第3話
「また玉ねぎ切っていたら朝に戻った……」
1度目は正夢を見ていたと思っていた。でも流石に2度も同じことが起きると夢と片付けるのは難しい。
まるでループしているかのようだ。そんな非現実的なことが起こるわけないのだが、そう考えてしまう。
6時30分。そうだ、今お母さんを起こせばお父さんのお弁当に間に合うかもしれない。
私はこの不思議な現象(非現実的だが、便宜上ループとでも呼ぼう)で2度も夫婦喧嘩にウンザリしていた。もしかしたら回避出来るかもしれない。
私はパジャマのまま、寝室に向かった。中を覗くと二人はまだすやすや寝ている。
既にお母さんがいつも起きる時間よりやや遅いが、少しでも早く起きた方が良いに決まっている。
「お母さん、朝だよ」
「……………」
「朝だよ。寝坊してるよ」
「……………」
ダメだ。完全に熟睡している。私はいつも自分がやられている最終手段に出た。
「お母さん‼︎おーきーてーー‼︎」
バザッ
私はお母さんの布団をひっぺがした。そしてすかさずカーテンを開ける。真っ暗な部屋に太陽の光がが眩しく差し込んでくる。
そして最後に部屋の電気を付けた。
「んっ……眩しい……」
「お母さん、もう6時30分過ぎたよ‼︎」
「⁈」
覚醒したお母さんは、目を見開き時計を見た。
「うわっ、もうこんな時間‼︎ありがとう、寧々子。珍しいわね、あなたがこんなに早く起きるなんて」
「ふわぁー。あれ?寧々子?どうした?」
どうやらお父さんも起きたようだ。
「うん、なんか目が覚めちゃって」
「お母さん先にご飯の用意するから、あんたは着替えて来なさい」
「はーい」
私は機嫌よく自分の部屋に戻り、身支度をした。身支度を終え、下に降りるとお母さんがご飯の用意をしていた。お父さんのお弁当も着実に完成に向かっている。これなら、間に合いそうだね。
私はパンを出してトースターに入れた。そして冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。
「こらっ、歩きながら飲まない‼︎」
「はぁーい」
私は飲むのをやめて、席に着いた。
「いただきますーす」
私は先に机に並べられているおかずを食べ始めた。
時計を見ると7時5分。あっ、猫。一人で待っている時に、怪我している猫に会うんだった。すると、チンっとトースターが鳴る音がした。パンが焼けたようだ。私は取り出しバターを塗る。そして急いで席に戻り残りのおかずとともに食べた。
「全くなんでそんなに慌てて食べてるのよ。まだ時間があるんだから、ゆっくり食べなさい」
ごもっともだ。しかし、今の私には時間がない。冬季也が来た時いなくなってたから、その前に会わないと治療できないかもしれない。猫好きとして、それは見過ごせないことなのだ。
「ごちそうさま‼︎」
私は残っていた牛乳を一気に飲み干し、玄関へと向かった。
「あっ、包帯」
私は手当ての道具を思い出し、もう一度リビングに戻る。ついでに手も綺麗に洗っておこう。お母さんは不思議そうな顔をしているが気にしない。
私は包帯を持って猫の元へと急いだ。
「にゃーん」
いた。ちゃんと同じ場所にいる。良かった。私は庭先で濡らしたティッシュで傷口の汚れを落とし、乾かしてから包帯を巻く。3度目となると手馴れたものだ。最初よりかなり上手に巻けている。
やはり、夢の線はないのかもね。だって夢としてみていただけで上達ってするのかな?それとも、実際に動いてやっていた感触が残るくらいリアルなものだったから、体が覚えているとか?でもそれなら、ループの方がしっくりくる。
「寧々子?」
「ひゃあっ⁈」
私が考え事をして固まっていると、冬季也が後ろから声をかけてきた。前を見ると、猫はもういない。
うん、やっぱり冬季也がくる時にはいないのね。
「おはよう、冬季也」
私は立ち上がり、冬季也の方を見た。2回目までは両親の喧嘩の話をしたが、今回は喧嘩を回避出来た。
あっ、小テスト‼︎2回目の時に勉強したけど、時間が短かったからなあ。前回勉強出来なかった部分をしなくちゃね。
「ごめん、私ちょっとやる事があるから今日は先に行くね」
「えっ、ちょっと……‼︎」
「また後でねーー‼︎」
私は走って学校に行った。そして学校に着くとそのまま図書室に直行する。
図書室の扉を開けると、数人の生徒が本を読んでいた。試験前ではないので、人が少ない。私は椅子に腰掛け、英語のテキストを開いた。
問題も二回見てるから覚える箇所は大体わかる。私は問題を思い出しながら、必死に覚えた。
今回は予鈴の前に片付け始めたので、本鈴がなる前に席につくことが出来た。
「はよー、今日はどうしたんだ?」
「朱鷺、おはよー」
朱鷺は隣の席に座り、声をかけてきた。現在席がお隣同士なのである。
「やる事があったって、冬季也から聞いたけど」
「ああ……うん。先週の授業で分からないことがあったから、家で復習しようとしてたんだけど、それを忘れちゃって」
「図書室に行ってたの?」
