですね。私はオフリート・ギューフストーンです。オフリートと呼んでください」
そこは陛下とか王様じゃなくて?
では、オフリート様と小さく呼んでみた。
私はこの国のトップ達から解放されて、案内された部屋で一息つく。
なんだか高級ホテルの一室を与えられた気分だ。
ベッドルームとリビングルーム、そしてバスルーム付きだった。
ベッドはキングサイズの天蓋付き。光沢の布が垂れたもの。
リビングに置かれたテーブルや椅子は、高級品っぽい。
ここが私の部屋になるのか。高級すぎるからもっと庶民的な部屋を、なんてワガママ言えない。
きっと私のドレスを用意した時のように慌ただしく、精一杯用意してくれたものなのだろう。
「あの、もう休みますので、着替えを」
ください、と言おうとした。
けれどあの毅然とした態度のメイドさんが、スッと白のネグリジェが差し出される。きっとこのメイドさん、一番優秀なのだろうな。
そんな優秀なメイドさんでも、緊張で手が震える聖女の私。責任重大だ。
また吐きそうだけれど、石が込み上がるのじゃなくて、緊張のせい。
自覚していないふりをして、着替えさせてもらったら、メイドさん達に下がってもらった。その直後、豪華すぎるベッドにダイブ。
大きすぎる不安を無視して、まどろみに意識をゆっくりと沈めた。
そう言えば、買ってきた漫画を読んでいない。
思い出した私の意識は、浮上した。十分眠ったからだろう。
歳を重ねるごとにだんだん一気読みがきつくなってきて、積み重ねてしまう、いわゆるオタクの老いを感じていたのだけれど、やっぱり読みたい漫画はすぐに読みたいわけで起き上がる。
自分の置かれた状況を忘れて、物語に浸りたいとも思った。
ネグリジェ姿でベッドルームを出て、リビングルームのテーブルの上に置かれた荷物を漁る。袋から漫画を取り出して、一冊を手にし、ソファに腰を沈めて読み始めた。
そうそうあの続きだったと思いながら、読み進めていく。
ラブコメなシーンでクスッとしていれば、お腹の虫が鳴る。
そうだ、昨日は朝ご飯しか食べていないではないか。
流石にお腹が空くわ。
途中だけれど、漫画を閉じて、メイドさんを呼ぼうとした。
でもその前に、扉が開かれる。
「おはようございます、聖女様。朝食が出来上がりました。お召し上がりになりますか?」
「あ、おはようございます。お腹が空いていたので、ぜひいただきます」
ずらりとテーブルの上に並べられるのは、焼き立ての匂いがするパンの山。そしてスクランブルエッグが盛り付けられた大皿。こんがり焼かれたベーコンやチキン。そして山盛りのサラダ。
明らかに一人分じゃない量に、お腹の虫も鳴き止む。
これは……全部食べろってことじゃないよね?
食べ放題のバイキング形式で、好きな量を盛って食べればいいんだよね?
あれからな。昨日から食べてないから、好きなだけ食べろってことかな。
当惑していれば、小皿にメイドさんが盛り付けてくれた。
いただきます、と手を合わせてから手をつける。
「そう言えば、お名前を聞いていませんでした。私は夏華です」
「わたくしは、サラでございます。どうぞお好きに呼んでくださいませ。聖女様」
「私のこともナツカと呼んでください、サラさん」
「それは恐れ多いです……聖女様」
名前を呼ぶだけなのに?
パンをちぎって食べながら、私はサラさんがそうしたいならばと引き下がった。
王様も跪くような存在の名前を気軽に呼べないってことなのだろう。
でも聖女様と呼ばれて反応出来るか、自信ない……。
「ごちそうさまでした」
腹八分目くらいで食事を切り上げた。
食べれなかった分の料理を見送ったあとは、着替え。の前に入浴。
手伝いは結構と断りを入れて、それほど時間をかけずにサッと洗った。
髪、身体、顔の順番で、すっきり。
用意されたタオルを巻いてバスルームを出たら、サラさん達が待ち構えていた。ローズオイルを肌に塗られ、そして着替えを手伝ってもらうはめになる。ローズオイルで、華やかな気分だ。
ただでさえ、お姫様気分なのに。
肩まで届く無駄に量の多い前下がりの髪も丁寧に乾かしてもらい、その上編み込みをしてもらい、束ねてもらった。
そして、今日もドレスである。
袖にフリフリのフリルをあしらった白のブラウス、その上に深い緑色のコルセット付きハイウエストロングスカート。 よく見れば、花の刺繍がされているスカートだ。エレガント。
「……今日、何か予定ありますか?」
昨日と同じく、王様と会う予定なのかと問うてみる。
「聖女様から石を頂戴する予定ならありますが……」
私から石って、あれだろう? 吐くのだろう?
「えっと、つまりこれですよね?」
「はい……しかし、それほど高貴で高度な魔力の石を頂くわけにはいきません」
昨日吐いたラピスラズリを差し出そうとしたけれど、サラさんはお辞儀をしてやんわりと拒んだ。
「高貴で高度?」
このラピスラズリの石が?
そんなに魔力を秘めている石なのだろうか。
「えっと、わかりました」
要は他のものを差し出せってことだろう。
ちょっと首を傾げて考え込む。
「……どうやって、石を吐くのですか?」
石吐き聖女みたいだけれど、このラピスラズリを吐いてから、石らしきものは込み上がってきていない。
純粋な質問に対して、ちょっと間が空く。
やがて、サラさんは口を開いて教えてくれた。
「水……です。言い伝えによれば、水から力をもらい、聖女様は魔力の源の石を出すそうです」
「ああ、なるほど。だから、【聖なる水場】で祈りを捧げていたんですね。じゃあ……【聖なる水場】に連れて行ってくれませんか?」
納得をした私は、早速飛び上がるようにソファから立ち上がる。残念なことに玉座の間で圧巻な光景を見たせいなのか、道を覚えていないので案内してもらわないと行けそうにない。
「えっ。今から向かわれるのですか?」
「はい。……何か都合が悪いですか?」
「いえ、そうではないのですが……」
サラさんがギョッとした表情を垣間見せたのも束の間。毅然とした態度で「ではご案内致します」と言ってくれた。
20190803