clone plays a game
私が彼の分身体となったのは、いつだっただろうか。確か十五年ほど前、彼が生まれて少しした時だったか。思えば長いものだ。
私は彼の分身体で、考え方、性格などもすべて同じだ。唯一違うのは喋り方だけと言っていい。といっても彼と話しやすくするために変えているだけなのだが。
私たちは一心同体だが、だからといって私たちは常に同じ時を過ごしている訳では無い。
――そんな私は、今。
「おい、ボケっとしてないで潰しに行くぞ!殺されてデスペナルティが欲しいのか?おい!」
ゲームで遊んでいる。
「はいはい、わかったわかった、だからすぐ近くで叫ぶな。現実じゃあるまいし音量調節できるんだから」
「あー、わり。つかさっさと行くぞ」
ゲームと言っても現実の彼らと同じものをしている訳では無い。やっているのは私たち電脳クローンの中のプログラマーたちが組み上げたものだ。
私たちの素体が寝静まった頃に全員で遊ぶのだが、これがなかなか面白い。現実世界で彼がやっていたものをよく見ていたが、ここまでとは思わなかった。
敵の攻撃から逃げ回りながら、隣で一緒になって走っている登録番号二千五百番と話す。
「しかし私たちのギルドも有名になったものだな。ここまで対ギルド戦になると集中砲火されるとは」
「そりゃお前が頭のおかしい鬼畜プレーばっかりやってるからだろうが。もっと優しくプレーしてあげろよ!全くお前の素体はどんな鬼畜なんだろうな、四百四十四番様よお」
「失礼な。私の素体は私と同じでとても優しい人だ。私と同じでね」
「いやいや、お前が優しいなら俺はどんな聖人君子だよ」
「それと、素体の詮索は禁止だ。わざわざそのために登録番号が名前になっているのだからな」
「おっとそうだったな、悪い悪い」
なんと失礼な。二千五百番は頭が悪いのだろうか。もっとちゃんとしてほしいものだ。
無駄話もそこそこに、私たちは建物の陰に隠れ、身を潜める。
「しかしこのゲーム、なかなかすごいものだな。私の素体が読んでいた小説に出てくるVRMMOとやらにそっくりだ」
「それはそうだな。今後俺たちの素体と一緒に向かい合ってゲームができる、そんな日が来るかもな。……っと、敵が来たみたいだぞ。準備しておけ」
「いや、もう大丈夫だ。そこに爆弾を仕掛けておいた」
閃光と共に悲鳴、どうやら敵を潰せたようだ。
「……おいおい、ここは剣と魔法の世界をモチーフにしたゲームだぞ?爆弾とかどうやって作ったんだよ」
「木炭や硫黄がドロップアイテムの中にあったんでな、融合スキルで作ってみたらできたんだ」
あのプログラマーたちも剣と魔法だけしかない世界だとは言っていなかったしな。それに、銃などは流石に作れなかった。
「なんだろう、お前がいつもやっているぶっ飛んだことにいちいち突っ込んでるのが馬鹿らしくなってきたぜ」
「なんと酷い。それにしても、ここへ来るまでの道が一本しかなくて助かった。今ので大半が死んだようだしな」
敵も馬鹿な奴らだ。一本道の向こうに相手がいたら、罠を警戒するべきだろうに。しかしそのおかげで大半がくたばってくれて助かった。
私は少し前の戦闘で武器をなくしてしまい、残っていたのは微量の魔力のみだったからな。私は二千五百番に話しかける。
「どうする、このまま逃げ回るか?」
「いや、逃げてももっと俺たちを狩ろうとする奴らが時間内に潰そうと躍起になって来るだけだろ。そろそろ反撃に出てもいいんじゃねえか?」
「もう既に私の爆弾で反撃しているだろう。それに今の私には武器がないのだよ」
「そういうことじゃねーんだよ。まあいいけどさ。武器だったら、俺のやつを一本貸してやるよ」
私は二千五百番から剣を一本受け取り、装備する。
「ありがとう。今はお互い魔力も体力も少ないからな、自爆特攻をしにでも行くか?」
