【妄想小説】これだから魔法使いってやつは
創作への悪影響度:★★★
男二人のデリカシー度:★
後輩らしい謙虚さ:★
【今回の妄想小説に関する注意】
本作に登場する人物名が「涙の魔法」シリーズの登場人物と同じですが、小説とは一切無関係です。
・菜々→筆者。
・豊島→筆者の前職の先輩。スロカス。
・茂松→筆者の前職の先輩。謎多き御方。
・野田→筆者の元夫。豊島茂松の元後輩。
それぞれ同名のキャラクターのモデルであるということを念頭に置いた上で、お読みください。
そして例の如く、タイムトライアルで書きました。そんな感じで、どうぞ。
* * *
「――へえー。すごいっすね、小説書けるとか」
「大した物書けませんけどね。ほとんど評価されませんし」
尊敬の眼差しを向ける茂松に対し、謙遜しながらも満更でもない様子で菜々は答える。
「でも、ランキングに載ったりしたんでしょ?小説家デビュー待ったなしじゃん」
「日間ですから。瞬間記録みたいなもんだし、あてになりませんよ」
「なろう系、なんてジャンルのアニメとか増えてきてるし、いつか菜々さんの小説もアニメ化とか実写化とかする日が来るかもですよね」
「いやいや。あたしが書いてるのはなろう系じゃありませんし」
「じゃあどういう系?」
「俺らは知らないでおいた方がいい系っすよシゲさん」
「なんすかそれ」
唯一、菜々がどういう小説を書いているのかを知っている豊島は、興味本位で尋ねてくる茂松にただ苦笑いを返した。
そんな二人を前にして、菜々は空になったビールジョッキをテーブルに置き、迷わず次もビールにしようと注文パネルに手を伸ばしながら茂松の問いかけに答える。
「至って普通の恋愛小説です。ハーフフィクションのね」
「ハーフフィクション?つまり、いくらか実体験を混ぜた内容、ってことすか?」
「菜々ちゃんを主役に立てて、野田とか俺らのことを絡ませた話、だよな?」
「あー…確かにそれは、見ないでおいた方がいいかも」
「えー。なんでですか」
口を尖らせる菜々を前に、横並びの二人は苦笑いで顔を見合わせる。
豊島に対しては随分前に話してあったが、退社以来となる再会を果たした茂松に対して、菜々は野田と離婚したことをついさっき打ち明けたばかりだった。
そして茂松は、その野田と付き合う前の菜々をフッた。その一連の話も、豊島はすべて知っていた。
菜々の体験のどこからどこまでを小説にしてあるのか、当事者である彼らはあまり想像したくなかったのだ。
「茂松さん、活字得意ですよね?サウンドノベル系好きだったじゃないですか」
「まあ、一時期ハマってましたけど」
「サウンドノベル系っていうと?」
「F○teシリーズとか、空の境○とか」
「あーあー。そういう系」
「豊島さんの好きなひぐ○しとかうみ○こなんかも、サウンドノベルですよ」
「うみ○こは全然勝てなかったなースロット」
「あたしは結構相性よかったです」
「羨ましいわー」
「導入少なかった上にあっという間にホールから消えましたよね」
「そうそう」
ついついスロット談義に夢中になりかけて、はたと菜々は思い出した。いつもの感覚で豊島とスロットの話ばかりしていると、スロットを打たない茂松が会話に加われなくなる。
豊島の協力を得られて、やっとの思いでこうして茂松を加えた三人での飲み会に有り付けたのだ。自分が書いた小説の一幕を再現することが出来たのだ。茂松を輪から外してしまいたくはない。
スロットの話題なんか、豊島相手ならいつだって出来る。彼に対する雑な扱いは菜々にとっても彼にとってもいつものことだった。
「それより、あたしの文章力、気になりません?その恋愛小説以外にも短編とかエッセイとか、色々書いてるんですよ」
「やる気溢れてんな」
「やっぱり色んな人に読んでもらって、感想聞きたいんですよ。豊島さんと茂松さんが読んでも平気そうな短いヤツありますから、ちょっと読んでみてください」
「どれどれ」
