「おとんち の御利益や!」
気がつくと、おてまりさんは、仏壇の前の
ど真ん中に座っていた。
そして、次々と、黒い服を着た大人が、頭を下げに来ては、
めいめいの席に戻って行った。
中には、手を合わせて涙ながらに拝んでくる老婆もあって、
不思議な緊張感がみなぎっていた。
いったい、今、何が起こっていて、
自分が何をしているのかがわからない。
それでも、次々と人々がやってきて、こちらも頭をさげる。
父は、末席にいて、やはり、多くの挨拶に対応していた。
呼びかけても届かない距離だと見て、おてまりさんは
諦めの境地で、黙々と挨拶を繰り返していた。
祖父の踊り事件の後、いさかいや、まずい場面に差し掛かると、
おてまりさんは、頭の中でおまじないのように、
「おとんち トントン」と歌うことにした。
不安で不安でたまらない、現在の心境を誤魔化すには、これしかないと
歌い続けた。
実際、家では、不穏な空気になれば、すかさず、祖父が歌って踊るようになっていた。
≪おとんち≫の一言で、言い争いもおさまった。
やがては、祖父が≪お≫といって、踊りの身構えをするだけで、
家の者が、いがみあうのを避けた。
おてまりさんも、嬉しくなって、祖父の≪お≫の掛け声で、踊りのポーズで身構えた。
そこから唄って踊りだしたい衝動にかられながら、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
御蔭で、家の中は丸くおさまったが、
おてまりさんは、すっかり、「おとんちソング」の魔法に夢中になっていた。
すると、「おとんち トントン」の効果で、情勢が変わった。
御坊さんの度胸が始まったのである。
いつの間にか、皆が席に着いていた。
おてまりさんは、会釈から解放されていた。
「おとんち の御利益や!」
「おとんち トントン」と歌って、場が鎮まると
祖父は、こう言って、満足そうな笑みを浮かべた。
場の空気が変わったことも、おてまりさんには、おまじないの効果が出てように
解釈された。