【妄想小説】何かお探しですか
世にも奇妙な妄想度:★★★★★
R15抵触予想度 :★★★
ネタバラし堪え度 :★
相手が女だったとしたら、私は嫉妬の目で彼らを眺めることになっていたかもしれない。
だが幸い、彼が話し込んでいた相手は男だった。しかもその相手は私の同級生だ。
同じツナギを着ているということは、彼とその同級生は職場が同じなのだろう。仕事帰りに立ち寄ったコンビニでたまたま居合わせた。それで親しげに言葉を交わしているのだ。
やがて二人は会話もそこそこに私のレジへやってきた。いつも買い物に時間を掛けない彼が先に会計を済ませ、続けてレジ前に立った私の同級生に「お疲れ」と一声掛けて店から出た。
「今の人、同じ職場なの?」
同級生が持って来た商品をスキャンしながら、私は何の気なしに尋ねる。
「ああ。歳も近いし、結構気さくに話せる先輩だよ」
「あの人、いつも一人で来るからさ。誰かと話してるとこ見たことなかったし、しかも相手があんたとか、びっくりしたわ」
「よく来るの?あの人」
「まあね。しょっちゅうカレーパン買ってくお客さんだなーって」
「今もそれ買ってったもんな」
「あの人、パン好きなのかな?私がいる時間帯はカレーパンしか買わないけど、仕事の時ここで買ったパンとかお昼に食べたりしてない?」
そんな風に探りを入れたのは、ただ単に彼のパンの好みを知ろうとしただけだった。カレーパン以外に何か好むパンがあるなら、朝のパンの納品の計画を彼の好みに合わせてほんの少し変えてみようか、と軽い気持ちで企んでいた。
だが、私の密かな企みに気づきもしないその同級生は、昼休みの様子を記憶から引っ張り出してきた様子で口を開く。
「いや、そもそもあの人、お昼にパンとか食べたりしないと思う。俺が知る限り。だってあの人いつも――」
* * *
――数日後。
ドアノブに手をかけて、そこでふと最近ハマりだしたエナジードリンクを買い忘れたことに気付いたが、仕方なく諦めた。
「ただいまー…」
声を上げながら玄関を開け、コンビニの袋を片手に下げて家の中に入る。
「…………ん?」
いつもなら誰かしらが自分を迎える声が返ってくるのに、何も返事がない。今日は定時で上がったし、家族全員がすでに寝静まっているなんてことはないはずなのに。
不自然すぎるほど、家の中は静まりかえっていた。妙な胸騒ぎはただの思い過ごしであって欲しいと祈りつつ、玄関からキッチンへまっすぐに向かう。
この時間帯ならそこに必ずいるはずの家族の一人が、調理台の前にもダイニングテーブルの周りにも、どこにもいない。人気のないキッチンには換気扇が空回る静かな音が響き渡り、そこから逃がしきれていない少し不快な臭気がわずかに鼻をついた。
何かが焦げたような臭い。ガス台の上には大振りの鍋がかけられており、近くでそれを見ると火が点けっぱなしにされていた。どのくらいの時間が経っているのだろう。火にかけた鍋を放置したまま、長時間そばを離れたりするような人なんかじゃないのに。
臭いがすでに、中身が相当焦げ付いていることを知らせていたし、どのみち危険なので火を止める。そんなことより、こうして夕飯を台無しにしてしまった張本人は、どこにいるんだ。
軽い苛立ちとほんの少しの焦りを込めた声で、自分は彼女の名前を呼んだ。家中に届く声量で声を張り上げても、何も反応が返ってこない。名を呼ばれた彼女自身も、自分の声を聞きつけてくれるはずのもう一人の家族さえも、何も返してくれない。
考えにくいが、外出したのだろうか。そう思って玄関へ戻ったが、ちゃんと二人の靴はいつもの場所にある。家の中に、どこかにいるはずなのだ。
(寝てるわけないだろうし…)
そう思いながら、部屋という部屋を探し回った。
三人の寝室。
リビング。
自分の部屋。
彼女の部屋。
もう一人の家族の部屋。
浴室。トイレ。収納部屋。
(どういうことだ…!?)
