第1話
あなたは不思議な体験をしたことがありますか?私はあります。
ーーこれは私と二人の幼馴染と猫の不思議な物語ーー
家の前で集合して、三人で一緒に登校する。これは私たち三人の日常である。実に8年も続いている。長いな。
隣の家を見ると、桜の木の花がまだ少し残っている。私はこの春、高校二年生になった。今日は4月20日で、新しいクラスにも馴染み始めた。仲の良かった女友達とはクラスが別れてしまったが、今年は幼馴染二人と同じクラスになった。来年は大学受験の関係で全員同じクラスにはならないだろう。最後の同じクラス。来年は受験で楽しめないし、折角の同じクラスだ。めいいっぱい楽しもう。
「7時15分か。ちょっと早過ぎたかな」
私は時計を見た。いつもは7時30分集合にしているので、まだ二人は来ない。なぜ今日は早く出てきたかというと、両親が絶賛喧嘩中だからだ。いつもならお母さんに怒られて起きるのだが、今日は早く目が覚めた。
身支度を整えて階段を降りると、両親が喧嘩をしていた。内容はお母さんが寝坊してお父さんのお弁当がないという話だ。
このように毎度ちょっとしたことで二人はヒートアップしている。喧嘩してる中に居たくないし、暫くは収まらないので、私はそーっと家を出た。
今家を出て、外でいつものように待っているが、我が家からは喧嘩の声が聞こえてくる。お願いだから、お父さんさっさと仕事行ってよ。近所迷惑で恥ずかしいんだけど‼︎
私は心の中でそう呟きながら時間を潰していた。
すると電柱の陰に一匹の猫がいた。真っ白な猫。緑と黄色のオッドアイでとっても可愛い。野良猫はたまに見るが、この子は初めてだ。多分飼い猫だろう。でも、首輪はしていなかった。
「ふふっ、五月蝿くてごめんね」
「にゃーー」
まるで私と会話をしているみたいに鳴いてくれた。
「猫ちゃん、私もネコって言うの。時坂 寧々子って名前なんだ」
「にゃーーん」
私はしゃがみ、猫を撫でる。すると、左前脚を怪我していた。血が出ていて痛そう。
「ちょっと待っててね」
私は猫にそう言い、家の中へと戻った。家ではまだ両親が喧嘩していた。私はそーっとリビングに入り、救急箱から包帯を取り出す。そして家を出ると、小走りで猫の元へと行った。
「ちょっとしみるかもだけど……」
私は庭先の水道で濡らしたティッシュを傷に当てた。
「にゃっ⁈」
猫は痛そうに叫ぶ。
私はさっと傷に付いている汚れを落とした。そして乾かして包帯を巻く。すると猫は次第に大人しくなった。
猫を抱えて水道で洗うのは難しいし、この方法で大丈夫だったかな?
少々不安になりながら、私は手当てを終えた。
「にゃーー♪」
猫は嬉しそうに泣いている。良かった。
「寧々子、なにしゃがんでいるの?」
「ひゃあっ」
振り向くと冬季也がいた。
我妻 冬季也。私の幼馴染の内の一人。生まれた時からの付き合いで、付き合いが一番長い友人だ。漆黒の髪と瞳で肌は色白。黒縁メガネをかけており、前髪は少し長く、後ろはスッキリとしている。身長は170cmくらいで、細身の体型だ。
お父さんがお医者さんで、冬季也自身も医学部を目指している。とても優秀で、入学式の新入生代表の挨拶をした。冬季也の学力ならもう少し上の学校も行けただろうに。何故この学校にしたかと聞いたところ、家から一番近いからと言われた。冬季也らしいというか何というか。
私は医学部志望ではないから、一緒なのは高校まで。私は薬学部志望だから、もし同じ大学に入れたら、学部は違うけど一緒にはこうして通えるのかな。
冬季也と同じ大学となるときっと私の実力では難しいかもしれないが。一緒に通えたら良いな。
私はそんな事を考えながら、冬季也をじっと見つめていた。
「なに?」
「えっ、いや……。あっ‼︎猫‼︎」
私は後ろを振り向いた。しかし、猫はもういない。もう行ってしまったようだ。
不思議な猫だったな。またどこかで会えたら良いんだけど。
「猫がどうしたの?」
「うん、さっきねーー」
