【妄想小説】馴染みの店と事故りやすい店員
見切り発車度:★★★
安定の事故度:★★★★★
鬱度:★
――△月△日。
通勤ルートに、また新しいコンビニが出来た。また仕事帰りに立ち寄るコンビニの選択肢が増えたのは、コンビニの系列にこだわりのない自分にとって軽く悩ましいことだ。
二日に一度、煙草さえ買えたらいい。ついでに小腹を満たすものを買えるなら、コンビニはどこだっていい。
だが新しい店は試しに行ってみたくなるものだ。何か目新しいオープン企画はやっているのだろうかと、出勤前にそのコンビニに立ち寄ってみた。
真新しい制服の店員は、みんな女性だった。なかなかの高ルックス揃いだと思った。そんな下世話なことを感じたりしたものの、目新しさはなかった。普通のコンビニだった。
贔屓にする理由は特にないが、立ち寄るコンビニの候補に加えておこう。その日の気分次第で、別のコンビニとこの店を使い分けようかと思う。
それに、このコンビニの系列のカレーパンは、以前から割と気に入っている。
――△月○日。
なんとなく、新しい方のコンビニに立て続けに通っている。軽くあのカレーパンにハマってしまった。気軽に立ち寄れる場所にこの系列のコンビニが建ってくれたのは、実にありがたい。
立ち寄るのは大抵仕事帰りだから、必然的に平日の同じ時間帯に訪れている。ほんの少しその店を利用する日が続いたが、店員の顔ぶれが毎日同じであることに気付いた。
顔ぶれと言っても、二人だけだ。一人は名札に「店長」とあったから、毎日のように店にいることには違いない。だがもう一人の方は、名札に書かれていた名前は忘れてしまったが、自分が立ち寄った時には必ずいる。
休みはいつなのだろうか。おそらく自分が顔を出さない土曜か日曜のどちらかくらいは休日としているのだろうが、毎日のように店で働いている彼女を見かけるたびに、なんとなく気になってしまう。
気まぐれに土日に訪れてみたら、もしかすると平日と同様に店にいるかもしれない。そんなことも考えたりしたが、別に確かめてみたいと思うほど気になったわけではなかった。
――×月×日。
例の女の店員のことは気にならなくなっていたが、少しだけ引っ掛かることがあった。
オープンした時からそうなっていたかは覚えていないが、彼女の名札に書かれていた名前が手書きだった。他の店員もそうだっただろうかと思い返してみたが、同じ時間帯にいる店長の名札を確かめたら、機械で印字されたものだった。
名札なんて普段から全く気にしたことなどなかったが、他の店員の名札も印字されたものだった気がする。それなのに、どうして彼女の名札は手書きなのか。
苗字が変わったから?有り得るかもしれない。変更手続きやら何やらで、間に合わせで名札を手書きのものに差し替えた。
結婚なのか、離婚なのか、いずれにしても何かしら環境が変わったのだろう。それでも変わらず毎日のように働いている彼女は、なかなか仕事熱心だ。
――×月△日。
いつものようにレジ横の煙草を取ろうとしたら、煙草がなかった。むしろあの長細い陳列ケースごとなくなっていた。しかも自分が買う予定の煙草だけ。
ケースを取り出して煙草を補充している最中だろうかと思ったが、レジに人影はない。不思議に思っていると、ごん、と鈍い音がレジのカウンターの下から聞こえた。
「あだっ!」
ついでに情けない声までした。軽くカウンターの陰を覗き込むと、誰もいないと思っていたカウンター裏に店員の姿が見えた。どうやらしゃがみ込んで何か作業をしていて、立ち上がろうとしてカウンターの縁に頭をぶつけたようだ。
後頭部を片手で押さえながら立ち上がったのは、やはりあの女の店員だった。レジ前に客が立っていたことに気付いていなかったらしい彼女は、自分と目が合った途端に物凄く慌てる素振りを見せた。
「あっ、い、いらっしゃいませっ」
「…大丈夫ですか?」
「すっ、すみません。煙草拾おうとして…あっ」
