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02 帰れない。




 瑠璃色の艶めきを放つ石を観察する。

 どう見ても、ラピスラズリだよな、これ。

 自分が右手の中指につけている指輪に目をやる。幸運を呼ぶとかで、一番好きなパワーストーンだ。次に好きなのは、誕生石のペリドット。ちなみに三番目は、アメジスト。素敵な恋人を招き寄せる石とかで、まだ恋愛をしてみたいと思っていた頃に願っていたことがある。運命の人とやらを願っていたりして。

 そういうパワーストーンの効果を信じているせいで、石を吐くような女になってしまったのだろうか。

 そんな娘に育った覚えはありません……。


「……」


 あれから、修道女のような女性の悲鳴で人がわらわらと集まってきて、私は拝まれた。それから、屋内へと案内されたのだ。

 汗を拭いたくて、とりあえずショルダーバッグから、小さなタオルを取り出して拭う。足元が濡れていたので、急いだ様子でタオルを持ってきてくれた修道女の人にお礼を伝える。


「め、滅相もございませんっ! ありがたき幸せです!」


 熱中症じゃないか、って思うほど真っ赤な顔をして、その女性は下がった。

 タオルは他の女性が受け取り、私のサンダルごと拭いてくれる。

 も、申し訳ない……。

 その人にもお礼を伝えたのだけれど、反応は同じだった。

 どうやら、私は城のような建物にいるようだ。さっきの場所は中庭の一つってところだろうか。

 え。じゃあ、これから案内されるのは、もしや玉座の間!?

 とか思っていたけれど、案内されたのは談話室のような部屋だった。

 そして、私は一人にされて待たされる。

 けれども、扉の向こうが騒がしいことは耳にしていた。

 あれではない、これではない、それでもない。

 私はソファーに座ってぼんやりと、開かない騒がしい扉を眺めた。

 やがて、それが開く。


「失礼します」


 入ってきたのは、また女性。髪を結ってあって、メイドを連想させるフリルドレスを着ていた。


「聖女様、お茶はいかがでしょうか?」


 頭を下げ、微笑みを浮かべた女性は、毅然としていると印象を抱く。


「あ、じゃあ、いただきます」


 断るのもなんだし、私は紅茶を淹れてもらうことにした。

 すぐにメイド服の女性は、持ってきたカートの上で紅茶を淹れる。

 それから私の前に、置こうとした。するとカタカタと音が鳴る。その音の原因は、カップと受け皿が震えているからだ。つまり、毅然に見えて、彼女も緊張をしている。

 それを察した私はすぐにラピスラズリの石を持った手で、受け皿ごと受け取った。


「ありがとうございます」

「お礼のお言葉、ありがたく頂戴いたします」


 やっぱり表だけは毅然な人で、笑みで返される。

 ふむ……。受け取ったはいいけど……。

 熱い!! この紅茶!!

 私は微笑みを浮かべたまま、ローズティーであろう紅茶を見下ろした。

 多分、水に濡れたから熱いものを、と思ったのだろうか。なんかさっきそんな声が扉の向こうから聞こえた気がした。

 炎天下にいた私に、熱い紅茶を飲む気力はない。

 でもメイド服の女性はおかわりを提供出来るようになのか、待機している。

 そう言えば、カップの受け皿って何か役割があった気がすると思い出した。確か熱い紅茶を冷ますために……なんだっけ。

 私は気になってしまい、ショルダーバッグからスマホを出した。

 検索しようとしたのに、スマホは真っ黒。電源がつかない状態だった。

 あ。そうか。使えるわけがないよね。

 だってここ異世界だもん。あはは。

 乾いた笑いが木霊する頭で、またせめて脳内だけは涼しくなるように氷をイメージした。


「ん?」


 いざ飲もうと、ふぅーっと息を吹きかけたら、どうだ。

 熱が感じられなくなった。変わらない赤みの強い茶色の水面。

 飲んでみれば、ぬるくなっていた。ちょっとひんやりしている。

 さっきまで飲むことを躊躇してしまう熱があったはずなのに。


「申し訳ありません、聖女様。熱かったでしょうか?」


 毅然な態度だったメイド服の女性が、流石に申し訳なさそうな表情になった。


「ああ、いえ、気にしないでください」


 私は和やかに微笑んで、冷たくなった紅茶を飲み干す。

 ……なんで、冷たくなったんだろうか。


「今って……季節は夏ですか?」

「はい。夏でございます」

「なのに、熱いお茶?」

「聖女様は、【聖なる水場】に現れ、そのような格好をなさっているので、温かいものを用意すべきだと判断した次第です」


 そのような格好。ゆったりしたデニムと、薄手のシャツ一枚姿。暑くても短パンを履く勇気がなく、長ズボン。これが、寒いと判断したのだろうか。

 そう言えば、修道女の人も、このメイド服の人も、あまり肌を出していない服装だ。夏だというのに、足も二の腕も露出していない。

 あ。もしかして、私はしたない?

 この異世界基準だと、はしたない?