私は、先程までの出来事を冬季也に話した。
「珍しく早く来てると思ったら、そんなことが。まあ、手当てしたんだし、どこかで元気にやっているよ」
「そうだね。それよりもうちの両親だね」
私はそう言い、我が家を見る。まだ喧嘩の声が聞こえてくる。一体いつまで続けるつもりだろうか。
「でも、言い合うだけマシだよ。うちは一ヶ月、冷戦状態だからね」
どうやら冬季也の両親も絶賛喧嘩中のようだ。しかし、一ヶ月もとは……なっ、長い。
我が家の喧嘩は一時的に激しいが、基本的にはその日の内に仲直りがルールだ。仲直り出来なくて寝てしまった場合は、次の日には速やかに仲直りする。
だから、この喧嘩も夜お父さんが家に帰ってきた時に引きずることはまずないだろう。
その点は良いと私も思っている。喧嘩は良くするけど、仲は良いのだ。自慢の家族である。
「ごめんな、お待たせーー」
そうこうしているうちに、もう一人の幼馴染がやってきた。
「相変わらず遅いぞ、朱鷺」
「いや、1分遅れなだけだからーー‼︎」
日下部 朱鷺。もう一人の幼馴染。小学三年生の時に転校してきて、付き合いは8年目に突入。金髪に焦げ茶の瞳。髪は少し襟足が長く、後ろで一つに縛っている。
よく染めていると誤解されるが、実は地毛である。確かおじいちゃんがフランス人だったかな?それで金髪らしい。顔は日本人よりだが、目鼻立ちはハッキリしており、所謂イケメンだ。身長は高く180cm以上ある。筋肉はしっかりついているが、ムキムキではなく細身だ。その風貌から学校で「王子」というあだ名で呼ばれており、ファンクラブまで存在する。
そんな人と幼馴染な私は、女子に色々言われるのだ。そりゃ私が美女だったら、美男美女でお似合いだから言われないんだろうけど。残念ながら、私の容姿はいたって平凡。焦げ茶の髪と瞳。髪は腰近くまであり、前髪はまっすぐ切り揃えられている。中肉中背で身長は155cm。
化粧をすれば多少マシにはなるのだろうが、学校にはしていかないし、不釣り合いな容姿だ。
朱鷺に昔その事を言ったら、凄く悲しそうな顔をしていた。その後暫く朱鷺と話していない時期があった。でも、ある日ケロッとした顔で話しかけてきたんだよね。そこからはまた今まで通り。
そういや、その辺りからあからさまな嫌がらせとかは無くなったんだよね。何か関係があるのかな?
そうそう、私たち三人は名前に共通点があるのだ。皆どこかに「トキ」が入っている。
私の名前は「時坂 寧々子」。苗字に「トキ」がある。
二人の名前は「我妻 冬季也」と「日下部 朱鷺」。二人は名前に「トキ」が入っているのだ。
幼馴染三人の名前に共通点があるとか凄い偶然だ。なんか運命的なものを感じてしまう。冬季也に言うと「たまたまだよ」とか言われちゃうけどね。
私たちは歩いていると、パンのいい匂いが漂ってきた。
「ベーカリー クサカベ」
大通りにあるこのパン屋は、朱鷺の両親が経営しているパン屋だ。凄く美味しくて、私はオープンした時から、このパン屋の虜である。
朱鷺も両親の影響でパン作りをしており、私も朱鷺の影響でパン作りに興味が湧いて今や立派な趣味である。
朱鷺の家にはパン作りの道具が沢山ある。なので、週末は朱鷺と一緒にパン作りをし、その横で冬季也は参考書を読む。
作り終えたらそれを昼食に皆食べて、その後は遊んだり冬季也に勉強を見てもらったりする。そして夕飯は朱鷺の作ったご飯を食べて帰るのが、私たちの日常だ。
今週末はクロワッサンを一から作ることになっている。とても楽しみだ。
「「「朱鷺くーーん」」」
校門の前に着くと、朱鷺のファンクラブの女の子たちが待っていた。
私たちは一旦別れて、私と冬季也は先に教室へと行くことにした。
「おはよーー、今から小テストをやるぞーー」
一時間目。先生は開口一番に言った。教室内はブーイングの嵐だ。そりゃそうだ。月曜日の一時間目から英語の小テストとか嫌だし。先生は生徒にブーブー言われながらも、問題を配っていく。
