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「買ってきたのか」
「うん。凄いね、魔法みたいだった。ほら、見て」
差し出した飴を見せると、シェリックは手に取ったそれを回して眺めた。
「ああ、相変わらずいい腕してる」
「あの人、知ってるの? あそこの看板読めなくて」
相変わらず、ということは、シェリックとは既知の仲なのだろうか。それにしては顔も見せずにいたし、あいさつくらいはしてもいいのではないかと思ったのだけれど。
「何度か買ったことがあるだけだ。俺は知っていても、あっちはどうだかな。あれは『ヒサメ』って読むんだよ。あそこで作ってる店員の名前だ」
「へえ。不思議な響きだね」
ヒサメ、と口に出してみる。聞いたことのない名だ。
「東方の言葉らしい。あの飴細工も、東国の伝統芸だとか。あの人、各地を渡り歩いては、ああして露店を開いて実演販売をしているんだよ」
「だから『今の時期』なの?」
「ああ。大抵この時期はルパにいることが多いから、ある意味風物詩みたいなもんだな。俺の中での数年前の記憶だが、まだ変わってないようで安心した」
「数年前……」
ラスターとシェリックが出会ったのは三年ほど前。それよりもさらに前ということは、相当昔のはずだ。
「その頃って、ボクと同じ年くらい?」
「まあ、そうだな」
ざっと見積もっても十年かそこらではないだろうか。なんて思っていたら、シェリックは続けてこんなことを言ったのである。
「ちなみにあの人、俺より遥かに年上だぞ。年齢も、俺と十くらいは違うんじゃないか?」
「え」
思わず後ろを振り返る。
人だかりは先ほどより少なくなったとは言え、まだ数人が店の前にいる。談笑するヒサメの姿が見えて、遠目ではちゃんと見えないのについつい凝視してしまった。遠くてもわかることはあるのだ。
「見えない」
「だろうな。俺も最初聞いて驚いた」
全然そうは見えなかった。てっきりシェリックと同じか前後かくらいの年だろうと考えていたのに――正直にそう話したら、シェリックは怒るだろうか。さすがに訊けない。
「何か失礼なこと考えてないか?」
「ううん、全然」
いつだって口は災いの元になるのだ。時には黙っている方が賢明な場合もある。
「そういえばそれ、竜だよな。なんでまた?」
そんなことを思っていたらシェリックの注意が別に向いたので、ありがたくそちらに乗らせてもらうことにする。
「ほら、リディオルが持ってたカード思い出して。いいなって、思ったんだ。なんか無性にほしくなっちゃって」
「形崩れるけどいいのか? 食べるんだろ?」
「う……」
そんな身も蓋もないことを言わないでほしい。棒を回して真正面に向ければ、飴細工の円らな瞳がラスターをじっと見つめてきた。「僕を食べるの?」とでも言いたそうに。
「……ボクが欲しかったんだから、いいの」
そうして苦渋の選択をし、念願の答えを得たラスターは、えいやと飴細工を口に入れる。こういうのは勢いが大事だ。
――何がいいかい?
――じゃあ、竜。アルティナの紋章みたいな。
――ああ、そうきたか。
あの時ラスターの頭に浮かんだのは、リディオルが持っていたカードだった。銀の竜と、ひと振りの剣。アルティナ王国の紋章。綺麗で、きらきらとしていて、なんだかとても格好いいなと思ったのだ。
噛んでしまうのがもったいなくて、舌で転がし続ける。
初めて食べたその飴はどこか優しくて、甘酸っぱい味がした。
了