スマホを操作して画面にプレビュー表示させた菜々は、自信満々にそれを二人の間に差し出す。豊島が受け取って、二人は肩を並べて画面をじっくりと眺め始めた。
活字に強い茂松が豊島のペースに合わせると告げ、豊島がスクロールして菜々の小説を読み終えた二人は、揃って感嘆の声を上げた。
「すげーな。マジで小説じゃん」
「ほんとですか?」
「これも公開してる話っすか?」
「今見せたページは投稿前の下書きなんです。もう少し手直ししてから投稿する予定の、いかにもなろう系なネタなんですけど」
「このレベルでなかなか評価されないなんて、思ってたよりなろうってレベル高かったんすね」
「評価ポイントもらえたらランキングに載って注目集まるかもなんですよ。よかったら協力してもらえませんか?豊島さんも茂松さんも」
「協力ってそれ、ランキング操作だろ」
「ちゃんと内容読んでくださいとまでは言いませんけど、アカウント作らないと評価ポイント付けられないそうなので」
「裏工作の談合してますね今」
「まあ、冗談ですよ。本当にそんなズルしてまで評価稼ぎたいわけじゃないですし」
「工作行為がバレて、運営にアカウント停められたらウケる」
「そんな恐ろしいこと言わないでくださいよ豊島さん!」
「うはははっ!」
「笑いすぎです茂松さん!」
くだらないことで三人で笑い合う光景は、まるであの小説の三人を思わせるものだったし、何よりも菜々が会社を辞める以前とまったく変わらない感覚だった。
「…………やらかしてくれた」
パソコンのモニタを見つめながら、菜々は思わずそう漏らした。
なろうのホーム画面を更新して真っ先に目に飛び込んできた、小説に感想が付けられたことを知らせる通知。途端に有頂天になってリンク先を確かめた彼女のテンションは、どん底まで叩き落とされた。
すかさず手元のスマホをばっと掴み取り、LINEを開く。迷うことなく目的の人物のトーク画面を開き、勢い任せにメッセージを打ち込む。
『感想書けとまで言った覚えないです!てか読んだんですか!』
彼にしては意外に思えるほど、既読がついたのは早かった。
『wwwww』
彼の仕業ではないことを願っていたのに、何のことかと尋ね返されることなどなく返ってきたのは草だった。
『しかもあのふざけたユーザ名はどういうことですか!エッセイまで読んだんですか!』
『面白かったですよw小説もエッセイもw』
菜々は、そこで初めて後悔した。本当に読んだりなんてしないだろうと高を括って、茂松に小説の話をしてしまったことを。
開いた口が塞がらない菜々はスマホからパソコンに視線を戻し、貴重な感想を加えてくれたという茂松のユーザ名を呆然と見つめる。
独特の感性を持つ彼が付けた見事なユーザ名は――ツナメさんプロトタイプ、だった。
* * *
「――って内容の妄想小説書こうと思ってたのに、ぜーんぶ台無しですよ、豊島さんのおかげで」
「妄想たくましすぎんだろ菜々ちゃん。実物のシゲさん抜きでふつーに完結してんじゃん」
「実物と会えずじまいじゃ意味ないんですよもー!」
「俺に当たんなって。しょうがないだろ会社で顔合わせる機会なかったんだから」
ビールジョッキ片手にふてくされた顔でテーブルにへばりつきながら、菜々は盛大に溜め息をついた。
「…茂松さんの連絡先、登録してないんですか?」
「残念ながら」
「LINEも?」
「登録してあったら真っ先にそれ使うわ」
「てか茂松さん、LINEするんですかね?」
「さあ」
「あーあ。LINEだけでも茂松さんのアカウント教えてもらえたらよかったのにー」
「すみませんねー、期待に添えられなくて」
「まったくですよ」
無下に扱われて苦い顔をする豊島を無視して、菜々は自分のスマホを操作し始める。
「…あ、まだ残ってた。茂松さんの番号とアドレス」
「マジ?」
「思い切って電話してみましょうか」
「どうぞご自由に」
「えい」
「マジでやりおったこいつ…」
「繋がったら豊島さん出てみます?あえて」
「それやったら面白そうだけど、嫌だわ」
「どうせ出ませんよ。あたしからの電話なん…」
