神に導かれし迷える四人の異能者
「蒼くん、今日のお昼は何してたの?」
「何って……色々だよ。お前は?」
放課後の帰り道、蒼は一学年下の女子といっしょに帰っていた。
「私はねー。霞さんたちとお話ししてたんだー」
「……霞たちと? 何か変なことされなかったか?」
その少女は、一切の後ろめたさや嘘といった、あらゆる負を感じさせない笑顔で言う。
「変なことはされなかったけど、気持ち悪かった!」
「どっちが」
「かすみさん!」
「おお、杏は分かってるなぁ。でも、霞だけじゃなく霜も要注意だぞ」
彼女の名前は苗植月杏。
蒼の一つ下の幼馴染である。
* * *
「ただいまー」
「おじゃましますーす!」
蒼の家に到着すると、杏は蒼に続いて家に入った。
「なんでナチュラルに入ってくるんだよお前は……」
「だって、家帰っても暇だしぃー」
杏は蒼の隣を駆け抜け洗面所に突撃し、手早く手洗いうがいを済ませ、二階にある蒼の部屋へと駆け抜けた。
蒼はそれを追いかけない。自分はゆっくりと手洗いうがいをする。
「わあ!?」
「うおお!?」
「ぬふ!? 杏氏キタコレですぞwww」
つもりだったが、明らかに耳に入ってきた男二人の声によって盛大に口の中の水分をまき散らされ、蒼の足はすぐさま自室へと階段を駆け上がり向かう。
開けっ放しの扉の前で、滑りながらブレーキをかける。蒼は部屋の中を見た。
そこには、立って固まったままの杏と、怪しい姿勢で何やら本を隠している同級生が二人いた。
「霜、霞……来るなら先に言えよ」
「いやー、すまねえ。急いでたんだ」
「そ、そうそう、そうですぞ。あ、ワイらちょっと今立て込んどるから、蒼氏、杏ちゃん連れてどっかいてくれへんか?」
霜と霞はなおも怪しい動きで本を隠そうとする。
蒼はどうしたものかと一考したのち、扉を閉めて「俺がいいって言うまで下にいろ」と杏を無理矢理一階に避難させた。
そして、足音を立てないようにゆっくりと階段を上る。
「……ぶねぇ……れる……だったぜ……」
「……まったく……ですぞ……今のは……霜氏が……」
途切れ途切れの声が聞こえる。蒼はさらに身を動かし、聞き耳を立てた。
「……ま、ばれても良かったかもな。どうせ信じないだろう」
「せやろか? 蒼氏ならびっくり仰天するはずや……。ちゅーか、さっさとしまえや」
一体何の事か、と蒼はさらに扉へ近づいていく。集中力を研ぎ澄まし、一歩前へと踏み込んだ所で。
「蒼くん何やってんのー?」
「あああ!?」
まったくの予想外、背面強襲を受けた蒼は、雰囲気クラッシャーの杏に驚き尻餅をついた。杏はそれを見て笑っている。
と、扉ががちゃり、と素早く開かれた。
「な、なんや蒼氏、おったんかい。お、あ、杏ちゃんも。もう用事は済んだから、もう入ってええで」
「……ここ俺の部屋なんだけど」
蒼は悪態をつきつつ、二人の謎行動は気にしないことにしして、部屋に入って鞄を置いた。
杏もするりと入ってきて、蒼のベッドに寝転ぶ。
「ぉほん……」
「気持ち悪い霞くん。気持ち悪い声を出しながら気持ち悪い視線を杏に見せるのはやめろ。気持ち悪い」
変質者の度合いを順調に高めていく霞に、蒼はわりと本気のトーンで言い放った。が、これもまた日常。霜は傍観しているし、杏は無関心だ。
「ひどいやでホンマに……」
しょんぼりと打ちひしがれている霞に、ほんの少し、同情の雰囲気が流れた。
「そうか、ごめんな。それで、霜。なんでお前らここにいんだよ」
「えー!? ワイの扱いざっつ!」
蒼は気にしない風だった。
「遊びに来たんだよ」
「霜氏ィ! 霜氏もワイを見限るんか!? 杏ちゃ……」
「蒼くーん、枕どこー?」
「杏ちゃああ! 君の世界にワイはいないんか!」
霞が騒ぎ立てる始め、蒼はすっと立ち上がり、壁に立てかけてある竹刀を片手で軽く握る。カーボン製の、今や使うことの無い、軽い竹刀だ。
「うるさい」
「んあああああああい!」
蒼は霞の尻目掛けて竹刀を振り切った。鈍重な音がして、霞はうつ伏せに倒れる。
「……嘘つけ、お前霞と一緒にこそこそしてただろ」
「ああ、そりゃ蒼の部屋からいかがわしい本が出てきたもんでな」
霜がにやついてそう言うが、蒼は全く揺らがない。杏は素直に驚いた。霞は死んでいる。
「んなもん隠すのはお前らだけだ」
「おっ、そうか。じゃあ、杏ちゃん。ちょっと面倒だけど、机の下の引き出しの本を全部取り出して、底に敷いてある厚紙の裏を見てくれないかな」
杏は言葉通り引き出しを探ろうとする。
が、蒼にその手を掴まれた。
「……」
「どしたの?」
蒼は無言で、下の引き出しを見つめている。そして、この状況を静かに打破する方法を考えていた。
開きっぱなしの窓から、風が吹き抜け、杏の髪を揺らした。
蒼の胸中には、何で霜は黙り込んだままなんだ、という思いと、杏は分かってないのか、という思いがあった。
やがて、蒼は口を開く。
「いいか、杏よく聞け……俺は――」
「寒う!」
飛び起きた巨体が、蒼の言葉を遮った。
三人の視線が注がれる。
「な、なんや……? なんでみんな黙ったままなんや……」
霞は状況を理解できずに、呆然と呟いた。
だが、一つだけ理解できたことがある。
「ていうか、蒼氏。杏ちゃんの手、放しいや」
「お、おう……」
蒼はそっと手を放した。
霞が窓を閉め、三人に向き直る。
「で、何があったんや? 霜氏に話しても――」
「話が面倒臭いことになる前に唯一伸デマキナちゃん参上でえええす!!!!!!!」
窓は破られた。
金属バットを手に現れた、黒衣の少女。自らの名前にちゃん付けをするこの神を、この場では蒼のみが知っている。
「デマキナ……なんでここに」
「やっほ! 蒼っちひさぶー! 五年ぶりぃ!!!」
デマキナと呼ばれる少女にしか見えないこの神に、一同面食らう。
「おやおや? みなさん固まってますねえ! こんな超絶美少女が三次元にいることが、信じられないのかな!? かな!!!???」
デマキナはなおも続ける。
意外にも、杏が四人の中で最初に喋った。
「えっと……あなた誰ですか?」
「良い質問! 話したい! だけど! ごめんご!!!」
デマキナは杏の言葉を一蹴し、その場で速く足踏みしながら続けた。
「君たち四人の異能者には、異世界に行ってもらいます! 拒否権は無いよ、尺的に! れっつごー!!!」
「ちょwww」
霞の気持ち悪い声の反響だけを残して、部屋の中には誰もいなくなった。
まだ平和な異世界へ。