あたふたとドジを踏んだ言い訳を続けようとしたその店員は、自分の顔を見ながら何かに気付いたような声を上げた。さらに訝しんで首を傾げる自分の前に、彼女は拾った煙草をさっと差し出す。
「これですよね?」
「あ……はい」
とりあえず目的の品を手にすることが出来た自分は、不思議な感覚を覚えながら煙草を片手に店内を見て回った。
コンビニやスーパーの店員は、常連客がよく買っていく品物で客の顔を覚える。どこかでそんな話を聞いた覚えがある。常連というほど頻繁に通ってはいない気がするが、どうやらあの店員は自分が買う煙草を覚えているらしい。
いつだったか、この店で実際に彼女と常連客のやりとりを見たことがある。店に入って目が合った途端、二人はお互いにピースサインを向けあって、無言のやりとりを交わしていた。何の合図だろうかと不思議に思っていると、彼女は一直線に煙草の陳列棚から煙草を二つ取り出して、その客に渡していた。
あれは「いつもの煙草二つ」のサインか。いかにも常連らしいそのやりとりが、ちょっとだけ羨ましくなった。
そんなやりとりもこなれた様子の彼女だったが、つい先刻のようにカウンターに頭をぶつけたりなど、割と抜けているところがある面も時たま見かけることがあった。商品棚に接触して商品を落としたり、レジで小銭を受け取り損ねて落としたり、色々とドジを踏んでいた。
毎日のように働いている上に、こうも事故りやすいとあっては、よほど苦労が絶えないのではないだろうか。他人事ながら、そんなことを思ったりしている。
――○月○日。
何日か続けて、カレーパンを買う日が続いている。煙草で自分のことを覚えていたあの女の店員が、今度は自分を「カレーパンのお客さん」なんて陰で呼ぶようになってたりしないだろうかと、少しだけ不安に思っている。
だが、そういう気分なのだ。どうせ彼女と言葉を交わしたりなんてしないし、陰でどう思われていようが今日もカレーパン…と思ったら、なかった。
今日は売り切れなのか。仕方なく代わりに買う物を探して回ったが、一度カレーパンの気分になってしまった以上、それ以外の興味を引くものを探し当てることが出来なかった。
未練がましくパン売り場に戻ると、あった。一個だけ。見つけ損ねていたのだろうか。それとも他の買い物客が、一度手にして買うのをやめて戻したのだろうか。すぐさまそれを手にとってレジに向かうと、いつものあの女の店員がいつものように応対した。
気のせいかもしれないが、いつも以上に彼女がにこやかにしているように見えた。最後の一個のカレーパン買えてよかったですね。そう言いたげな笑顔に見えた気がした。なんとなく恥ずかしかった。
そんないつもと少し違った彼女に少しだけ思いを巡らせながら、カレーパンを口にした。いつもと同じパンを買ったはずなのに、違和感を感じる。パッケージを見ると、リニューアルの旨を示す表示が印字されていた。
正直、リニューアル前の味の方がよかった。思いがけない僥倖で手に入った最後の一個のカレーパンは、自分のカレーパン連続購入記録の最後になった。
――○月△日。
理由は特にないが、髪型を変えてみた。あまり試したことがない前髪を下ろした形にして周囲の反応に密かに期待したが、職場では誰もが「髪切ったんですね」くらいしか言ってこなかった。
当然だろう。いい歳した野郎相手に、似合ってるだの素敵だの褒めちぎってくるような人間など、自分の職場にはいない。色めき立った反応を本気で期待したわけではないが、若干の物足りなさを感じてしまっている。
手応えのない一日の締めくくりに、コンビニで何か買って気を紛らわそう。そう思って店内に入ると、やはり出迎えたのはあの女の店員の声だった。
入店するタイミングで目が合った時は、彼女はこちらににっこりと笑いかけながら出迎えてくれる。だが今回は他の客の応対中で、軽く一瞥して声だけこちらに向けた素っ気ない出迎えだった。何故だか、物足りなかった気分がさらに増したように思った。
