表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

後日談

お久しぶりです。翡翠の星屑、後日談です。本編読了後に読んでいただけたら幸いです。

 そこには、初めから誰もいなかったみたいに。あとには地平線だけが残された。

 振っていた手を下ろし、ノチェは腰を下ろす。

 ──いってきます。

 あどけない寝顔ばかりしか見られなかったあの子が、幼子のように声を上げて泣いた。泣き止むまでなだめていた大きな手が、彼女の手を引いた。

 二人が手を挙げて歩き出すころには、あの子は見たことのない笑顔を浮かべていた。

 見送る側になるのは初めてか。いつも見送られるばかりだったから。

 いつの間にか目線は近くなり、短かった髪は、くくることができるまで長くなっていた。知らぬ間に過ぎていた年月の大きさを、こんな形で知るなんて。


「行ったのか?」

「とっくに」


 後ろからやってきた足音は、視界に入ることなく止まった。

 追っていた二人の背中はとうに消えている。なおそこに留まり続けたのは、きっと名残惜しかったからだろう。


「どうせあいつのことだ。人知れず去りたいとか言って、こんな早朝に発ったんだろ? あんたとあの子は、間に合ったのか?」

「もちろん」

「なら、良かったじゃねぇか」


 良かった。そうだ。ノチェは二人を会わせ、見送ることができた。結末としてはこれ以上ない出来栄えだ。

 ふわ、と頼りないあくびが聞こえた。寝起きのギアは、動きも受け答えも緩慢になる。覚醒しきるまで、しばらく時間を要する。

 ノチェは首をそらす。地平線から、空へ。中空にぽっかり浮かぶ太陽と、目が合った。

 太陽は、さらに上を目指していく。誰に言われたわけでもなく、何に邪魔されることもない。今は、天頂へと昇る途中。今日もきっと、暑くなるだろう。


「で?」

「なんだ?」


 いつまで日向ぼっこをしていいものかと悩むノチェに、ギアはこう尋ねてきた。


「あんたはなんでそんな、わかりやすくいじけてやがるんだ?」

「いじけてなんかいないさ」

「じゃあ、なんでそんな体勢で座ってるんだよ」

「落ち着くんでね」


 答えを聞くなり、ギアは大きくため息をついた。

 そうとも、ノチェはいじけてなどいない。膝を抱えて座っていただけで、決していじけていたわけではないのだ。

 故郷で寂しい思いをさせてしまっていた愛娘。

 愛弟子とまでは言えない、弟のような存在。

 年を越える期間が、二人とノチェをアルティナの地でめぐり合わせるという、数奇な運命を持ってきた。

 彼らが一緒に行動している。リディオルから初めてその情報をもらったときは、さすがのノチェでも二度聞き返してしまったほどだ。誰と誰が、一緒だと。


「巣立つ者たちを見送るのは、少しばかり寂しいな」


 遠くにいってしまう。視界から消えてしまうまで。地平線の向こうに沈んでしまうまで。最後まで見ていたかったのは、彼らの姿を焼きつけたかったからかもしれない。


「とかなんとか格好つけて、本当は娘が取られて悔しいんだろ」


 的確な回答をもらい、ノチェは口をつぐんだ。


「それもある。やっと会えたのになあ……お父さんって、言ってもらえたのになあ……」

「一回だけだろ。面倒くせぇ奴」

「呼んでもらえたら嬉しいだろう? おまえは、お兄ちゃんって呼ばれたらどう思う?」

「気持ちわりぃ。絶対に呼ばせねぇ。つか、あいつがまず呼ばねぇだろ」


 ギアは顔をゆがめて、心底嫌そうなに吐き捨てる。おまえの方はそういうことにしといてやらぁと、さらにぼやいた。


「おら、気が済んだら戻るぞ。事後処理がたんまり残ってる。起きたらあいつにも手伝わせてやらねぇと……」


 ギアの弟(リディオル)に同情する。どうやらとばっちりを受けることが確定したようだ。

 ノチェは膝を伸ばし、あちこちについた草や土を払い落とす。

 小休止は、おしまいだ。


「戻ろう。俺たちの日常へ」


 感傷に浸るだけではいけない。留めた足を、再び進めなければ。

 きっとまた、目まぐるしい日々が待ち受けているだろうから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