01 召喚された。
最近、石を吐く夢を見る。
夢占いによれば、吉夢らしい。スランプから抜け出せるとか、そういう類の暗示のある夢だ。
私としては、口の中の異物感は不安を覚え、吐くという行為は遠慮したい。そう思ってしまう夢だ。
そもそも、単純作業をするだけのアルバイターの私が、なんのスランプに陥るというのだろうか。
夢占いは当てになるのかならないのか、わからない。
季節は夏。うだるような気温の中、私は家から十五分ほどの距離にある本屋から歩いて帰っていた。ハマった好きな漫画の新刊を買って、家に帰ったら冷房が効いた部屋でまったり読むのだ。
そう涼しむ想像をして、なんとか日射と暑さに耐えながら歩いていた。
片手には、購入した漫画が入っている袋。もう片手には、折り畳みの日傘。日傘が活躍しているかどうかは、正直言ってわからない。ねっとりとした暑い空気しか感じないからだ。否、直射日光を避けているだけ幾分かはましなのだろう。そう言い聞かせた。
縁眼鏡がずり落ちそうになっても、両手の塞がっている私は直せない。
何故、日本の夏はこうも暑いのだろうか。
夏は嫌いじゃない。私の名前には、夏が入っているから、特別好きな季節だ。夏の華と書いて、なつか。それが私の名前。
夏生まれの象徴のように、やや地黒寄りの肌。
ふっくらと誇らしげに膨らむ白い雲に、澄み渡るような水色の夏空は好きだ。
でもやはり、夏は引きこもりたい。冷房が効いた部屋で、漫画を読んで笑っては胸キュンしていたい。
色白に憧れてあらゆる美白ケアを試しても、色白になってくれない肌には日焼け止めを塗っているだけ。ラベンダーカラーのそれは、色白と透明感をプラスするとパッケージに書いてあったけど、イマイチ実感はない。化粧なんて落ちてしまうならしない方がいいと思い、常にすっぴん状態。日中用の美白乳液を塗っているけど、きっちり化粧をする気はとうにない。
諦めてしまっているのだ。
いつからだろうか。現実に期待をしなくなったのは。
私は物語を通して、疑似体験するだけで、満足しようとしていた。
青春や恋愛なんて、物語が完璧に味あわせてくれるじゃないか。
ちょっぴりの悲しみや切なさも、物語から得られるもので十分。
愛おしさなんて、ヒロインと一緒に覚えればいい。
……喪女、決定である。
「おっと……」
黒のサンダルを履いた足がもつれて、危うく転びそうになった。
ヒールのないペタンコなサンダルだというのに、もつれてしまうなんて。
よっぽどバテている。そう自覚したら、厄介なもので、ぐらりと視界が回った。
あ、これはやばい。熱中症で運ばれるとお高いと聞いているから、気を付けてはいたけれど、それかもしれない。塩分と水分を補給して、涼しい場所に行かなくては。
どうしても好きになれない蝉の鳴き声を聞きながらも、遠ざかってしまいそうな意識を必死に握り締めた。
ぴたり。蝉の鳴き声が止んだ。
ああ、これは重症なのかもしれない。
せめて脳内だけは涼しくしようと、水をイメージした。それも凍り付くような冷たい水。
パシャン。そう水音が聞こえたかと思えば、足が水に浸かっていた。
それもひんやりしていて気持ちがいい。
「って!? ええ!?」
水溜まりにでも、入ってしまったのだろうか。
ギョッとする私は、ぼやけた視界では確認に苦労した。
なんだかクリアに見えていたはずの眼鏡が、急に合わなくなってしまったような。
「うっ」
その時、喉を異物が込み上がるのを感じた。
堪らず、私は吐いてしまう。
それは夢と同じだったけれど、まさか石を吐き出すとは思いもしなかった。
手にあったのは、私の唾液とそしてーーーー瑠璃色の石。それも加工されたような楕円形で艶めいていた。
え。何。夢?
夢にしては、べたついた汗がやけにリアルだし、足が浸かっている水は冷たい。でも石を吐き出した事実が、受け止められず、私は固まってしまった。
「ひっ……」
そこで聞こえる僅かな声。
目をやると、女性が座っていたのだ。
ずれた眼鏡がさらにずれ落ちると、はっきり見えた。
いや、眼鏡ないとぼやけてしまうのに、それはおかしい。けれども、急に視力は回復してしまったようで、やっぱりレンズ越しじゃない方がはっきり見えた。
女性は、修道院のシスターを思わせる服装をしている。でも白い大きな襟のブラウスに、黒と赤の布生地。帽子もお洒落な赤だった。胸には細い十字架がぶら下がっている。
眼鏡が視界の隅っこまでずれ落ちた私は、ようやく自分が噴水のような場所に入ってしまっていると知った。どうりで水に浸かっているわけだ。
あれ。でも。平凡な田舎町に噴水なんて洒落たものあったっけ。
ましてや私の帰り道に、あるわけがない。
「ひやあああっ!!!」
祈りを捧げるようなポーズで座っていた女性が、悲鳴を上げたものだから、私はびくりと震え上がった。
その拍子に、眼鏡が落ち、ぽちゃんという爽快な音を立てる。
「だ、誰か来てくださいっ!!」
え。何。ごめんなさい?
不審者を見付けたような反応をされてしまった私は、心の中で咄嗟に謝罪の言葉を出す。
「せっ、せっ、聖女様が現れました!!!」
ーーーーせいじょ、だって?
女性は確かにそう言った。私を目の前にして、そう言ったのだ。
私はずっと頭の上に掲げていた日傘を下ろした。
真上には天井がある。なんだかルーン文字にも似た文字が、並んだ魔法陣が描かれていた。私が入ってしまっている噴水をよく観察してみる。六角形で、やはりルーン文字に似た文字が彫られていた。
そこはどうやら召喚場所のようだ。
そして、私は召喚されてしまったよう。
奇しくも、私が買った漫画の一冊は、普通の女性が異世界に聖女として召喚される内容のものだった。
聖女。私が、聖女。
「……まじかー」
するりと指から落ちた袋が、ばしゃんと水の中に落ちる音で、私の間の抜けた声は掻き消えた。
また新作をあげてごめんなさい。
明日誕生日なので許してください。
石を吐き出す夢を見たので、そのネタを使って書き始めました。目指せラブコメ胸キュンものですが、いつも方向を誤るのでどうなるかはわかりません。
今日は三話まで投稿するので、よかったらそこまで見てってくださいませ!
20190803