始めの合図でやり始めると、分からないところが多々あった。私は英語が苦手だが、それにしたってこの分からなさはヤバイだろう。何とか解答欄を埋めるも、合っている気はしない。
英語は理系受験でも必要なのに……。私は受験が心配になってきた。
「疲れたーー、全然出来なかったし」
「私もーー」
授業が終わり、私と朱鷺は机に突っ伏した。
「冬季也は小テスト楽勝だったんだろ?」
「んーー、でも小テストの内容先週習った範囲だったし」
この言い方は、出来たに違いない。
「今週末は、冬季也に英語を教えてもらおうかな」
「いいよ」
すると、朱鷺が急に起き上がった。
「寧々子‼︎今週末は、オレと一緒にクロワッサン作るんだろ。もうすぐ暑くなるから、作りやすい時期に作りたいって言ってたじゃないか」
「勿論作るわよ。でもクロワッサンって待ち時間長いし、その時間に勉強しようかなと」
「あっ……そうか。そうだな、いつもは夜のうちにある程度オレがやってたけど、今回は一から一緒にやるもんな。出来上がるのも夕方以降だし、それがいいかもな」
「えっ、クロワッサンってそんなに時間がかかるの?」
冬季也が驚いて聞いてきた。
「ああ、冷蔵庫で生地を寝かせないといけないからな。でも、過発酵の心配がないから、出かける用事があっても生地を冷蔵庫にいれて出掛けれるからそれは利点だな」
「そうだね。寝かせている時間に買い物行って、帰ってきたら続きをとか隙間時間に出来るもんねーー。早く作って食べる事は難しいけど」
「さっき言ってた暑さって?」
「温度が高いと中のバターが溶けるからやり辛いんだよ」
「へえ。パン作りって奥が深いんだな」
冬季也は不思議そうに頷いていた。
「ーーよし、なら昼はオレが待ち時間にチャチャっと作るか」
「やったぁ」
私は両手を上げて喜んだ。
「あっ、そう言えば今日はお昼一緒に食べれないんだった」
「「なんで?」」
二人は口を揃えて質問した。
「女子は調理実習があるのよ、確かハンバーグ作るんだったかな」
「なんだ、お菓子じゃないのか」
「他にスープとオートミールクッキーも作るから、クッキーは持って帰ってくるわね」
「寧々子様っ‼︎」
朱鷺は私の両手を掴んで、目を潤ませている。近い近い‼︎手も離しなさい‼︎
というか、あなたは女子から沢山貰うでしょー‼︎ううっ、女子の視線が痛いよ……。
心の中で叫んでいると、冬季也が朱鷺の手を引き剥がしてくれた。
「オレも楽しみにしてるよ」
そう言い、にこりと微笑む。流石空気読める男。
三時間目。私は調理実習の為、調理室に移動した。今日のメニューは、ハンバーグ、コンソメスープ、オートミールクッキー。
デザートが焼き菓子なのは女子達の希望である。皆可愛いラッピングを持ってきて、男子にあげるのだ。
焼き菓子じゃないと持ち運びに不便だし、日持ち的にあげにくい。なので皆焼き菓子を作りたがるのだ。
「時坂さんは誰かにあげるの?」
調理実習が同じ班の子に聞かれた。他の皆も聞き耳立てている。
「えっと、冬季也と朱鷺と一緒に食べようかなと思ってて……」
私は色気のないタッパーを見せた。そう、私はラッピングはしない。タッパーに入れて、お昼に皆で食べる予定だ。
その方が効率的だし、下手にラッピングなんてしたら、朱鷺のファンの女の子たちが……。
どうやら思惑通り、ファンと思しき子たちはホッとしている。
「ねえねえ、我妻くんと王子どっちが好きなのー?」
「あっ、それ私も気になってたんだよねー。幼馴染の三角関係♪」
「ファンの子たちの前じゃ大声で言えないけど、王子って絶対寧々子ちゃんの事好きだと思う」
「分かるそれー」
班の子が次々に言い始める。こそこそ言ってるが、時折あがる黄色い声で全然ヒソヒソ話にはなっていない。
「さっ、さあ作り始めないと時間がなくなっちゃうね」
私は話題を逸らすべく、玉葱を切り始めた。
「うっ、目にしみる」
今日の玉葱は、なんだかいつもより目にしみる。私は涙を流した。
あれ?視界が急に真っ暗に……。
その瞬間、私の意識は途切れた。