 そう理解したら、顔に熱が集中した。


「えっと……大変申し訳ないのですが、着替えをもらっても構わないでしょうか?」

「はい」


 恐る恐ると尋ねてみれば、一礼をするとコンコンとノック。

 扉が開かれれば、次々とメイド服を着た女性が入ってきた。

 手にはドレスを、私が見やすいように持ってくれている。

 ……用意済みでした。


「お好きなものをどうぞ」

「は、はい……」


 バタバタしていたのは、このためか。そう納得しつつ、私はドレスを選ぼうとした。

 ひらひらのレースやフリフリのフリル。とても重そうに思えるドレスばかりだ。

 漫画で貴族令嬢やお姫様が着るようなやつだー。なんて他人事みたいな感想を心の中でもらしつつ、シンプルかつ動きやすそうなドレスはどれかと吟味した。

 やがて、メイドさん達が不安の色を顔に浮かべたので、白のブラウスとハイウエストロングスカートを合わせたようなデザインのドレスを選んだ。スカートの色は、黒かと思ったけど深い青色。

 選ぶと他のメイドさん達は、部屋をあとにした。

 残ったメイドさんが、私の着替えを手伝うものだから、赤面する。

 うう。恥ずかしい。

 でも一人で着られるようなものではないので、助かった。いや、頑張ればいけるけれども。

 下から上げて着たそれのコルセットの紐を締められつつ、ブラウスのボタンを閉じられる。

 胸と腹部辺りが窮屈さを感じるけれど、コルセット付きのドレスなのでそこはしょうがないだろう。断じて太っているから、きついわけでは……。

 またもやメイドさん達がぞろりと整列し、今度はブーティを見せた。

 サイズが合うものを履かせてもらった。白くて、後部に編み上げデザインがあるブーティ。可愛い。


「それでは、陛下がお呼びです」


 ギョッとしてしまう。

 王様を待たせているの?

 やっぱり玉座の間に行かなきゃいけないの?

 トホホ……。


「お荷物はそこに置いていて構いません」

「あー……はい」


 折り畳み傘とショルダーバッグを持とうとして、やめる。別に盗られても大したものではないので、置いておくことにした。


「あっ! 聖女様っ! 石をお忘れです!!」


 毅然な態度だったメイドさんが、咄嗟に声を上げたものだから驚く。

 え? 石? 必要?

 私は戸惑いつつも、テーブルの上に置いたラピスラズリを持つ。

 メイドさんは胸を撫で下ろすとハッとして「声を上げて申し訳ございません」と深く頭を下げて謝罪をした。

 別にいいですよーっと言っておく。

 理由がわかないけれど、ラピスラズリの石は持っていった方がいいみたいだ。

 まぁ、聖女だと言われている私が吐いたのだから、多分貴重なものなのだろう。幸運の石だとも言われているし、お守り代わりに握り締めた。

 石を吐くか。あの夢は、予知夢だったのだろうか。

 頭の片隅で思いながらも、玉座の間に通された。

 玉座の間は、神秘的な白の空間にある。そして朝焼け色のような赤いカーペットが続く先に、玉座があった。当然、そこに座っている人が王様だろう。

 そこまで行くように、促される。

 騎士らしき甲冑を着た男性達が整列しているし、空気は張り詰めているように感じた。

 転ばないようにしなくては。

 履きなれないブーティで盛大に転ぶ予感を抱いていれば、それが的中してしまった。

 カクン。

 盛大に転びたくない!!

 と思っても支え損ねた身体が、前に倒れようとした。

 そんな私に救いの手が差し伸べられる。

 カーペットの横に整列していた騎士の一人が、片腕で受け止めてくれたのだ。


「お怪我はありませんか? 聖女様」


 顔を上げれば、見目麗しい顔立ちの男性だった。

 見惚れてしまう。彼の瞳がアメジストのような色だったから、余計に目が離せなくなった。髪はプラチナブロンド。目にかかるくらいの長さがなんとも色っぽい。素敵な男性だ。

 しみじみ思っていたら、数多の視線に気付き、我に返った。

 見られている。私は注目を浴びているのだった。


「ありがとうございます」


 私はにこやかに笑って見せてから、再び玉座に向かって歩き出す。

 王冠を被った王様は、予想よりも若い男性だった。三十代か四十代の間だろう。カーペットよりも鮮やかな赤い色の髪を持つ凛々しい顔立ちの男性だった。

 彼の前で足を止めた私は、これからどうすべきかわからず、硬直してしまう。

 けれども、王様から動いてくれた。

 玉座から立ち上がった彼は、私の前で跪いたのだ。

 危うく、この場に変な声を響かせるところだった。それは飲み込む。


「聖女様……参じてくださり、誠にありがとうございます」


 凛々しい顔付きが、朗らかになる。きっと威厳ある王様なのだろう。そんな彼が、希望に満ちた表情をする。

 整列していた騎士達やその場にいた家臣らしき人達が、一斉に傅く。

 そんな光景は、圧巻だ。

 言えるわけがなかった。


 ーーーーいや、帰ります。なんて。


 スカートを折って、私は王様の前に両膝をついた。


「立ってください、王様」


 チキンな私はそれを言うことが、精一杯だったのだ。

 でも心の中では叫んでいた。

 説明をしてくださいこのやろう!!!



 

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