冬季也も会話に加わった。
「うん。今週ついていけなかったら困るなって思って」
「寧々子は真面目だなー」
「真面目なのは、冬季也の方だよ。冬季也は復習してるんじゃないの?」
「まあ、基本は当日に復習するね」
「ほらっ‼︎」
「いや、こいつは次元が違うから」
そんな話をしてる間にHRが始まった。そして、運命の一時間目。英語の時間がやってきた。
そして小テストが配られた。……うん。中身は全く同じだ。今日も勉強したし、前回よりたくさん解けそうだ。
結果、今までで一番手応えを感じた。9割はあってる気がする。私は機嫌よく一時間目を終えた。
「疲れたーー、全然出来なかったし」
授業が終わり、朱鷺は机に突っ伏した。私は今回は楽勝よ。なんたって3回目なんだから‼︎
「あれ?寧々子は?出来たの?なんか凄く上機嫌だけど」
朱鷺は疑問を投げかけた。
「うん、今回は休みの日に復習したしね」
「それは良かったね。じゃあその習慣をちゃんとつける為に、週末は勉強会をしようか」
「冬季也、寧々子は今週末は、オレと一緒にクロワッサン作るんだ。もうすぐ暑くなるから、作りやすい時期に作りたいって言ってたもんな」
朱鷺は少しムッとしている。
「もっ、勿論作るわよ。でもクロワッサンって待ち時間長いし、その時間に勉強は私も賛成。勉強会もしよ‼︎」
……成る程。私が話す言葉が変わると、展開も少し変わるのね。まあ、そりゃそうか。変えたくない場合は、同じように行動しないとね。
そうして私たちは、クロワッサンの話をして放課が終わった。
三時間目の前の放課。次は調理実習だ。
私は二人に調理実習の件を伝えて、実習室へと行った。
着いて早々、誰にクッキーあげるのかとか聞かれる。私は前回と同じくタッパーをおもむろに出し、幼馴染を強調して事態を回避した。
さて、ここからが問題なのである。私は二度、玉ねぎを切って朝に戻っている。
玉ねぎを切ることがキッカケなの?そんなバカな。なんて変なキッカケなんだ。他に何か……。
「涙……」
私は玉葱を切り、涙を流している子を見て思い出した。そうだ、涙だ。二回とも目がしみて、涙が出たら朝に戻っていた。
だとしたら、このループは涙を流すとその日の朝に戻る可能性が高い。どこかで立証しなくてはいけないが、それは今ではない。この場面以外で泣いて朝に戻れば、ほぼ確定だろう。
まずはこの調理実習を涙を流さずに乗り切らなくては。
私はクッキー作りを担当することにした。玉葱を切らなかったからか、それとも涙を流さなかったからか、今はまだ分からないが取り敢えず調理実習を無事乗り切ることが出来た。
調理実習を終えた私は教室に戻った。
教室に戻ると、男子たちが妙にソワソワしている。ああ、成る程。クッキーね。
自分はもらえるのだろうか、誰が誰にあげるのだろうか。皆気にしている。プチバレンタイン状態だ。
辺りを見渡すと、嬉しそうにクッキーを頬張る人や、廊下や教室で渡している人がいる。今渡しているのは主に付き合っている人とかだろうけど。多分人目につかない場所でとか、放課後とかにこっそり渡す子も多いだろう。
その中で異様に人だかりが出来ている場所がある。原因は朱鷺。
皆、朱鷺にクッキーを渡したくて集まっているのだ。ああ、今はあそこに近づきたくない。しかし、私の席は朱鷺の隣。しかも私はあげる約束をしている。多分見つかると朱鷺の方から来る。
私は落ち着くまでどこか散策していようと思い、踵を返した。
だがもう遅い。既に私は朱鷺に目撃されていた。
「寧々子‼︎」
朱鷺が私に向かって叫ぶ。私はゆっくりと向き直る。若干苦笑いだ。そんな私に御構い無しに、朱鷺は席を立ち私の所に来る。お願いだから席を立たないで。ファンの子が睨んでいるから。
朱鷺はそんなファンの子は見えていないのか、私の前でニコニコしている。幻覚で耳と大きな尻尾が見えてきそうな感じだよ。まるででっかいワンコだ。
そんなでっかいワンコもとい朱鷺は、私の前で両手を前に出している。
私は溜息をついて持っていた手提げからタッパーを出した。すると案の定パアッと目を輝かせて満面の笑みを見せる。こんなに喜ばれて悪い気はしない。でも朱鷺が作ったものの方が数倍美味しいじゃない。
私は内心複雑な気持ちであった。
「ありがとな、寧々子。とっても嬉しいよ」
お願いだからこれ以上は勘弁してーー‼︎そんな私の願いは虚しく、朱鷺は嬉々として右手にタッパーを持ち、左手で私の手を引いて歩き出す。
「⁈」
いやいやいや、ここ教室だから。皆見てるから‼︎私は恥ずかしさで体が熱くなるのを感じた。皆の視線が痛い。怖い。恥ずかしい。私は思わず涙が出そうになった。
やっ、やばい。
しかし、もう遅かった。堪えた涙は私の目に収まりきらず一筋の涙をこぼす。
そして視界が暗くなり、私は意識を失った。
***
「やっちゃった……」
目を開けてスマホを確認する。
4月20日 6時30分
「……4度目なんですけど」
私は盛大な溜息を吐いた。