「馬鹿かお前。デスペナルティが嫌だから逃げ回ってたのに特攻とか、論外だろ」
なかなかいい案だと思ったんだがな、まあ拒否されてしまっては仕方があるまい。
「では撤退しながらヒットアンドアウェイを繰り返し、時間制限まで耐える、ということでいいだろうか」
「まあそんなところだろうな。んじゃあやっていくぞ」
私たちは二人揃って息を潜め、敵がやってくるであろう場所を見つめる。敵は私の罠を警戒してか、やってこない。しまった、ならば逃げておけばよかったと考えていると、一人、人柱となったであろう者がこちらへと走ってきた。
「どうする?攻撃を仕掛けるか?」
二千五百番が私に問いかけてくる。
「そうだな、では……こうしようっ、か!」
私は装備していた剣を敵に投げつけ、そいつを串刺しにした。
「うわっ、おまっなんてことするんだよ!」
「さっさと逃げるぞ」
二千五百番が文句を言うが、私はその言葉を気にせず敵から逃走を始める。なぜなら彼の渡してきた剣は、そこそこのものではあったが、業物と呼べるほどではなかったからだ。
「いいだろう、そこまで高いものでもないのだから」
「いやまあそうなんだが――ってうおあ!」
振り返り話しかけると、雷撃魔法が二千五百番の横を通過した。二千五百番は呆然と口を開き、固まった。
「だから言っただろう、さっさと逃げるぞ、と」
こうしてはいられない、私も反撃をしなくては。私は二千五百番が新たに出した剣を奪い取り、装備した。
――剣を引き、横に薙ぐと同時に斬撃スキルと炎撃魔法を融合させ、発動する。
これは融合スキルを持つものの特権だ。私の残りの魔力をほとんど使用した魔法の乗った斬撃は相当に重かったようで、どちらかに耐性を持っている装備をした敵以外はくたばった。
「うっわ、えげつねーな、そのスキル。俺はくらいたくねーわ」
「だがお前も知っているだろう?融合スキルはその万能さ故に熟練度が全くと言っていいほど上がらないのだぞ」
「このゲームの配信初期からずっと熟練度上げてきたお前はやっぱり頭おかしいと思うぜ」
そんなことはないだろう。私くらいの奴は他にもたくさんいるはずだ。……おっと。
「魔法を撃って牽制しろ。そうしたら全力で逃げるぞ」
「は?どうしてだ――ってうあっ!」
私たちの後ろには、強化系も含めアイテムを全部使い切ったのか、アイテムの効果を証明するオーラを虹色に光らせ纏いながら、鬼神のごとき表情で全力で向かってくる敵の姿があった。
二千五百番と私は魔法を放ったが、そんなものなんでもないと言いたげな顔をした敵は怯むことなくこちらへと向かってくる。
――とにかく走る、走る、走る。敵はアイテムの恩恵か私たちよりも足が速く、こちらとの距離はどんどん詰まってくる。とうとう私たちは追い込まれ、囲まれてしまった。
「懺悔したくないかあ?このクソギルドがあ!」
「潰せ!潰せ!」
敵は私たちを倒そうと、軍隊のように綺麗に統率された動きで魔法を放とうとする。今の私たちではもう逃げ場はないだろう。
しかしなんといえばいいのだろうか、どうやら私はここまでのようだ。
「あ、すまない。私の素体が起きるようだ」
「なっ、この裏切り者おおおお!」
――薄れゆく視界の中、二千五百番の今にも殴りかかってきそうな、怒り狂った表情が印象に残った。
そう、今日の私のゲームはここまでだ。次にゲームに戻ってきたら、私はなんのデスペナルティもなくギルドホームへと戻っていることだろう。
私の素体があのタイミングで目覚めなければ私は倒されていただろう。ありがたい。今日ほど彼に感謝した日はそうそうこないだろう。
私は二千五百番が、次にゲームへと戻った時に何を一言目に言ってくるだろうか、などと考えながら、彼へと朝の挨拶をするべく、機械の声を彼へと届けた。
私は今日も彼のサポートをし、そして夜はゲームをする。