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翡翠の星屑 小話  作者: 季月 ハイネ
港町の細工風物詩
2/6

 ぱちん、ぱちんと。

 小気味いい音が聞こえてくる。

 海風でだいぶ涼しくなっているとはいえ、昼の刻限ではまだ暑い。文句を言っても仕方ないとはわかっているのだけれど、暑いものは暑いのだ。

 シェリックに先導され、長い階段を上った先には、いくつもの白い天幕が張られていた。そのうちのひとつ、向かって右端にある天幕の前に、何人かの人が集まっていた。あれは何だろう。

「人だかり? 何かやってるの?」

「近くに行ってみればいい。面白いものが見られるぞ」

 ということは、どうやら目的地はあそこのようだ。

「えー、教えてくれないんだ」

「見た方が早い。なんだったら買ってくればいいしな」

 売られているのが何なのかを訊いているのに。シェリックは笑うだけで、それが何かを一切口にしない。それがもどかしくて、けれどもそれ以上に気になって。

「むー、意地が悪いんだから。行ってくる」

「ああ、行ってこい」

 暑さより興味が勝る人はいるようだ。他人事に考えているけれど、自分もうちの一人だと換算すると苦笑いがこぼれた。ラスターもその中へと加わったのだが、いかんせん背が低いせいでよく見えない。十人足らずしかいないのに、みんな背が高いのだ。背伸びしても全く見えなくて悔しくなる。ラスターもいつか、このくらいまで背が伸びる日が来るのだろうか。成長期があるのなら、早く来てほしいのに、なんて。

 前に進もうとして、もしかしてみんな並んでいるのかもしれないということに思い当たる。ここは店で、ここにいる人たちはお客さんだ。ラスターより前からいるなら、きっとみんなここに用事があるのだろう。変に前に行って抜かしてしまうのも悪いし、今前に行くことは止めた方がよさそうだ。どのみちあとで前まで行くだろうし。

 ただ、最後尾がよくわからない。どこの人が最後なのか、今着いたラスターにはわかりようもない。そうして並ぶことも諦めて、ラスターはそこの人たちと一緒になって前を見た。と言っても目の前にあるのは人の背中ばかりである。ちゃんと見るには背も視界も足りないので、人と人の間からこっそりと覗くことにする。隙間があれば意外と見えるものだ。背が低い分、こういうことに関しては物知りなのである。

 そうしてようやくラスターに見えたのは、頭に手拭いを巻き、店の中央で手を動かしている若い男性だ。左手に棒、右手に不思議な形状の刃物を持っている。棒の先についている物体へと刃物を入れて、切っているようだ。先の小気味いい音は、彼が持つ刃物が使われる度に聞こえていた。

 切れる、ということははさみだろうか。

「――わ」

 シェリックの言う、面白いものが見られるとはこのことか。

 ぱちん、ぱちん。

 鋏自体の音と言うよりは、鋏によって切られていく物体からの音だ。音だけで判断すると柔らかくなさそうなのに、その物体は彼が引っ張る度によく伸びた。彼の手によってみるみるうちに形を変えていく。切って、ねじって、巻いて、曲げて、また切って、伸ばして、形を整えて。決して急いではいないだろうに、彼の手の動きが巧みで、さらに言うなら無駄がないから早い。

 そこにいる人たちも同じような気持なのだろう。ラスターもついつい見入ってしまった。

 そうして棒の先にあったその得体の知れない物体は、あっという間に花へと姿を変えたのである。まるで、魔法でもかけたかのように。

 赤い花弁が何枚にも重なり、根元には色の違う葉がふたつ。まるで、棒を枝に見立てているかのように、そこに一輪の花ができあがったのだ。

「はい、できあがり。僕からの精いっぱいの気持ち、受け取ってくれますか?」

「あはは、気持ちには答えられないけど受け取ります」

「……がっくし。こうやって僕はふられていくのだね……」

「元気出して、また買ってあげるから」

 言われた当人は肩を落として、本気でへこんでいる。今その花を作り上げた人とは思えない変わりようだ。

「慰めの言葉ありがとう。そしてさようなら、清算された僕の恋――はい、毎度あり。お次はなんだい?」

「お兄さん、動物とかも作れるの?」

「もっちろん。お望みとあればできますよ。素敵なお姉さんのためでしたら、たとえ火の中、水の中。いくらでもこの腕をふるいましょう!」

「ねーねー、次はウサギさん! お耳の長いウサギさん作って!」

 右手を挙げたのは、最前列にいた幼い女の子だ。彼女の左手は母親と思しき女性としっかり繋がれており、恐らくは一緒に買いに来たのだろうと推測される。

 そんな彼女に、彼は屈んで答えた。

「はいはい、将来有望な子にそんな熱心に頼まれちゃあ、嫌とは言えないなあ」

「ウサギさん可愛いの! おめめ赤いの!」

「そうだねー、おめめ赤いよねー。ようし、お兄さんがいっちょ作って差し上げよう!」

 もう一度白いものを手に取り、手慣れた手つきでくるくる丸めると棒につけたのだ。今度は前後に伸ばして、そこに鋏を入れていく。

「はいはい、ちょーっと待ってな。ちょちょいのちょーいっと」

 軽口を叩きながら作っていく彼は、なんだか楽しそうだ。せがまれた母親が彼女を抱き上げ、より間近で見せている。

「こうしてこうして……びよーんっと、ほいほいってね。おめめ書いて……はいお待たせ、でーきあーがりーい!」

「わあ、ウサギさん! すごーい、ウサギさんだ!」

「ありがとうございます。よかったねー、お兄さんウサギさん作ってくれたね」

「うん! お兄ちゃんありがと!」

「どういたしまして。喜んで頂けて恐悦至極ですよ」

 受け取った女の子から歓声が上がる。いくらかのお金と引き換えに渡された彼女の手には、今にも走り出していきそうな耳の長い生き物がいた。落とさないように母親が棒を支え、彼にお礼を言うのが見て取れる。

 へえ、と感心する。彼の腕は確かに凄いけど、物自体は一体何だろう。シェリックが言うには見た方が早いとのことだけど、見てもさっぱりわからない。あんなに自在に形を変えられて、それでいて食べられるもの。こねるならパンの類が浮かぶけれど、焼く前、それもこねた後の短時間であんなに固くはならないし。

 ラスターの上向いた目がちょうどその文字を捉えた。


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