深く気にせず、買う物を選んでレジに向かう。どこか疲れたような退屈そうな面持ちでレジに立つ彼女は、自分がレジに辿り着く数歩手前で顔を上げた。
そして明らかに、自分を二度見した。いつもの客だと気付かなかった。あからさまにそんな反応に見えた。
そういえば髪型を変えたのだった。遅れてそれを思い出して、無意識に口が動く。
「どうも」
…何がどうもだ。常連でも何でもない自分が、何故そんな馴れ馴れしい言葉を発したのか。
どうも、お久しぶりです。見た目変わっちゃってわからなかったですかね。よくカレーパン買ってた者です。
常連客になることにほんの少しだけ憧れはあっても、そんな軽薄な言葉を店員相手に掛ける勇気はない。場合によっては、次にこの店に来た時に彼女に白い目で見られかねない。あるいはパン売り場で品定めをする自分を好奇の目で見てくるかもしれない。やっぱりカレーパン選ぶのかな、なんて思いながら。
幸い、小声で掛けた言葉は彼女の耳に届かなかったようで、特に反応を見せてくることもなくいつも通り会計が済んだ。気恥ずかしさから早々に店を出て、さっさと帰ろうと車に乗り込もうとした。
運転席のドアを開けて、ふと思い出す。そういえばこのコンビニの系列で、新しいカレーパンが発売されるという話を職場の誰かがしていた。前評判がかなりいいらしく、期待できる新作だと話していた。
それを聞いてもう発売されているか確かめようと思っていたのをすっかり忘れていたことに気付き、買った品物を車の中に置いてもう一度店に戻った。あの店員は、すでにレジからいなくなっていた。
いなくてよかった。買い物が済んですぐに店に戻ってきたと思ったら、やっぱりカレーパンを買うためだったのかなんて、むやみに彼女の笑い種にされそうなことは避けたかった。彼女が戻らないうちにと足早にパン売り場に向かい、新作のカレーパンが並んでいないことを確認し、やはりまだ発売前かすでに売り切れたと結論づけてその場を去ろうとした。
どかっ、と何かが壁にぶつかったような音がして、驚いて振り向いた。音がしたのは、揚げ物なんかを仕込む調理場のような部屋に続くドアの向こうからだ。呆然とその向こうで何が起こったのか想像しかけたところで、少し離れた別のドアが開いて店長が現れ、慌ててその部屋の様子を見に行った。
つまりあの音の主は、あの女の店員か。そう理解して、すっかり安堵した自分は忍び笑いながら静かに店を出た。
おおかた、また事故ったのだろう。あの事故りやすい彼女のことだから、大したことではない。
* * *
結果発表。の前に、感想。疲れた。眠い。超絶腹減った。もはや夜食になってしまった晩ご飯食べながら後書きを書いている次第である。
計測結果は、約4450字で2時間45分ほど。400字原稿用紙12枚弱、って前回より2枚分増えてんじゃねーか。何が前回より少ないかもだ。だが原稿用紙1枚分辺り13分半と、前回より1分半も短縮出来た。出来たからってどうということもないが。ちなみに煙草は4本消費。前回より長くかかったのに1本減った。それこそどうでもいい。
今回はタイムトライアル要素を重要視した結果、書き終えてすぐに投稿したためろくに添削できていない。もし誤字脱字があったとしたらご容赦いただきたい。あえてそのままにしておくが、この後書きを書いている今はあまりにも疲れ切っているので、どのみちろくに読み返せない。後日しっかりと読み返すことにして、しっかりと惨状を確かめて済ませるつもりだ。
ツナメさん視点で小説を書くにあたり、彼の一人称に悩んだが、僕や俺ではなく「自分」で統一したのは理由がある。実物の茂松さんの一人称から拝借したものだ。冗談抜きで彼の一人称は「自分」なのだ。そっくりさんであるツナメさんの一人称に使わない手はない、と適当な考えでそうしてみた。
後は…何だっけな。ここで書いておこうとしたことがいくつかあったはずだが、さすがに頭がもう回らない。タイミングがかなりずれてしまうが、活動報告も翌朝で構わないだろう。
明日の自分が、きっとなんとかしてくれる。