「お?出た?」
「…留守電になっちゃいました」
「残念でしたー」
「うあー!もう!」
「荒れてんなー」
煙草片手にからからと笑う豊島を軽く睨んで、菜々はまだ半分以上はあるビールを一気に煽った。
「まあ飲め飲め。どうせ奢るの俺だし、飲みホだし」
「次こそ茂松さんとコンタクト取ってくださいね!で、あたしの電話が間違い電話じゃなかったこともちゃんと説明してください!」
「へいへい。顔合わせられたらな」
「LINEもしっかり教えてもらって、あたしに回してくださいね!」
「へいへい」
「もー!信用できないなー!」
「ちゃんと奢る約束守ったろ。プラス収支守り通したし」
そう言って豊島は、この日何度目になるかわからない今日のスロットの結果の自慢話を始める。
茂松に関する話も、菜々の小説に関する話も、彼は軽くスルーしてしつこくスロットの話題に切り替えたがる。
奢れとしつこく誘ったのは菜々の方だったが、正直彼のスロカスぶりにうんざりするばかりで、彼女はその日のうちに彼に対してだいぶ幻滅してしまったのだった。
* * *
まずはタイムトライアルの結果。約3700字の2時間半。図らずも最初に書いた妄想小説「自己満足の代償」とまったく同じである。要は成長していない。まあ、早く書けるようになる必要などないのだが。ちなみに煙草は前回より1本少ない。とはいえ、書き上げて早々に一服してるわけなので大して変わらないし、だからどうということもないのだが。
ああそれにしても小説の感覚に慣れすぎて、またしても違和感が果てしない。小説では決してありえないほど図々しい菜々。小説からは考えられないほど無神経で扱われ方が雑で茂松をシゲさん呼びして敬語で接している豊島。小説では誰にでもフランクでお調子者なのに実際は誰にでも敬語で会話の中心になりたがらないのに何をしでかすかわからない茂松。
違和感が違和感が、と言っておきながら、なんだかんだその違和感ごと楽しんで書いたわけなのだが。ともかくなろうを始めてからは初となる豊島さんとの飲みの話を元にした、ほぼノンフィクションの小説にしては、書き上げる時間が割と掛かった方だと思う。
前半の完全妄想話で出した「ツナメさんプロトタイプ」という、実際には茂松さんではなく自ら考案したユーザ名を妙に気に入ってしまっている。試作型と言うよりは、原型と言うべきか。このツナメパンを余すところなく熟読したのであれば、そこかしこで解説はしているものの実物の茂松さんであれば文面から色々と察することだろう。似ている先輩というのは、紛れもなく自分のことだろうと。そう解釈したと極力短い文字数で伝わるユーザ名を考えついたと思っている。
夢の話か何かで茂松さんと私の絡みを書いた覚えがあるが、豊島さんと私の絡みを詳細に書いたのは今回が初めてではないだろうか。先輩で年上である豊島さんを相手にずいぶんな扱いをしているように見受けられたことと思うが、実際はこれよりもっと酷い。私はどこまでも豊島さんを馬鹿にしてからかうし、言い過ぎだろなどと色んなツッコミを交えつつ豊島さんも笑い飛ばして返す。二人きりで飲みに行ったりカラオケしたりするような関係だ。フランクさで言うとおそらく小説の二人以上なのではないかと。
もう断言してしまって構わないと思うが、豊島さんとは恋人でも何でもない。一時的に彼に対して恋愛感情を感じて小説の登場人物のモデルにしたりもしたが、今では何とも思っていない。万が一彼の方から私に特別な意識を持っているなどと打ち明けて来ようものなら、今としてはむしろ抵抗を感じてしまうくらいだ。
私が愛してやまないのは小説の方の豊島茂松だし、現実で一喜一憂して恋愛ごっこの感覚を味わうのはツナメさんだけでいい。空想の恋愛ストーリーに忙しい私に、現実の恋愛に悩んでいる余裕はないし、今は興味も持てない。
豊島さんも茂松さんも、変わらず魔法使いのままでいて欲しい。そうやって私からも周りからもからかわれる存在であり続けてくれた方が、私としてはこうしてネタにしやすい。