あと
サエは俺の耳を指しながら楽しそうに微笑んだ。
驚いた。
しかし、ピアス穴なんてもの、開けて大丈夫なのだろうか。
サエの身体は弱い。
開けたところでそこに雑菌が入ったら終わりだ。
「ダメ、なんじゃないか?」
「えぇ…」
がっくりと頭を下げる。
そんなに俺のピアスが羨ましいのだろうか。
「イヤリングとか今度買ってきてやるから、それじゃダメか?」
「それじゃあ意味がないの」
むう、と頬を膨らませ俺を見つめる。
「それなら一応先生に相談してみたらどうだ?」
「先生絶対ダメって言うわ。」
それはダメという事じゃないか…
なんとかサエを説得しようと思うが、うまい言葉が見つからない。
サエがこんなに頑固なのは初めて知った。
「…じゃあ、諦める。」
不満げな顔でサエは言う。
そして俺に近寄り、左耳に触れてきた。
反射的に背筋が伸びる。
「その代わり、ハルトが代わりに開けてよ。」
「俺…?」
耳に触れるサエの手が気になって話に集中できない。
つまり、俺にもう一つピアスを開けろと言うのか。
「いいけど…サエはそれでいいのか?」
「うん、でも私に開けさせてね?」
「あ、ああ…」
今からピアッサーを買いにいくのは面倒だと思った。
何か尖ったものはないかと聞くと、サエは引き出しの中に入っていた安全ピンを差し出した。
病院内で学校の授業みたいなものをする時につかう、名札についていたものだ。
俺の血で汚すのは申し訳ないと感じた。
「一気に刺せよ、痛えから。」
「う、うん。」
サエは緊張はしているようだが、それより楽しそうだ。
サエは元から開いている穴の上辺りを触る。
「ねぇハルト、ここかな」
そんなこと言われたってわからない。
「サエの刺したいとこに刺せばいいよ。」
そう言うと、サエはデコに指を当てた。
「ふざけるなよ」
「あはは、ごめんってば。…いくよ。」
「おう。」
深呼吸をする。
右耳の穴は安全ピンで開けたが、痛いし化膿するしで大変だった事を思い出す。
「えいっ!」
左側を鋭い物が突き抜ける感覚。
「あっ!くっ…う、いて、痛え…ッ!」
「あ、ぁ、ハルトごめん、私うまくできなかったかも…」
左耳に熱を感じる。ジンジンという痛さとドクドクと血が流れ始めるのを感じた。
「はは、いい勢いだったよ…まだ抜いたらダメだからな。」
「うん…やっぱり血が出てるね。」
あぁ、このままサエが近くにいたら患者服に血がついてしまうな。
「そうだな、サエ、離れ…」
サエはとても満足そうに微笑んでいた。
「ふふ、赤いリングがついているみたいね。」
その悪戯な微笑みにドキドキと心臓が、強く動く。
これは出血に心臓が頑張って働いているのか、他なのか。
穴を開ける前と同じように、サエはまた耳に触れた。
「サエ、触られると痛い。」
「うん。」
「…サエ、満足?」
「うん。」
「そう…」
「うん…」
それからしばらく安全ピンを耳に刺したまま二人で時を過ごした。
赤く染まったティッシュは先生に聞かれたら鼻血がでた、と言おうと二人で話し合った。
「抜くよー」
「おう。」
安全ピンが耳から離れた。
穴は割と綺麗に開けられているようだ。
まだジンジンと痛むが、化膿はあまりしていない。
「今更だけど、私の我儘で傷つけてごめんね。」
我にかえったかのごとく、膝を抱えて申し訳なさそうに言った。
「サエはこれくらい我儘な方がちょうどいいよ。」
頭を撫でるとえへへ、と嬉しそうに微笑む。
「ハルト、穴塞いじゃダメだよ?」
「…なんでそこまで拘るんだ?」
「それはね、この傷がある限りハルトの身体に私が残るからだよ。」
サエは悲しそうに微笑む。
そんなの無くたって、俺からサエが消えることなんかないのに。
「バカだなぁ…」
無性に抱きしめたくなる。
でも俺がサエを抱きしめる権利はない。
「ハルト、最後にもう一つだけお願いしていい?」
「なんだよ、何でもきいてやるよ。」
「抱きしめて、思いっきり。…あ、折れたら困るからほどほどに」
言い終わる前に細くて小さな身体を思いっきり抱きしめる。
本当に、折れてしまいそう。
「そんなこと誕生日じゃなくてもしてやるよ。」
「……ありがとうハルト、大好きだよ。」
サエの誕生日を祝えたのは、これが最初で最後だった。