自分以外の家族の姿が、家の中のどこにも見当たらない。
玄関に靴があった。火にかけられたままの鍋があった。スマホも財布も、家から出る時には必ず携帯するものは全て部屋に置き去りにされていた。
(どこに、行ったんだよ…)
現実味を帯びてきた絶望感に全身の力が抜けていき、手に下げたままのコンビニの袋が床に落ちて、とさりと虚しい音を立てた。
三人分の買い物をしてきた品々が、レジ袋から転がり出る。自分の煙草。甘い物が好きな彼女のキャラメルラテ。年齢不相応な嗜好を持つ幼い家族のおやつに用意したカレーパン。
忽然と姿を消した、二人の家族。
これから自分は、どこへ彼女らを探しに行けばいいんだろう。
* * *
警察に捜索届を出して、一週間が経つ。二人の家族の行方は、まだ手がかりすら見つかっていない。
事情を汲んだ上司の厚意で、しばらく仕事を休ませてもらっていた。その間に自分も彼女らを探した。だが、警察ですら手がかりを掴めていない状況なのだ。自ら動いたところで、何も変わらなかった。
これ以上、職場に迷惑をかけるわけにはいかない。少しも好転しない事態に無理矢理踏ん切りを付け、今日から仕事に復帰した。
今まではそうする必要がなかったから、朝からコンビニに寄ることはなかった。昼食用のパンを買って行かなくてはならなくなったのは、毎朝弁当を作って持たせてくれていた家族がいなくなってしまったせいだ。
そしてまた、こうしていつもの仕事帰りの時間に、いつものコンビニで買い物をする。
夕飯はパンじゃなくて、米にしようか。それとも夕飯自体抜こうか。食欲もないし、煙草だけ買って帰ろうか。ぼんやりとパン売り場の前でそんな考え事をしていた。
「――何かお探しですか」
不意に声を掛けられ、軽く心臓が跳ねる。こちらの顔を覗き込むように声掛けをしてきたのは、毎日のようにこの時間に働いている女性店員だった。
「ああ、いや、特に何か探してたわけじゃないんですが…」
「そうでしたか。いつもは買い物済ませるの早いのに、珍しく買う物に悩んでらっしゃるようでしたから」
そう言って優しく笑いかけてくれた店員は、声を掛けられて咄嗟に身構えた自分の緊張を容易く解いてくれた。
「お困りでしたら、何なりとお申し付けください。ご希望の商品がございましたら、すぐに用意いたしますので」
頼もしい言葉をかけてくれた彼女に対し、自分はふと彼女を困らせてしまう懇願を口にしてしまいそうになった。
何かお探しですか。彼女がその言葉を他の客に掛けているところへ居合わせたことが何度かある。どの客に対しても、どんな商品を求められても、彼女はすぐさま目的の品を商品棚から持って来た。事前に品切れだと把握している商品なんかは、即座にそう説明して品切れを詫びたりもしていた。
探しているものがどこにあるのか、それは彼女が全て把握している。このコンビニで扱っている、売り物に限っての話だが。
そんな当たり前のことはわかっている。だがそれでも、探し物をすぐに見つけ出してくれる彼女なら、自分が今何よりも探し当てたいものを見つけてきてくれるのではないだろうか。
そんな愚かな思考で彼女に期待してしまうほど、自分の精神は疲弊しきっていた。
実際にこんな問いかけをしたところで、きっと彼女だって答えられるわけがない。
妻と幼い娘は今どこにいるか、知りませんか――なんて。
* * *
さて、もはや勝手に恒例化させたタイムトライアルの結果から。約2800字で2時間。400字原稿用紙7枚ほどで1枚あたり16分少々。ほぼこれまで通りである。煙草は5本。文章運びにかなり頭を使ったので、今回ばかりは喫煙量が増えても仕方ない。
今回は場面描写にかなり苦労した。描写の制限を意識しなければいけない都合上、安易にわかりやすい表現に頼ることが出来なかったせいである。
読み手に疑問符を植え付けたまま終わらせたり、もしやと思わせたまま謎を解決させずに終わらせる作品を書き上げた後というのは、私としてはどうも無粋な解説を付け足さずにいられない性分である。意味怖、つまり意味がわかると怖い話というのは、原則としてその作品内から読み取れる情報のみで怖さに気付くというのがお約束なのだと思うが、文章力に自信のない私としては解説で初めて理解していただける読者様が多数だろうと予想して、あえて要点解説を加えようと思う。
・冒頭一行目。これは完全に物語全体の伏線。この一行がないと、意味怖にならない。
・同級生の台詞「だってあの人いつも――」の言葉の続き。後半の独白でツナメさんが明かしている。
・直後に「数日後」と場面が切り替わる。当初、ツナメさんと同級生がコンビニで鉢合わせたその日のうちの出来事という設定にしかけて、それじゃ物語を成り立たせるのは不可能だと修正した箇所である。何故、何を狙った上で「不可能」としたのか。
・神隠しのようにただ忽然といなくなった、という表現にしたのは割と苦肉の策。描写制限さえなければ、記号的にわかりやすい表現で違う展開を描く予定だった。
描写制限とは言うまでもなく、R15作品に抵触する恐れのある描写のことである。残忍性、流血描写なんかが該当する。その描写に頼りたかったことと、時系列の兼ね合いについてさらに詳細に解説すると以下の通りである。
・描写に制限がなければ、一目見て事件性の濃さに気付く展開にしたかった。家の中に争った形跡があった、くらいの表現でも入れておこうかと思ったが、特に理由なくやめた。家族が消えて独りになった、という結果さえ残ればよかったので。
・ツナメさんが帰宅する時間より、私=筆者が退勤する時間は遅い。同日の出来事にしてしまうと矛盾が生じるため「数日後」に変更した。
ここまで説明してしまえば、大体わかっていただけたことと思いたい。核心に迫る一言で、ツナメさんがもし妻子持ちだったらという設定で書き上げたこの妄想小説の蛇足解説を締めくくろう。
・もしツナメさんが私に最後の一文を問いかけてきたら、私は「知ってますよ」と答えられる。
奥さんがいようが彼女がいようが、いて当然くらいの気概で好き勝手に彼を追っかけてるので、実際にこんなことになったりはしない。ストーカーはしても犯罪に手は出しません、という矛盾まみれの発言。
このネタを思いついたのは、冒頭に登場させた私の同級生がきっかけだった。たまたま店で見かけた時に「あれ、同じ格好だ」と気付いたものの、どうやら向こうは私を覚えていなさそうな様子だったので声をかけられずじまいだったのだ。
ツナメさんの情報を得られる絶好のチャンスを逃した。私から意を決して同級生に声をかけていれば、同じ職場にいるメガネで喫煙者でカレーパン好きそうな人について何か知ってる?と色々聞き出せたというのに。最後に出したキーワードに首を傾げられそうな気しかしないが。
それでも、事前にその同級生がどこに勤めているかを知っていた私は、彼と職場が同じであるらしいツナメさんの勤務先を知ってしまった。日に日にストーカースキルが洗練される私は、果たしてこんなんでいいのだろうか。人として。